エピソード5 変わる世界観

 モニタールームにいた迅達が訓練室のドアを開けるとアリスの前に跪き頭を抱えている剣城の姿があった。

 「どうしたんだよ恭弥。アリスちゃん相手に何を本気になってるんだよ。あれか?俺のプライドが許さねぇんだ!みたいな??」

 人のことも知らずに海羽はいつものノリで剣城の肩をバシッと強く叩く。だが微動だとして反応を示さなかった。流石に本気で心配になって剣城のすぐ隣に座り込んだ。

 アリスはいつものようにケロリと笑いながら迅や満瑠の元へと走っていった。

 「すげぇなアリス!あの∑《シグマ》超かっこよかったじゃねーか!!」

 感激のあまり褒め言葉としてかっこいい。の単語しか出てこない。満瑠は感激のあまりにアリスの姿を見て泣いてしまっていた。

 「す、、すごいね!」

 一言褒めるのに精一杯だったらしくその勢いで思い切り泣き出してしまった。そんな満瑠を志保が軽く頭を撫でてアリスを見つめた。

 「大丈夫?怪我は??」

 「なんともないデスヨ!!ほらこの通り!!」

 元気アピールとしてグルリと一回転していつもの調子に戻る。それを見てホッとした。

 「アリス!俺にもあの浮かぶやつ教えてくれよ!!」

 「無理デスヨ、迅にできる理由ないデス」

 「ちょ、、!!」

 焦りたおす迅を見て不本意に微笑んだ。

 あの戦闘の後にいつもの光景を見るととても気分が楽になる。アリスには少なくともそう感じているところがある。

 すると隣で剣城がゆっくりと立ち上がると出口へと向かっていった。

 さすがに続けて二人相手に対戦をするにはキツかったらしい。ウィィィンとドアが開き、それによって剣城の姿が訓練室から消えた。

 小さくため息をつくと海羽がこちらを向いて深く頭を下げた。思わずこっちが驚いてしまう。

 「え?ちょっと海羽さん!?どうしーーー」

 

 「ごめんね」


 一言言い残すと、今日の余りはまたいつか消費したい時にして欲しい。とでも言いたげな表情をして剣城の後を追った。

 要するに「今日は早めに帰って欲しい」ということなのだろう。四人はまるで何事もなかったかのように白虎支部館へと戻っていった。

 帰り道の途中にある小池にアリスの横顔がぼんやりと映っていた。


 『姉ちゃん、遊ぼうよ』


 ふと脳裏に蘇る記憶にアリスはそっぽを向いて迅のペースに合わせて一緒に隣を歩いていく。 空には徐々に夕焼け雲が増えていて、夕日が綺麗に支部館の影を映し出す。


 そうして自室に戻るとアリスは疲れたとベッドの上に転がり身体を縮めた。迅は仕方ないな、と言わんばかりに暖かい目をしてドアを閉めた。腰に付けていたベルトを外して机の上に音を立てて置いた。

 ため息をついて目を開くと右手に硬い何かが触れていた。それはアリスのものと思われる報告書だった。不思議に思いその報告書に手を触れた。


 「その少女に興味でも抱いたのかい?」


 その声は紛れもなくだった。辺りにはもう既に何もない、いつもの真っ白な空間に飛ばされていた。

 「別に。興味ほどのものじゃねーよ」

 その言葉に少年は首を傾ける。

 「ま、その好奇心を止めはしないさ。特に知ったところで支障は出ないだろうしね」

 いつものノリで喋りながら少年はの上に座り込んだ。迅を見下しながらボーッとしている。すると迅が何か思いついたように口を開いた。

 「ちょっと待てよ。今俺がここにいるってことは向こう側の俺は気絶でもしてるのか?少しアリスのやつに触れただけなのに」

 その疑問は真っ白な世界に響き渡った。少年はしばしば黙りこむと円盤から降りて迅の正面に立ち尽くした。

 「いや、気絶はしていない。ちゃんと今まで通り正気でいるよ。毎回ここに来る度に気絶を繰り返している子供なんて狂気を感じるよ」

 「なら何で俺はここにいるんだよ!」

 少年の答えがまた迅の心の中で疑問を咲かせた。少し睨みつけて見たが少年は薄く微笑んだままで何も口にしようとはしなさそうだった。

 迅は諦めたように少年に背中を向けた。

 「君が僕をからさ」

 突然少年が口にした言葉に迅はその足を止めてまた目線を合わせた。

 「今回は僕が会いに来た、と言った方がいいのかな。君はさっき向こう側の俺は気絶しているのかと聞いたよね?気絶はしていない。だがもう一つ間違っていることがある。今向こう側の君はここにいる。つまりここにいる君は今アリスの報告書に手を触れたまま立ち尽くしているんだよ。これがどういうことかわかる?」

 これまで真っ白なこの空間に来る時には必ず意識を失っていた。高村さんとの模擬戦の時は意識が飛んで、おつかいの時にも気絶していた。だが今回は違う。気絶はしていない。向こう側の俺は意識を保っている。

 いや、何かが違う。さっきあいつは会いに来たと言っていた。向こう側の俺がここにいて、ここにいる俺は向こう側にいる。

 ややこしくなり迅が頭を抱える様子を見て少年がケラケラと笑い出した。

 「ねぇ、まだわからないの?ハハハハハッ!」

 お腹を抱えて笑い出す少年に迅が全力の睨みを効かせて見やる。それを見て少年は咳払いをした。

 「

 衝撃的な言葉に目を大きく開く。

 「はこういった素質を持った人間と直接関わる時には世界を、、時間を止めることができる」

 意味ありげな言葉は迅の疑問をまた咲かせた。

 すると少年は迅の後ろを見てこちらに掌を振った。

 「いつまでも時間を止めるのは体力的にキツイからね。また機会があれば会おう」


 俺はそう言われると元いた世界に戻っていた。

 いや、少年が時間を動かしたと言うべきなのだろうか。すると報告書からゆっくりと手を放した。アリスのそばに寄り添い頭を撫でた。

 「アリス、そろそろ晩御飯の時間だと思うけ、、ど。アリス?」

 小さく寝息が聞こえてくる。あの戦闘で相当体力を使ったのだろう。疲れ果てて眠っているアリスのそばをすぐには離れられなかった。

 (アリスの髪、すごいサラサラ。それに、、)

 迅はゆっくりと視線を上へと移動させた。

 (寝顔、超可愛いな。、、、って!何を考えてんだ俺は!!早くしないと志保にまた怒られるし)

 ようやく立ち上がり少し背伸びをした。

 ドアを開けてリビングへと行く前にもう一度アリスの頭を撫でた。

 「お疲れ様。よく頑張ったな」

 ボソッと耳元でそう囁くと迅はドアを閉めた。


 階段を降りてリビングへ行くと満瑠が志保と一緒に晩御飯の準備を手伝っていた。

 「あ、迅。今降りてきたの?遅かったね」

 満瑠がそう言うとキッチンから怒声が飛んできた。

 「遅いわよ!!早く準備手伝いなさい!!!」

 志保の怒鳴り声など聴こえなかったかのようにコップを取り出してテーブルに並べた。

 「アカメくん。アリスちゃんはどうしたの?」

 「あいつなら疲れすぎて寝てるよ。余程体力を使ったんだろうし寝かせてあげてよ」

 その何気ない優しさに満瑠が微笑んだ。

 「なんだよ満瑠。いきなりニヤニヤして」

 「ううん。別に何も〜」

 わざとらしくはしゃぐ満瑠と迅を見て志保が少し表情を曇らせた。スタスタと志保が二人の元へと歩いていき、二人は不思議そうに志保を見つめている。

 「アカメくん、満瑠。二人には今度の偽装世界での戦争に参加してもらうことになったわ。アリスちゃんには二人が戦争に出向いてから話そうと思ってるから黙っておいてね」

 ここぞとばかりに重要な話を持ちかけた。

 思わず顔を見合わせたままになる。

 「これは総本部長の柏木さんからの出撃命令よ。支部長も許可を出したらしいし」

 それに迅が勢いよく食いついた。

 「いやいやいや。俺達その話今聞かされたんだけど、、。何を根拠にして、、。」

 「そうよ。今初めて聞かせてるの」

 当然でしょ。と言いたげに迅の顔を見る。するとドアが開いて欠伸をしながら入ってきた高村に満瑠が問いかけた。

 「支部長。どのような根拠で僕達の出撃命令を許可したのですか?」

 その真剣な眼差しは高村の瞳の奥を睨みつけていた。すると高村はぐったりとソファに腰をかけて諦めたように言葉を口にした。

 「根拠って、、。柏木さんの命令を許可しないわけないじゃないか。基本的に社会ってもんは理不尽なもので根拠が無くたって上司の命令は訊かなくちゃダメなんだよ」

 その他人任せな言葉に満瑠が歯を食いしばった。何か言いたげなその口を力強く押さえ込みその場を凌いだ。

 迅も満瑠のあとに続いて疑問をぶつける。

 「高村さん。そもそもその戦争はいつ始まるの?」

 「ちょうど今から二週間後だよ。二人には専属コーチとして光助を設けるつもりだからみっちり頑張ってくれよ」

 支部長の言うには残り二週間の間に世良 光助を専属コーチとして仮の戦争について知識と技術を叩き込むということらしい。

 あまりに突然すぎる報告に二人は言葉を失った。


 ー 同時刻 ー


 とある神殿の最上部で何やら話し込んでいる影の姿があった。辺りに光はなく姿形ですら確認することが出来ない。


 「何のご要望ですかマスター?」

 暗闇の中から明るめの声質をした人が影に向かって話しかけた。

 するとその影が返事を返した。


 「二週間後に〝フェイト〟にいるガキどもがマーシフルとの戦争に参加するという情報が入った。お前につい最近偵察に行かせた例のガキどもだ」


 「へぇ。あのガキがついに動くのか。それは楽しみですねマスター。で、ご要望は?」


 少し楽しみな口調で言葉を発した。


 「マーシフルとの戦争に入り込みのデータを詳しく採取してきて欲しい」


 「それはつまり私がガキと戦え、ということですかね?」


 「まあ、そういうことだ。任せたぞ」


 そう言うと影は暗闇の中に姿を消した。

 一人になった影は最上部に続いた階段をゆっくりと降りていく。


 「フフフッ。ついにこの時が来たのか。この時間をどれほど待ち望んだことか、、。」


 コツンコツンと階段を降りる音が響かなくなった。一番下まで降りると影が不気味に笑いながら真っ暗な空を覗いた。


 「さあ。もうすぐこのシナリオのメインの登場だ!最高なもてなしで迎えようじゃないか!!ハハハッ!!ハハハハハハハハハ!!」


 すると影は冷たく吹いた風と共に姿を消した。

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