第27話 優柔不断なわけじゃない
宗通先生に、言いたいことだけ言われて逃げられてしまった二人は、中々その場から動けずにいた。
特に真中の表情はさえない。下を向いて塞ぎ込んでいる。
充希はそんな彼を置いて帰ってしまうのは気が引けた。
別に会話が弾んだ訳でも無い。
座って何かを飲食している訳でも無い。
そこにいる理由など最早無いのだが、そこを発つ理由も無く、何よりも発つだけの気力が彼には無い。
彼の頭のリソースは全て、あの脅迫にどう返答するべきか、と考えることに割かれていて、ただの気休め程度に充希が言葉を発しても、その声は彼には届かない。
初めは何とか励まそうと、あれこれ喋り続けていた彼女も、いつしかそれを察したらしく、ただ無言で彼を凝視する様になった。
そのまなざしは慈愛に溢れ、彼を愛でるように温かく、優しげに見える。
もし、普段の真中ならば、これに気付くと狂喜乱舞して気がふれたに違いない。
どうしようかな。とんでもない話聞いちゃったよ……。
真中は後悔した。此処に来るべきではなかった、と。
そう考えると、特に詳細を聴く事もなく、態々家まで迎えに来た充希の事も恨めしく思われてくる。
彼自身も、そんなもの逆恨みだとはわかってはいるが、気持ちが落ち着かずに、心の曲がっていくのが抑えきれないでいる。
しかし現実問題として、此処に来た真中は、聞きたくなかった話を聞いてしまったのだから、考えたくもない事を考えなければいけない。
その重圧から逃れるための逆恨みも、かと言って無駄に冷静な彼の口から出ていくことはなく、ただ積もって自分を追いつめる材料となっている。
神様を殺す、か。
ああ、嫌な記憶が蘇ってきた……。気分が悪くなりそうだ。既に大分悪いけど。
つい、真中は水潤圏で目の当たりにした湖小の姿を思い出す。
そして、咄嗟に口を手で押さえる動きを再現した。
気分が悪くなると言っても、実際に吐き気がしたとかいう訳ではないのだが、既に反射的に動いてしまう様に、慣らされてしまったらしい。
現地で見た時には、散々だったのが、反射でしか動かないのにも腹が立つ。
自分はもう、あの惨状を容易に認められるほどに成ってしまったのか、と。
いや、臭いや臨場感が無いのだから仕方ない。
そう自分を慰める。
考えようによっては、これは都合が良い事なのかもしれない、とも思えた。
今ならそう躊躇することなく、宗通先生の頼みに応えられるのではないか。
そんな考えに至ったからだ。
そう考えると、宗通先生の目に狂いは無いとも思える。
確かに自分は、神様の死に慣れているではないか。最もな人選だ。
全く、先生の慧眼には恐れ入るぜ……。
などと心にも無いことを思って見せる。が、すぐに考えを改める。
もし、そんな投げやりに事を運べば、それこそ自分がおかしくなってしまう気がしてならない。
真中は、一度気分をかえようと、大きく深呼吸する。
そして、両手で頬を軽く叩く。
じっと真中を見つめて、対面する椅子に座っていた充希は、やっと体を動かして見せた真中を見ると、その顔を窺いながら恐る恐る話しかける。
「萬屋さんは、どうするつもりなんですか?」
「どうすればいいと思う?」
「質問に質問で返さないでください」
「今更言うな」
普段と比べれば弱弱しくも、きっちり突っ込みを入れる真中をみて、充希は一安心した様子で、にこりと笑った。
真中はその笑顔を見ると、少し助けられたような気がして、返す様に少し笑う。
何を助けられたのかと問われれば、答えに窮することは確実ではあるが。
唐突に、充希が手を叩いて声をあげる。
「そうだ! 萬屋さん、今から甘桃圏に行きましょう。あの二人に事情を話して、逃がしてあげればいいじゃないですか」
「そんなこと言ったって、あの二人の話聞いてただろ……。って、充希は寝てたから聞いてなかったな。あの二人は何時もあそこにいる訳じゃなくて、あの小屋を拠点に色んなところに旅行しているらしいんだ。宗通先生が態々言ったのは、小屋にはいないってわかってるからだろうよ。勝手に俺達が逃がすかもしれないんだから」
真中の話を聞いて急にしおらしくなった充希は、机に倒れ込み顔だけをあげて、溜め息交じりに彼に言った。
「そうなんですかねえ。じゃあ二人を助けるには、師匠の頼みを受けるしかないってことですかあ。はあ……」
「絶対に二人は助けるさ。でも、中々踏ん切りがつかないんだよ。本当、俺って優柔不断なのかなあ……」
気だるげに机に伏していた充希は、ぱっと体をあげ真面目な顔をして反論する。
「優柔不断なわけじゃないですよ。こんな頼み、わかりました、って即答できる方がどうかしてるに決まってます。萬屋さんは十分まともだって事ですよ」
「それって褒められてるの? ありがとう」
真中がそう言うと、充希は彼と目を合わせながら語気を強めて返す。
「ありがたく思うなら、ちょっとは元気になってくださいね」
「ああ、でもやっぱりどうしようか……」
「ほら! 言ったそばからすぐ落ち込む。まあ、私は当事者じゃないから勝手な事が言えるだけだろ、って思われるかもしれませんけど」
言い終えると、充希は下を向いて目を瞑り、溜め息を吐く。
真中は慌てて、彼女に声をかける。
「そんなことないよ、ありがとう」
社交辞令とかじゃなくて、本当にありがたい。
「言葉では何とでも言えます。行動で示してくださいね」
そう言って叱る充希の顔は、真中に優しく微笑みかけていた。
さっきまで憎たらしかった青空が、真中は少し気持ちよく思えた。
真中が一応は気を取り直して、二人は話し合いを再開する。
まず口を開いたのは、真中。
その語気は心持ちの変わりようを顕著に表しており、何か変わった訳でもなく、結論が出た訳でもないが、それでも、彼の曇った心にわずかに光が差し込んでいるらしい。
「二人を助ける事、これが絶対の目的だ。他の事はそのための手段でしかない」
「そうです。……あ、あと境界領域に住む事も忘れないでくださいね!」
「今それを言うのか」
がばっと立ち上がってそう意気込み、笑顔で真中に手を伸ばす充希の姿は、彼にとってはさながら女神様の様だった。
彼は苦笑するが、それを意にも介さず充希は胸を張って言い切る。
「当たり前です! 萬屋さんは、殺すために殺すんじゃありません。あくまで、これは仕事。手段に過ぎないんです」
「受けるの前提かよ。まあ、他にやりようもないんだけどさ……」
どうしても躊躇してしまう。充希が何といっても、当事者じゃないから、という気持ちもやはりある。
「どうしてもと言うのなら、私も手伝います。私だけでもやります」
「いや、それは」
流石にそれは……。
真中は慌てるが、声が出ない。
「それに萬屋さん、師匠の話を聴きましたよね? これは、私達だけの問題じゃないんですよ。この神原を騒がせることになるかもしれない、巨悪が相手なんです。神原の平和のための正義なんです。そう考えましょう!」
そう言って空を仰ぎながら、両手をあげて万歳する充希。
「いや、そうは言っても」
「正義でなくても構いません。これは大義の為です。私達が今からするのは、殺神では無く、神原を救う事、二人を救う事、住居を得ること。わかりましたね?」
「おい、最後」
「ふふ、そうやって突っ込みを入れる元気があれば大丈夫です!」
充希は力強く笑い、真中の目を見つめる。
何だか流されてしまいそうだ。俺は本当にちょろい男だ。周治に馬鹿にされるわ。
例え小心者でも、立ち直りの早いのがこの男のいい所、仕事を受けると決めたわけではないが、少なくとも気分は良くなった様だ。
そこで、充希が言った。
「よし、とりあえず今日は帰りましょう!」
「返事はいいのか?」
「急がなくていいって言ってたじゃないですか。確りと真中さんが考えて、答えを出せばいいんです」
「そうか、そうだな」
そして、二人は展望台を下りると転界路へと向かい、人原に戻る。
道中は、他愛も無い話だけをして、この事を再び口にはしなかった。
そして、二日後、再び展望台で会うことを約束して別れ、二人は各々帰宅した。
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