真中、殺すんじゃ無い、救うの。
第25話 それって依頼?脅迫?
さあ、どんな言葉が飛び出すか、と息を飲む真中。
そんな彼に語り掛けるように宗通先生は話す。
「真中よ、境界領域に住みたいとは思わないか?」
ん? 今何て言った。いや、聞こえてたけどもう一度。
「え、っと。今な……」
真中が聞きなおそうとすると、不意に充希が口を挟む。
「住みたいです! 萬屋さん、住みたいですよね!?」
彼女は机を両手でばんと叩くと、椅子をすごい勢いで飛び上がり、身を乗り出して真中に迫る。その顔は鬼気迫り、彼を脅迫しているふうにも見えるほどに、語気は強かった。
真中は驚いて閉口し、苦笑いしながら宗通先生を一瞥する。
それを見た宗通先生は、両目を閉じてこほんと一回咳払いすると、見開いた目を確りと真中に合わせて言う。
「場合によっては、境界領域に住まわせてやることができる。と、言った」
すると、今度は周治が口を挟む。彼の眼光は鋭く、宗通先生を見据えている。
「先生」
「ん、なんだ周治よ」
宗通先生は声の主を見ると、そう答えた。
すぐに、周治は尋ねる。
「境界領域って、人間が住めるんですか」
そんなことかよ。珍しく真剣だから、もっと大事かとおもったじゃねえか。
「ああ、槐も実際に住んでいるではないか」
口を開いてぽかんとした周治だが、次の瞬間には相好を崩してしみじみと言う。
「……ああ、そういえば。槐副所長って人間だったなあ」
そして、彼は高らかに笑いながら、膝を手でぱちんと叩いて見せた。
そんな周治を眺めて笑いながら、真中は言う。
「はい、出来ることなら。最近、何かと神原へ行くことも多いし。それこそ、神原にって訳にはいかないんですよね? それなら、せめて境界領域に住んではみたい」
「当たり前だ。神原へなどというのは、絶対に許さんぞ」
「じゃあ、住みたいです。鬼に殴られることも無くなるし」
つい余計な事を言ってしまった、と口を手で塞ぐが時すでに遅し。真中から発せられた言葉を宗通先生は聞き逃さなかった。
「鬼?」
「あっ、いえ何でもないです」
慌てて真中が誤魔化していると、横から周治が冷やかす。
「両親の事ですよ。こいつ、連絡なしに帰るの遅れて、ド叱られたんですよ」
余計な事を、と思った真中が周治を睨み付けると、彼は顔を背ける。
「なるほどな、俺のせいじゃないか。すまんな、真中よ」
至極真面目にそう返す宗通先生に真中は笑って見せるが、内心では驚いていた。
予想外だ。便乗してからかってくると思ってたわ。
「いえ、先生のせいなんかじゃないですよ」
「それで、境界領域に住めるんですか?」
空気を読まずに大声で叫ぶ充希。
どんだけ此処に住みたいんだよ。いや、俺も住みたいけど。
「ああ、それでだ真中」
「あ、ちょっと待ってください。何かあるんでしょう。少しだけ待って」
先生が真剣過ぎるんだもの。絶対裏があるよ。
宗通先生の言葉を遮った真中は、彼の口から何が飛び出すかはわからないが、普通ではないことを言うに違いない、と覚悟を決めるために深く深呼吸する。
そして、真中は言う。
「どうぞ、続きをお願いします」
彼の言葉を受けて、宗通先生は徐に喋り始めた。
「一つ頼みを聞いてほしい。それを君が受けてくれるならば、境界領域に住めるように手配をしよう。他にも少々の願いなら聞く準備がある」
それだけ重要な仕事の依頼という事か。
「それで、その内容というのは?」
三人は示し合わせたわけでもなく、宗通先生に視線を集中させて、その言葉に耳を傾けている。
宗通先生は少し逡巡した後、真中の目を見つめながら、重い口を開いた。
「それはだな……。あまり口に出し辛いのだが、所謂殺神というやつだ」
その場の誰一人として、どう反応すればよいのかわからず絶句する。
唖然とした真中は彼を凝視して、充希は顔を下に向けて、周治は口を大きく開いて、皆がそのまま硬直し、誰も微動だにしなくなってしまった。
セリフを言い終えた宗通先生は、罰が悪そうに無言で腕組して目を瞑ると、椅子にもたれかかる。
沈黙の中で、重苦しい空気が漂い続ける。
……えっと、何て言えばいいんだろうか。こういう場合……。何も言えねえ。
このままでは、誰かが口火を切らなければ、永遠に話は始まらないだろう。
しかし、誰も進んで話そうとはしない。容易にそれが出来る空気ではない。
時間が止まったように誰も動かないまま、ただ時間だけが過ぎて行く。無為に過行く時を一人として惜しむことは無く、精一杯の力で停止する三人と宗通先生。
下手をすると、呼吸さえ止めて死んでしまったのでは無いか、というほどに全く動きがない。
場の空気を読むように、風までもが音をたてることをやめた。
その場所だけが、世界から取り残されてしまったかの様に、静寂を保ち続ける。
少しして、流石に動かないことに疲れたらしい三人は、声も音も無くただ体を動かし始めた。互いに目を合わせて、身振り手振りでやりとりすることを試みる。
しかし、以心伝心というのは全く以て難しいもので、案外と通じない、どころか少しも伝わりはしなかった。
しびれを切らして、初めに声を出すのは誰だろうか。そんな根競べの様相を呈してきたところで、馬鹿らしくなったのか、前言に責任を感じての事か、宗通先生が再び口を開く。
「すまない。ここまでの事になるとは思わなんだぞ」
彼は頭を掻きながら、少し申し訳なさそうな顔をしていた。
呆気ない宗通先生の謝罪によって、その場の空気が一気に変わり、詳細が気になって仕方のない真中は、一番乗りで彼に尋ねた。
「殺神というのは、俺に神様を殺せということですよね?」
真中に合わせた視線を少しも逸らすことなく、宗通先生は即答する。
「ああ、そうだ。つまりは、暗殺ということだ」
迷いのない彼の答えにたじろぐ真中。
「どうして俺に?」
「君が神原で出会った二人の人間がいたな。彼らを助けたいとは思わないか?」
真中の質問をはぐらかし、突然二人の事を口にした宗通先生に、彼の顔が曇る。
「それは、つまり……。俺が殺神を犯さなければ二人が危険に晒される、ということですか?」
真中は、質問には答えず宗通先生を鋭く睨みながら、語気を荒げて尋ねる。
すると、全く動じることなく宗通先生は答えた。
「そういうことだ。ただ、誤解してほしくないのは、俺が進んで彼らを人質にしよう、って訳じゃあないのだよ」
どういうことだろうか。ただ、彼らが関わるとなると、すぐに嫌ですとも言いづらい。一宿一飯の恩義ってやつがあるからな……。
断ろうにも断りがたいその頼み事に困り果てた真中は、相手が宗通先生とはいえ、嫌みの一つでも言ってやろう、と思い立つ。
そして、顔をしかめて低い声で、突き放すように言い放つ。
「先生、それって依頼ですか? それとも脅迫ですか?」
少し動揺したように見える宗通先生は、顔を下に向けて額に手を当てると、目を瞑って何かを考え込んでいる。
「……ああ、そう思ってもらっても構わない。頼む、引き受けてくれ」
彼は、冷や汗をかきながら苦しげに答えると、手を合わせて真中を拝んだ。
宗通先生とて、私情で神様を殺してほしい、などと言っているわけではあるまい。
彼の態度からもそう考えることは容易く、脅迫めいたことを言ってしまったのも本意ではないだろう。
そう考えた真中は、彼に向けた厳しい態度を緩めて、真剣に言った。
「事情を教えてください。それを聞かないことには、返事は出来ません」
「……わかった。事情を話そう。だが、この事は他言無用だぞ」
「勿論です」
真中は頷く。
先ほどから、真中と宗通先生のやり取りを、ぽかんと無表情になって聞いていた二人も、慌てて頷いて見せる。
それを見届けた宗通先生は、真中に殺神を頼むこととなった理由を語り始めた。
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