真中、刺す。
第31話 神様が歩くと、人間は疲れる
一週間後、真中と充希が宗通先生の待つ庵へと集まる日。
まず、二人は転界路の出口で待ち合わせしているため、真中は其処へ向かう。
朝、一緒に行ってやろうかな、などと思った彼は周治を迎えに行ったのだが、既に発ったらしく交番にはいなかった。
そもそも非番でも交番にいるって、あの人あそこに住み着いてるのかな……。地縛霊の域だよ、もう。
彼はそんなことを考えながら転界路を抜けると、先に待っていた充希と合流した。
彼が現れたのを見つけた彼女は、すっきりした笑顔で手をぶんぶん振っている。
「あ、おはようございます。萬屋さん! 気持ちの良い朝ですね」
「此処はいつもこんなもんだろ。それに、今からやること考えたら、心はどんより曇りまくりだよ」
「情けないですね。その調子でしくじらないでくださいよ、私の命が懸かってるんですからね?」
「ああ、善処する。絶対に充希には迷惑をかけないよ」
真中は至極真面目な声で、道を歩きながらそう言った。
自分の心配だけかよ、と心の中では突っ込んだが、実際に命懸けの大事に彼女を巻き込んでいる事は確かなので、適当に受け流すのが憚られたからだ。
予想外の反応が返ってきたためか、口を開けて真中を見たままぽかんとする充希。
ふと横を向いた時彼女と目が合い、なんだか気恥ずかしくなった彼は、紅潮した顔を見られまいと、すぐさま前を向いて走り出す。
立ち止まっていた彼女は、それを見て慌てて後を追う。
「ちょっと、勝手に一人で行かないでくださいよ。行き先は一緒なんですから!」
「一緒なんだからばらばらでも問題ないだろ」
「何か後ろめたい事でも?」
「いや、別に」
「いきなりどうしたんですか。こっち向いてきちんと話しましょう?」
「やだ」
むっとした充希の顔を一瞥することもせず、真中は素っ気無い答えを返して、大きく腕を振り走って行く。
ああ、恥ずかしい。今更だけど、こんな顔見せられないよ……。
二人は、宗通先生の待つ庵までずっと、この調子で追いかけっこを続けた。
そして、宗通先生の庵が見える所までやってきた二人は、一度足を止めて遠目に眺めながら話し始める。
「見えてきたな」
「あ、見えてきましたね。相変わらず小さい」
「お前も懲りない奴な。それで散々からかわれただろうに」
「ほら、さっさと行きますよ」
庵の前に立った二人は、こんこん、と戸を叩いて、中にいるであろう宗通先生に向けて少し大きな声で言い放った。
「宗通先生、おはようございます」
「おはようございます。師匠」
二人の声に応える様に足音が近づいてくる。
がらがらがら、と戸が開くと、姿を現したのは宗通先生ではなく透だった。
「二人共、おはようございます。さあ、中へ」
彼女は目を細めて弾んだ声で挨拶し、右手を前へ出すと少し後退して二人を中へ招き入れる。真中が奥へ目を向けると、胡坐をかいたままの宗通先生と周治が、こちらを見ながら右手をあげていた。
周治の癖に、もうきてやがったのか。寝坊しろよ。
真中と充希が中へ入ると、透が再び戸を閉め切った。
その後円卓へと歩いて行き、二人と透も座り込む。
「皆、よく来てくれたな。集まってもらったばかりで申し訳無いが、早速それぞれの仕事に取り掛かってほしい」
三人と透が座っているのを確認すると、急に立ち上がった宗通先生はそう言った。
これに周治と透が答える。
「僕も久しぶりに頑張りますよお、何と言っても先生の為ですからね。この集まりが今生の別れにならない様に、先生も気を付けてくださいよ」
「私も、こういう事は初めてなので、何だかどきどきします」
周治はおかしそうにけたけたと笑いだす。
どういう事だよ。人を迎えに行くだけのやつらがいい気なもんだ。
などと思った真中は、敢えて周りに聞こえるくらいの音量で、苦笑いしながら卑屈な声で呟いた。
「あんたらはいいよな。人を攫ってくるだけの簡単なお仕事ですよ。片やこっちは、神様を殺せとかね……」
「ちょっと、萬屋さん!」
慌てて充希が注意すると、真中がそれに答えるよりも早く、歯を剥き出しにして周治が笑いだし、むっとした真中は彼を睨み付けた。
すると、彼は心にも無い謝罪の言葉を口にする。
「ああ、ごめんごめん。つい笑っちゃった。そこまで言うなら代わってやろうか?」
「いいよ。俺の仕事だから。お前みたいなちゃらんぽらんに任せてられるかよ」
不貞腐れた真中は、周治とは目を合せずに言った。
見かねた透が呆れた顔で、ぱんぱん、と手を叩いて場を収拾する。
「もう、貴方達はすぐ遊びだすんですから。さあ周治さん、早く行きますよ」
「はあい。それじゃあな、真中。頑張れよ」
「うるせえ」
「ははは」
「加賀屋さん、透さん、どうかよろしくお願いします」
充希は目を瞑ってお辞儀をしながら、そう言った。
周治と透は彼女の目を見ると、心配無用とでも言いたげに、胸を張りながら笑って見せ、それじゃあ、と手を振りながら庵を出て行った。
彼らが出て行って暫くすると、宗通先生が徐に口を開く。
「よし、私達も行こうか。真中、充希、覚悟はよいな?」
「はい」
「はい!」
二人と宗通先生が庵を出ると、外では槐が待ち受けていて、彼らに言葉をかけると帰っていった。
彼らはそれを見送った後、祭儀圏南部に繋がる転界路を目指して歩き始めた。
祭儀圏への転界路は特別で、入り口に門が構えられていて、常に見張りの役神様が二体立っている。
人間だけで通ろうとすると簡単にはいかないが、彼らは宗通先生の姿を見るとすぐに門を開けたので、難なく通過する事ができた。
転界路へ入ってすぐ、宗通先生は二人に伝える。
「ここで護符を使っておけ。向こうに着けば、何処で監視されていても不思議ではない。それと、ここからは私と話をしてはならんぞ。あくまで、私だけである様に装うのだからな」
「はい」
「わかりました」
二人が答えて、それぞれ透からもらった護符を腕に貼り付けると、宗通先生は続けて言った。
「それから、護符の力で見えなくなれば、私もお前たちが何処にいるのかわからんからな。きちんとついてくるのだぞ」
二人は宗通先生の後ろを横並びに歩きながら、無言のまま顔を見合わせる。
それから、互いに顔を近づけると、宗通先生の様子を窺いつつ、小声でひそひそと会話を始めた。彼に二人の声が聞こえているのかどうかを試したのだ。
果たして、彼は何の反応も示さなかった。
「よし。今から話すことがある時は、これくらいの音量でいこう」
「そうですね。これだけ近くにいる師匠も気づかないくらいなら大丈夫でしょう」
無事に転界路を抜けた宗通先生は、視認できなくなっている二人を従えて、青空の下、平原の中を真直ぐに柔変の館へと向かった。
歩幅の大きい彼に必死についていく二人は、疲れて息を荒げそうになるが、大きな声を出してはいけないので、口を押えて音が漏れない程度に呼吸を繰り返す。
「はあ、はあ、萬屋さん。宗通先生歩くの速過ぎませんか」
「あ、ああ。……俺達の事を忘れてるんじゃないか」
「まさか。……あ、怪しまれない様に、普段師匠だけで歩いている時と同じ早さで歩いているんですよ。きっと」
「ああ、そうか。それにしても、速すぎて追いつけねえよ」
「何とか追いつかないと……」
疲れも知らずに、すいすいと進んでいく宗通先生を追いかけて、二人は必死に腕を振り、大股で歩き続けた。
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