第30話 ぴりぴりしてる
円卓を囲む一体と三人は、宗通先生の発言に耳を傾ける。
その力強い眼差しは、早く喋れよ、と彼に促す様にも見え、特に真中と充希のそれは、今にも彼を焼き殺してしまうのではないか、と言うほどに強い。
その要求に応えるかの如く、しかし声を抑えて、宗通先生は口を開いた。
「二人を連れてくるのは、事を起こすのと同時に実行する。まず、鵬崎樹は周治に迎えに行ってもらう。臥蛇泉を迎えに行くのは透に頼みたい」
「ええ、わかりました」
「わかりました」
胡坐をかいて腕組しながら頷く周治。
真剣な表情で宗通先生と目を合せて、普段より少し低い声で答える透。
すると、不意に声を出しながら手をあげて、一同の視線を浴びた充希が尋ねる。
「二人にはこの事は伝えてあるんですか?」
「堅殻の奴に悟られているとは思わないが、何処で監視されているかわからんからな。直に伝えられた訳ではないが、それとなくは仄めかしてある。祭儀圏から離れた所にいるのも、それを察してくれたからだろう」
「そうですか。それなら良かった」
「念のため、二人と面識のあるお前たちは、暫く神原に行くのは控えてくれ。変に警戒されると面倒だ」
「はい」
「了解しました」
「あの、ところで、ちょっといいですかね?」
「どうした、周治」
「いやね、先生から頂いた地図簡単すぎません? もう少し詳しいのがほしいなあ」
ああ、お使いの時に俺も思ったわ。
「無理だ。それ以上に詳しいものは無い。あまり詳細な物を作って悪意ある者に渡れば、良からぬ事態を招く恐れがあるからな」
「はあ、そうですか、わかりました。あれでようございます」
不服そうに周治はそっぽを向くが、意にも介さずに宗通先生は続ける。
「次は堅殻の暗殺についてだ。舞台は祭儀圏南部の柔変殿の館になる」
話題が移るとそれまでの空気が一変し、一同に緊張が走る。
何とか覚悟を決めて、この場に臨んでいる真中ではあったが、それでも暗殺という言葉に反応して顔を曇らせる。
そんな彼を一瞥する充希の顔は、心配そうに眉をひそめていた。
それを知ってか知らでか、宗通先生も彼を一瞥するが、顔色一つ変えることなく透を見て言った。
「例の物を」
「ええ」
彼の言葉を聞いた透は立ち上がり、部屋の隅に置かれている籠の元へと歩いていくと、黒い布に包まれた何かを取り出して、円卓の上に置いた。
真中は目を丸くしてそれを凝視しながら、宗通先生に尋ねる。
「それは?」
「これは、透の力の込められた護符だ。貼り付ければ姿が見えなくなる。私が奴を結界の敷かれた部屋へと誘導したら、それで近づいて倒してほしい」
結界とは、神様が任意の空間に仕掛けることで、その中にいる神様の行動を止めるもので、殺さずの呪縛によってお互いに傷つけられない神様達が、悪事を為した荒神様を封じる際に用いられる。
「結界で動きを封じた所へ近づくという事ですか」
「いや、結界の中では我々の力は効力を失う。予め出来る限り近づいて、隙を窺っていてほしい」
「わ、わかりました」
「あの、私はどうすればいいですか?」
充希が口を挟むと、驚いた真中は振り向いて、彼女の顔を見る。
突然、真中が自分の方を向いたことを不思議がる様に、彼女はきょとんとした顔で、彼に言った。
「どうしたんですか? 言ったじゃないですか。私も手伝うって。その代わり、私も住まわせてくださいね」
充希が事も無げに言ってのける。
それを聞くと、顎に手を当てて少し考えた後、護符の力で堅く閉じられた戸を指差して、宗通先生は答えた。
「そうだな。部屋の扉を閉じたら、そこの戸に貼ってあるそれを貼り付けてくれるか。逃げられたりしては厄介だからな。奴が絶命するまでは、使えるはずだ」
「はい」
「それと、これは柔変殿の同意を得て秘密裏に行う。出来るだけ、誰にも気取られぬように注意してくれよ。もし仕損じれば、立場を危うくするのは私たちの方だぞ」
「わかりました。気を付けます」
「ああ、頼むぞ。それと、合図は私が奴の姓を呼んだ時だ。それに反応して振り向いたところで一気に決めるぞ」
一通り伝え終えた宗通先生は、深く息を吐いた後右手で湯呑を持つと、お茶を一気に飲み干した。
二人は同時に答えると、互いに真剣な表情で見合って頷いた。
宗通先生の話が終わった事を確認し、透が塗り薬の入った硝子瓶を真中に手渡す。
訝しんだ彼は彼女に尋ねる。
「透さん、この瓶の中に入ってる白いのは何なんだ?」
「これは、焦水草から作った薬です。これを刃物に塗り付ければ、僅かな傷であってもたちまち効き目が表れてくるはずですから、お使いください」
微笑みながらそう答える透だったが、どこか邪悪な気を感じた真中は、嫌々ながら笑顔を作って尋ねた。
「えっと、……どういう効果が?」
「知りたいですか?」
「……いえ」
「取り扱いには気を付けてくださいね」
怖い。
それにしても、この人は色んな薬草とかに詳しいみたいだが、どっかで教わったりできるのかな。
気になった真中は、塗り薬を指差しながら透に問いかける。
「ところで、この間のお茶と言いこれと言い、透さんってこういう知識何処で仕入れてるんだ?」
「我流ですよ。我々は皆自らの手で、知識や技術を手に入れるのです。人間とは違ってそれを誰かに伝えたり、記録したりという事はしません。全てこの頭の中に入っています」
そう言って、透は自分の頭を指差した。
そして、宗通先生がさらに踏み込もうとする真中を制止する。
「へえ、そう言うものなのか。で……」
「お喋りはそれくらいにしておけ。その事に関してはまた語る時もあるだろうが、今は目先の事に集中しろ。真中よ」
これを聞いた真中は口を閉ざして、無表情に前を向き虚空を眺める。
そして、静まった部屋の中でぱんぱんと手を叩いて、宗通先生は解散を宣言した。
「とりあえず、話は以上だ。今日のところはお前たちには帰ってもらって、十二分に働ける様に体を休めてもらいたい。そして一週間後、また此処に集まってくれ」
張り詰めた空気が破られ、一気に和やかになった。
宗通先生はやっと笑顔を見せ、周治はへなへなと仰向けに倒れ込む。
真中と充希は、はあ、と深く溜め息を吐いて顔を下に向ける。
暫くの間、その場の全員が思い思いに、緊張で強張った体を労わり続けた。
その後、宗通先生と透、周治はまだ話があるらしく、真中と充希の二人だけが先に帰される。
外に出て暫く歩くと、突然横から声がかかった。
不意を突かれた二人は悲鳴をあげながら声のする方向に体を向ける。
「どうだった? 話はまとまったかい?」
「……ああ、なんだ。槐さんじゃないすか」
「副所長じゃないですか。もう、驚かさないでくださいよ」
声の主が槐だとわかった二人は胸をなでおろす。
少し落ち着くと、真中が槐に尋ねる。
「槐さんも知ってたのか?」
「ああ、宗通さんから頼まれてねえ。ずっと庵の周りを監視してたのさ」
「え、もしかして気づかれたとか」
「いやあ、念のためだよ。結局誰も現れなかったしねえ」
「なんだ、よかった……」
「二人には嫌な役目を押し付けてしまったね。私からも、謝らせておくれ」
申し訳なさそうな顔でそう言って、槐は二人に向かって深々と頭を下げた。
二人は恐縮し、慌てて槐の元へ駆け寄ると、頭をあげさせようとする。
「ちょっと、やめてくれよ。これは俺達が自分で決めたことで、無理強いされたとは思ってないからさ。気にしないでよ。ははは……」
「そうですよ。別に慈善事業でやってる訳じゃなく、こっちにも利益があって引き受けたお仕事なんです。副所長が気に病む必要ありませんから」
「そうかい……。だが、気を付けてくれよ。身の安全を第一に考えてな」
下を向いたまま険しい顔で槐は言った後、漸く顔を上げる。
そして、二人は槐に別れを告げて、帰路に就く。
既に日が暮れて真っ暗な道を、二人で競う様に走り抜けていった。
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