第21話 神も人も一緒ですよ

 青二才だなどと憎まれ口を叩きながらも、湖小の事を大切に思っていた神様は、遺体を埋めている間も、何かにつけて思い出話をしながら、終始すすり泣いていた。


 埋葬が終わった後、彼らは神様に手紙の存在を伝えると、女性と湖小は不本意な死を遂げた訳ではなく、自ら選んだ前向きなものだから悲しむ必要はない。などと言って励ますが、所詮そのようなことは詭弁でしかなく、ましてや、残された神様にとっては何の慰めにもならない。


 それでも、何も告げずに湖小が非業の死を遂げた、と勘違いさせたままでいるよりは、幾分かましだろう、と彼らは考えた。


 また、事務的な事柄として、この事件に関しては、神様と二人の間での秘密として、女の存在は口外することなく、湖小は不幸な事故で亡くなったという事に示し合わせて呪いを結び、役神へ届け出ることとした。


 全ての手続きを終えて、二日ほど経つが、ずっと塞込んだままの湖の神様、いや、姓を湖大というらしいその神様は、魂が抜けてしまったように顔を白くして、体中がしわしわになり、椅子に腰かけ続けて、空を見つめ続けている。

 湖はその心を代弁するかのように、凍り付いてしまっていた。


 初めに会った時の、荒々しい姿は何処に行ってしまったのだろうか、と心配する二人だったが、彼らに出来ることと言えば、ただその様子を眺め、偶に語る昔話に耳を傾けてあげることくらいだ。



 そういう訳で二人としても、あまり長く居座ることもできないので、どうしたものか、と頭を悩ませていた。


「どうしましょうか。萬屋さん」


 充希は難しそうな顔をして真中に尋ねる。


「ううん、どうしようか。時間が解決してくれるのを待つよりないだろうけど……」


 考えあぐねた真中も、妙案が思いつかずそう返す。


「他に出来ることなんかありませんもんね。ただ、私達もずっとここにいる訳にも、いかないですから」

「そうなんだよなあ」

「湖小様も、湖大様の事だってきちんと考えて欲しかったですよね」


 溜め息を吐くと、眉をひそめて湖大様の後姿を見つめながらぼやく充希。


「ううん……何とも言えないな、そこは」


 明確に答えられず、きまりの悪い真中は、腕を組んで眉間にしわを寄せ目を瞑る。


「だって、結局自分の幸せのために、湖大様の事は置き去りにしたんでしょう?」

「そうはいっても、こうしなければ女性との別れは必定な訳でさ」

「だって、あの世なんてものがあるかだって、そもそもわからないんですよ? 結局、皆散り散りになっただけかもしれないじゃないですか」


 充希は、語気を強めてそう吐き捨てる。

 どうにも、疲れからかあまり充希の機嫌が良くなさそうだ。


「それをいっちゃあ、元も子もないじゃない」


 このままだと、議論が過熱してただの口喧嘩が始まってしまいそうなので、強引に真中は話を打ち切った。


「もう済んだ話は止そう。はあ、どうしたものかなあ」

「そろそろ帰りましょう。湖大様には申し訳ないですけど、何時までもみている訳にもいきません」


 少し感情的になり過ぎている充希の様子はいただけないが、言っていることも間違ってはいない。


「……そうだな。帰ろうか」


 二人は湖大の元へ行くと、聞いているのかどうかはわからないが、発つ事を伝える。案の定、湖大は何の反応も示さなかったが、きりがないので、支度を始める。



 支度を終えて、出発しようとする彼らの元へ、不意に湖大が現れる。


「あれ、湖大様。大丈夫なんですか?」


 驚いて目を見開いた真中が尋ねる。


「ああ、世話になったな。実のところ、ずっと落ち込んではいたのだが、ぼけたのは途中からはふりというのかな。湖小もあの女もいなくなってしまって、儂だけになるのが寂しかったものでな……。お前達には迷惑をかけてしまったことも、重々承知している……」


 湖大は二本の足で力強く立ち、その目は確りと二人を見据えていた。


「そうですか。……それならよかったです。お元気で」


 初めはむっとした充希だったが、少し目を瞑って何かを考える様子をみせると、今度は湖大と目を合わせて、にっこりと微笑んで見せた。 

 その様子を見た真中も、湖大に歯を見せながら笑って声をかける。


「また、暇な時には顔出すからさ。どうせそのよぼよぼの姿でも、まだまだ俺達より長生きなんだろ?」


 それを聞いた湖大は、目尻を下げて穏やかな顔をしながら、二人に優しく叫んだ。


「よぼよぼの姿だと、見損なうなよ若造が!」



 湖大と別れて帰路に就いた二人は、口数少なく転界路を目指す。心なしか、いつもの潤水圏よりも暖かく、空も晴れ晴れとしている気がする。


 もう少しで転界路に辿りつくというところで、充希は口を開いた。


「萬屋さん、神様も人も一緒ですよ。心と心で通じ合う、素晴らしい生き物です」

「お前がそれを言うか。湖にいるときは散々ぼやいてた癖に」


 真中がからかうと、彼女は頬を膨らまし顔を赤らめて必死に反論する。


「あ、あれは、一時の気の迷いというか……。本心からではありませんから!」

「そうか、わかったよ。ははは」

「全く、すぐそうやって茶化すんですから」


 笑って流す彼の対応に、不満があるらしい彼女は、そっぽをむいてしまった。


 そして、二人は転界路を抜けて、境界領域へと帰還した。

 


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