第24話 帰ってきた宗通先生
その後、無言の間が続き三人の気まずさを助長する。
話を再開する切欠をつかめないまま、全員で座布団の上に正座をして見合う。
耐えかねて、最初に口を開いたのは真中。
いや、自分が口火を切るしかないと思ったのかもしれない。
「えっと、充希。宗通先生が帰ってきたの?」
すると、渡りに船とばかりにすぐ反応が帰ってきた。
「あ、はい! さっき学舎に行ってみたら、宗通先生が帰ってきてて、萬屋さんに来て欲しいって言ってましたよ」
真中は、突然の呼び出しに首を傾げるが、その疑問を口にするより先に、黙っていた男が充希に尋ねた。
「宗通先生が態々真中を呼び出すなんて、一体何事なんだい?」
正体不明の男が、宗通先生を知っているような素振を見せるので、充希は訝しむ。
「えっと、貴方は? 私は、橘充希と言います」
確り自分から名乗るんだね。偉い偉い。
すると男は、にんまりと笑いながら自己紹介した。
「僕は
あれ……。
しれっと嘘を吐く周治に真中は突っ込む。
「おい」
「ははは。細かいことは気にするな」
笑って流す周治に、真中はふと思ったことをそのまま言葉にしてぶつけた。
「というかさ。俺、今まであんたの名前知らなかったんだが」
「そういえば言ってなかったな。十何年付き合ってて名前も知らなかったなんて、おかしな話だなあ。ははは」
二人のやり取りを聞いて、先ほどにもまして怪訝な顔をする充希。
この男は何を言っても、冗談交じりに返してくる。このまま任せていても、一向に話が進まなさそうだ、と思った真中は、自ら彼女に説明し始めた。
「この男は近所の交番の警察官で、俺が小さい頃からよく遊びに行ってたんだ。今日はまかり間違って家に入れてしまってるけど、居ないものと思ってくれて構わない」
すると、男は上目づかいで真中を窘める。
「ちょっと真中あ。いくらなんでも言い過ぎだろう? もう少し優しくしてくれよ」
無視して話を進める真中。
「それで、宗通先生は何故俺を?」
眉をひそめて困惑した様子で、充希は言う。
「すみません。そこまでは聞いてないです。ただ、真中を呼んできてほしい、と」
充希に真中って言われたぞ! いや、宗通先生の代弁だけども。でも、嬉しいな。
少し顔を赤らめた真中は、顎に手を当てて考え込む。
「まあいいや。行ってみるのが一番手っ取り早いな。ここで考えてても始まらない」
真中がそういうと、彼と充希の二人が立ち上がった。
すると、その場に座り続けている男は、とぼけた顔で口を挟む。
「ところでさ、充希ちゃんって真中のことどう思う?」
突然の周治の発言に驚いた真中は、しかし、自分も気になるので充希の方を見る。
そこには、不愉快そうに眉間にしわを寄せて、口をへの字に曲げた彼女がいた。
顔に答え出てるじゃん……。本当にこういうのやめろよ周治。
「萬屋さん、この人何なんですか? 神役局に訴えますよ」
にやけながら周治は答える。
「おう、何て言って訴えるか知らんが、受けて立つぞ。まあ、僕は修学者だから多分勝つだろうけどね」
さっきまで気だるそうにしていたのが、勢いよく立ち上がって構えて見せる周治。
「神様は公平ですよ。そんなの関係ありません!」
充希の言葉を聞いた周治は、したり、と不敵に笑いながら答える。
「あるんだなあ、これが。神様だって感情があるんだぜ。仲間を贔屓したくなるのは当たり前だろ。それに、神様達に法の支配なんて考えはないからねえ」
「な!? ……う、うう」
反論できない充希は、ぎりぎりと歯軋りしながら手をぎゅっと握って震えている。
このままでは喧嘩にでもなりそうだ、と真中は間に割って入り事態の収拾を図る。
「はいはい、そこまで。さっさと行くぞ、充希」
「……はい」
充希は真っ赤な顔で、悔しそうに周治を睨み付けながらも、渋々返事をする。
「あんたもくるか?」
真中が周治の方を振り向いてそう尋ねると、彼は何度も頷いてみせる。
そして、三人は家を出ると、宗通先生の待つ境界領域へと向かった。
道中、険悪な雰囲気の二人、主に充希が一方的に嫌がっているようだが。
日中外を出歩くことに慣れていないらしい周治は、日光を鬱陶しがる様に額に手を付けながら、歩いていた。
真中の心は休まる暇も無く、やっと境界領域へと来た頃には、疲れ果てていた。
そんな彼の心を、領域のぽかぽか陽気が包み込んで癒してくれる。
「宗通先生は何処にいらっしゃるんだ? まさか、倫学所の奥までまた歩け、何てことはないだろうな」
そんなのは御免だぞ、と思いながら真中が尋ねると、充希はそれに答える。
「いえ、倫学所からちょっと行った所に、小高い丘があるじゃないですか。そこの展望台で待ってる、って仰ってましたよ」
「結局歩くんじゃないか……。しかも登るのかよ」
はあ、と溜め息を吐く真中を見かねた周治が、ぽんと背中を叩いて彼を励ます。
「まあ、そう気を落とすなよ」
「さあ、行きますよ」
充希はそう言って先頭に立ち、二人を引っ張っていく。
真中がへとへとになりながら、道を歩いていくと、やがて展望台が見えてきた。
そこには、暫くぶりの宗通先生の姿も認められる。すると、充希が手を振って先生の元へと駆け寄っていく。
「おおい、師匠。真中さんを連れてきましたよ!」
声に気付いた宗通先生が、近寄ってきた充希を見ながらこれに返答する。
「おお、ありがとう充希、手間をかけてすまないな」
「いえ、私は弟子ですから当然のことです」
そして、再び真中と周治の方を向いて言った。
「よく来たな、久しぶりだな、真中よ。それと、もう一人連れがおるようじゃが」
宗通先生は右手で頭を掻き、左手を腰に当てながら首を傾げる。
周治も門下にいたのではないのか、と疑問に思った真中だったが、大分昔の事だから、姿が変わってしまってわからないのか、と自己解決して宗通先生に手を振る。
周治は懐かしそうに宗通先生を見据えながら、にっこりと微笑む。
二人が宗通先生の元へと辿り着くと、周治が真っ先に口を開く。
「いやあ、お久しぶりです。僕は、加賀屋周治です。二十余年ほど前に、先生にお世話になりました」
そう言って、右手を差し出す。すると、宗通先生も名前を聞いて得心いったらしく、おお、と嬉しそうな声をあげて笑う。
そして、向かい合った彼らは、固く握手を交わした。
その様子を見ていた充希は、漸く周治への嫌悪感が少し和らいだらしく、よく事情は知らないながらも、にっこりと笑ってこれを眺めていた。
本当に、知り合いだったんだな。いや、幽霊の件を知ってた以上、疑いようはなかったけれども、それでも周治はどこか胡散臭いんだもん。
この後一同は、椅子に腰かけて机に腕をのせると、暫く周治と宗通先生の懐古話で盛り上がっていた。
周治も宗通先生も滅多に見ない様な楽しみ様で、話を聴いているだけの二人の気分も、高揚することに限りがない。
場も温まって話も一段落し、そろそろかな、と頃合いをみて真中は口を出す。
「あの、ところで今日俺を呼び出した御用って言うのは一体何でしょうか?」
「ああ、そうですよ、萬屋さんに用事があったのではないですか」
すると、それまで思い出話に花が咲いて、すっかり忘れていたのか、思い出したように、ああそうだった、と呟くと宗通先生は話し始める。
周治さえも例外ではなく、彼の話に耳を傾ける三人の表情は真剣そのもので、特に真中は神経を研ぎ澄まして、どんな話が出てくるものか、と彼の一言一句を聞き漏らさぬよう構えていた。
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