第26話 神様は共食いできない
まず、宗通先生は依頼の詳細について説明する。
「君に暗殺を頼みたい対象の姓は
扉番は大泰帝様の側仕えの大任。
憎々し気に言う宗通先生を見つめて、断定するように強い口調で真中は尋ねる。
「その方が、鵬崎樹と臥蛇泉の二人に関係があるんですね?」
「ああ、君が出会った二人の雇い主というのが、こいつで間違いない」
ゆっくりと、はっきり聞こえるように宗通先生は言い切った。
いくらなんでも、それで殺せっていうのかな……。
真中はその返事を聞いて、眉をひそめる。
「それは、つまり、禁忌を破ったから殺すという事ですか?」
すると、宗通先生は首を横に振り、興奮気味に早口でまくしたてる。
「いくら禁忌を破ったとはいえ、それだけでいきなり殺そうとはせん。そもそも、我々の種は死という現象に対する認識が薄い。……こいつの恐るべきは、真黒な腹の中よ。自分が確固たる地位を築くため、大泰帝様を弑する陰謀を企ておったのだ」
驚きのあまり目を見開き、口が開いたままふさがらない真中はしばらく静止する。
その様子を見た充希が、彼の言いたいことを代弁するかのように口を挟む。
彼女の弱弱しいまなざしは、一抹の不安を抱いていることを映し出していた。
「師匠。……その陰謀には、あの二人も関係していたんですか?」
少し冷静さを取り戻したらしい宗通先生は、彼女の顔を見て首を横に振る。
心なしか、声色が少し優しくなったようだ。
「いいや、少なくとも今のところは、関わっていないはずだ。今はまだ、彼らを欺いて自分の手駒として使えるように、手懐けている段階だ」
これを聞いた真中ははっと我に返ると、よかった、と安堵して深く息を吐く。
顎に手を当てて、考えるような素振りを見せると、彼女はさらに踏み込んだ。
「あの、特別なお計らい、はその一環だったという事ですか」
「ああ、そういうことだ。柔変殿を上手く騙して、裏で手続きを押し通したようだ」
人差し指を立てて天井を差しながら、宗通先生は答えた。
羨ましいとか言ってごめんなさい、反省します。
そこで突然、周治が右手をあげて口を開いた。
「あの、宗通先生。理由はわかりました。先生のお立場になって考えてみれば、看過できるものではないですし、その方を殺してしまおうというのも理解できます」
そこで彼は、敢えて言葉を切って、息継ぎをする。
宗通先生は、そんな彼の姿を無言で凝視している。他の二人も、彼がまともに喋っていることに驚きながら、視線を集中していた。
頭を掻き少し目を瞑って、ううん、と唸った後、目を開くと続けて話し始めた。
「……ですが、その任務を真中に任せるのは、いささか酷ではないか、と僕は思えてならんのですが」
静かにゆっくりとそう言った彼の目は、鋭く宗通先生を見据えている。
そして、それに応える宗通先生もまた、彼の目を強く見つめていた。
周治の質問に同調して、充希は身を乗り出して宗通先生を睨みながら発言する。
「そうですよ! そんな役目をどうして真中さんに? それこそ、神原の事なのだから神様がやればいいじゃないですか」
それを聴いた宗通先生は、きまりが悪いのか両目を閉じ、険しい顔をして言った。
「我々は同種を、期限付きで封じることはできても殺せない……。今現在、神原が拓けて八千年。約一万しか神はおらず、これまでに死によって存在を消した者は二百にも満たない。……たったそれだけの数しか、種として存在してこなかったのだ。そして、かつて最初に地に降り立った我々の大父母たる方々が、数の少なさ故に簡単に滅びうる事を危惧して、殺さずの呪縛を遺された」
言い終えると、彼は顔を上げて空を仰ぐ。
「それで、代わりに人間にやらせよう、と?」
周治は厳しい口調で彼を追求を続ける。
「気は進まぬ……が、奴は封じれば済むような者ではないのだ。頼む」
「人原には知られたくない。だから、信のおける修学者に、という事なのでしょうが。それにしても、真中である必要はないでしょう?」
三人は宗通先生をじっと見つめ、その返答を待つ。
張り詰めた空気の中で、誰一人として物音をたてることなく、眉一つ動かそうとはしない。
すると、空気に耐えかねたのか、真中と目を合わせて彼は言った。
「必要はない、が、君が好ましい。私はそう見込んで君を此処へと呼んだのだ」
そう言われた真中は、無言で彼の目を鋭く見据えている。その口は堅く閉じられ、何と答えればよいのか困っているらしかった。
充希と周治は、彼の言葉を聞いて真中を一瞥すると、互いに顔を見合わせる。
宗通先生は、不動の真中を凝視しながら、返事を待つことなく喋り続けた。
「君は、神が死ぬところを見たのだろう? 祭儀圏にいる間、風の噂に聞いたぞ。水潤圏で死んだ者がいて、その事を修学者が届け出た、と」
真中は、充希を一瞥すると頬を掻き、宗通先生の目を見て答える。
「ええ、偶然現場に居合わせて。そこの神様は凄く塞込んでたので、仕方なく俺達が役場に行きましたけど……」
「そうだ。君は神が死ぬという事を、実際に目の当たりにしたのだ。これは、当の我々の中でも、殆どの者が見たことも経験したことも無い現象だ」
真中を指差してそう言った宗通先生は、話を止めて、一呼吸置く。
暫くして、再び語り始めた。
不意に指を刺されて驚いた真中は、目を見開いてその話を聴く。
「修学者とはいっても、神が死ぬという事はどこかで習ったりはしない。さらに、長寿であることが知られているために人原では、神は不死である、と言う様な常識があるのだろう?」
唇に手を当てながら充希が口を挟む。
「まあ、神様が死ぬなんて考える人は、そうはいないですよね」
隣の周治が表情を変えずに、口だけを動かして答える。
「そうだね。脱却論者でさえ、そんなこと思ってもみないだろうな」
充希は何故か渋い顔をする。
「そうだ。其処らの人間では、不死の神を殺すなどと言ったことは、怖気づいてできないのだよ。その点君は、現実に神は死ぬという事を知っている。勿論、私とて千里を見通せるわけではないから、探せば他にもそういう人間は見つかるかもしれない。しかし、現状知っている限りでは、君だけだ」
「けど、……」
何か言おうと口を開いた真中だったが、口ごもる。
「今すぐ此処で答えろとは言わない。神を殺すというのが、軽々しい事ではないというのは、私も弁えているつもりだ。熟慮して来て欲しい。……ただ、相手のあることなのでな。急かすわけではないが、時間は無限ではないぞ」
真中を見据えた宗通先生は、微笑みながら諭す様に言った。
充希と周治は、真中をまじまじと見つめて、様子を窺っている。
「……話は以上だ。よい返事を期待している」
言い残して、宗通先生はその場を去って行く。
すると、急に立ち上がった周治は、彼に向かって叫ぶ。
「あ、ちょっと待ってください。先生、僕からお話があるので、ついて行ってもいいですか」
「ああ、構わんよ」
「真中、よく考えろ。嫌だったら断ってもいいんだからな?」
そう伝えると、周治は宗通先生について行った。
その場に残された二人は、顔を見合わせ、充希は苦笑いして言う。
「どうしましょう。とんでもないことになりましたね」
「ああ、どうしよう」
暫くの間、気を遣った充希が関係のない話をして、気を紛らわそうとする。
真中がふと見上げた空は、彼の心など露知らず、いつも通り晴々としていた。
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