真中、休めない。
第22話 怪しさ満点槐さん
二人が境界領域へと帰還すると、真中は真っ先に側の湖に駆け寄って、その水を手で汲むと一気に飲み干す。
「ああ、やっぱりこれだよな。あそこの水はしょっぱくていけない」
彼が服で口周りを拭いていると、充希は彼を見ながら言った。
「これから、どうしましょうか? 宗通先生はもう帰ってこられたでしょうか」
そういえば、あの日から既に結構経ってるよな。
「どうだろうか。ちょっと倫学所に行ってみようか」
帰ってきてるとしたら、一番会える可能性があるだろう。
「ちょっとって言う様な所でもありませんけどね」
「細かいことは気にするな」
行き先を決めた二人は、境界領域の湖を後にして歩き始める。
しかし、湖大の元を去ってから、歩き詰めでここまで来たこともあって、足の痛みでその歩みは遅く、何度も休憩をはさみながらの移動となった。
途中水辺があると、充希は目を遣るのだが、目当ての物は見られないようで、その度に期待することを繰り返しては、肩を落としている。
「あぁあ、どうして境界領域には、魚が泳いでいないんですかねぇ。水潤圏では、どんな小さな川にでも、魚が沢山いたっていうのに」
「さあ、魚がいる方が特殊なんだろ、たぶん。人原だって殆どいないじゃん」
「そうなんでしょうか。残念」
溜め息を吐きながら歩く充希を見た真中は、このまま落胆させておくのも可哀想なので、何か話題をかえてやろうか、と思って口を開いた。
「それにしても、神様って死ぬんだな。初めて知ったぞ」
それを聞いた充希は、眉を寄せてだるそうに言う。
「そんなこと、思い出させないでくださいよ。あ、あの時の光景を思い出して吐き気が……」
「ああ、すまん。つい」
咄嗟に口を手で押さえながら、目を細めて真中を見つめる彼女に、失敗したなあ、と笑って彼は誤魔化した。
確り赤い血が流れてたもんなあ。死体になったら神様も人もかわんねえや。
それにしても、あの爺さん凄い衝撃受けてたし、手続きしに行った先の役神様も凄く驚いてたな。やっぱり神様ってのは超長寿なだけあって死に慣れてないんだろうか。神様が死んだから手続きしたい、って言ったら役場中大慌てだぞ。
苦情を言う充希にはとりあわず、真中は前へと歩き続けた。
倫学所が遠目に見えてきた頃には、疲れのあまり、二人の足は棒になってしまった。あと少しが中々進まず苛立ちを隠せない真中だったが、倫学所の前に見覚えのある人影を見つける。
「おい、充希。あれって槐さんだよな?」
膝を手で押さえて、下を向いていた充希は、ふと顔を上げて前方を見る。
彼女にも見覚えのある、整った白髪に、伝奇物語に出てきそうな長い白髭、しわしわの真っ赤な顔で、常に微笑みを忘れない老人の姿は、まさに槐先生その人だ。
「え、ああ。そうですね、確かに槐先生だと思います」
「あの人が外に出てるのなんて珍しいな」
「そうなんですか?」
「ああ、俺は初めて見たぞ」
白く太い眉を鬱陶しがる様に、しょぼしょぼしている目で、周りをきょろきょろと見回す槐先生は、明らかに挙動不審だった。
何をしているのか気になった二人は、何とか近づいていき槐先生に声をかける。
「槐さん、どうかしたのか? 学所の外で見かけたのは初めてですよ」
すると、二人を見た槐は答えた。
「ああ、君たちか。いやあ、妻が弁当を届けてくれる事になってたはずなんだが、何時になっても届かないもんだからねえ」
少し恥ずかしそうに、頬を赤らめて笑いながら、手を後頭部に当てる槐。
「ああ、そういえば学所によく来てたな。槐さんの奥さん」
「どんな方ですか?」
「あの、真珠のネックレスをつけて、いつも白い着物の御婆さん見たことあるだろ」
「ああ、あります! 目立つうえに、講義中に歩いてったりするから、凄く印象に残ってますよ。あれ、槐先生の奥様だったんですか」
学所では有名な七不思議のひとつ、毎日現れる白装束の幽霊の題材になった人だ。
新しく入所した人間は、この奥さんを見て恐怖するという洗礼を受ける。
入所間もなく、先輩方は誰も真実を教えずに、学所には廊下を行ったり来たりする幽霊が出ると教える。そして、奥さんがやってきたのを見た新入生が、その姿を見たと言っても知らんふりする。
そうして、新入生をからかって遊ぶのだ。
これは既に、恒例となっており、俺もそれをやられた。充希もやられたはずだが。
「おい、充希。白装束の幽霊って知ってるか?」
槐先生に聞こえぬように、小声で真中は尋ねた。
「はい。でも、私は幽霊何て信じてませんので」
ああ、そういう奴だなこいつは。
「そ、そうか。強いな」
真中は苦笑いして答える。
「え、なんだって? ……幽霊がどうのとか聞こえたが」
槐先生はそう言って難しそうな顔をすると、右耳を真中に近づける。
少し聞こえちゃったよ。誤魔化さないと。
「いえ、昨日家で幽霊見ちゃったんですよ俺。はは」
真中はそう言って、作り笑いをしてその場をしのごうとする。
察したらしい充希も、冷や汗をかきながら、これに合わせて口を開いた。
「そ、そうみたいなんですよお。全く、頭に異常があるんでしょうね、きっと!」
なんてこといいやがる、この女。失礼な。
「そうかい、ご先祖様の守護霊かもしれないからねえ。萬屋君も、あんまり怖がってあげなさんなよ」
槐先生はそう言って真中ににっこりと笑いかける。
「は、はい……。大切にします」
真中は作り笑いを保ったまま、冷や汗をかきながらそう返した。
何か話題をかえよう、と必死に真中は頭を回転させている。
すると、目的を思い出した充希が、咄嗟に槐先生に尋ねる
「そ、そうだ。 宗通先生って既に帰っておられますか?」
「ん? ああ、宗通先生ね。いやあ、まだ帰らないなあ。何か忙しいみたいでね」
「そうですか。先生がお帰りになられたかな、と思って来てみたんですが残念です」
「ふふ、宗通先生もお弟子さん達に愛されて幸せ者だなあ」
笑う槐先生はまさに、微笑みの神様と言っても過言ではない姿だった。
「奥様が早くいらっしゃるといいですね」
そう言って、充希が先生に微笑みかけたとき、ふと疑問が浮かんだ真中は尋ねる。
「そういえば、槐さんはこの境界領域に住んでいらっしゃるんですか?」
「ああ、私は妻と二人で此処に住んでるよ。子供たちは人社会にいるけどねえ」
「へえ、ここは普通に住めるんですか!」
突然、いいことを聞いた、と言わんばかりに充希は口を挟む。
「ああ、ここは人も神様も住んでも良い所だよ。場所さえ用意できれば、という条件が付いてしまうけどねえ」
「そうか。人原と違い、お金で買えばいい、と言う訳にはいかないですもんね……」
充希は興味深そうに顎に手を当てて上を見ながら、考え込む。
「そうそう、何かしらのつてを頼って手に入れるしかないからねえ。大変だ。まあ、ほいほいと手に入るようなものだと、すぐ満杯になってしまうから仕方無くはあるがねえ」
「そうですよね」
そうして三人が話していると、背後から声が聞こえてきた。
三人が振り向くと、声の主は白装束に身を包んだ槐の妻だったので、真中は弾んだ声で槐に言う。
「あ、奥さんいらっしゃったじゃないですか。よかったですね槐さん」
「本当だ、今日も白……あ」
口を滑らす充希。
「こら」
「ん? なんか言ったかい?」
「……いえ、色白でお美しい奥さんだなって。ははは」
死に化粧してるみたいに。
咄嗟に誤魔化す真中。
その後、槐先生は無事昼食を受け取り、真中と充希は、宗通先生が帰ってないということで倫学所を離れた。
しかし、行く当てもなく、彼らは少し行った所で長椅子に腰かけて休息をとる。
「今からどうしようかなあ……」
背もたれにもたれながら、空を見つめて真中は呟いた。
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