第20話 神と人は違い過ぎる
暫くして、ようやく事態を把握したらしい二人は、顔を見合わせて、小屋の外に出た後、神様に聞こえない様に小声で話した。
「何ですか、これ。悪戯ですかね」
「いや、どう見ても死んでるだろう。異臭がするもん。吐きそうになる」
手で口を押えながら真中は言った。
「でも、何で……」
「わからんが、刃物で刺されたみたいだったな」
「殺神、ですか」
「かもしれないけど、問題は誰が殺ったかだ」
「まさか、さっきの神様とかですか?」
「どうだろう。でも、あの様子からすると犯人には、見えないけどなあ……」
別に探偵でもないし、こんなのどうしようか……。
二人が話をしていると、遺体に接触してべったりと血のついた神様が、小屋から出てきた。その目は充血し腫れていて、がっくりと肩を落とし下を向いていた。
あまりの気の落とし様に、哀れに思えて、彼らは話しかけることさえ躊躇した。
「あ、あの……」
「……ちょっと、穴掘ってくるから、ここで見張っててくれないか」
力ないぼそぼそとした声でそう言うと、神様は林の中へ消えていった。
「あの様子じゃ、犯人では無いでしょう」
「そうだな」
二人は、再び小屋の中に入る。さっきと変わらず、そこには遺体が横たわる。
少し調べてみよう、などと考えて近づいた彼らは、あまりの臭いと、わずかに腐乱し始めていた肉体を見ると、突然気分が悪くなり、走って小屋から逃げ出した。
「駄目です。人間じゃないと言っても、こんなの見るの初めてですよ。ああ、うう」
「俺もだ……。死体見たことある奴なんて、そうはいないだろ。特に神様のなんて……う、まずい。気持ち悪い……」
二人は、その場にしゃがみ込んで気分が落ち着くのを待つ。少しでも衝撃が加わると、悲惨なことになりそうだ、と微動だにせず、蛹の様にかたまる。
気分の落ち着いた二人は、警戒しながら徐々に立ち上がる。
「どうします?」
「ううん、このまま帰るのも後味悪いよなあ。かと言って、どうすれば……」
困り果てて立ちつくす彼らだったが、迷っていても始まらない、と真中は動き出し、私も、と充希はそれについて行く。
二人は、手ぬぐいで鼻と口を覆って、恐る恐る遺体に近づいて行く。
遺体は、仰向けになって、何度も心臓の辺りを刺されている痕跡がある。確実に仕留めるためか、よっぽどの恨みからか。
刃物は斜め下から押し込まれるように刺さっている。その柄は比較的小さく、強引に押し込んでいたせいか、傷口は荒く、少し手で触れるとすぐに刃物が揺れ動く。
手ぬぐいをしても申し訳程度にしか効果はなく、鼻を引き裂く様な刺激臭が彼らを襲う。
「うえ……。苦しい」
遺体の腐乱した肉が、体を滑り落ちている。少しだけ蛆が湧いてきている。
既に硬直は解け始めていて、妙に柔らかいような硬いような体。
床の血痕は遺体の手前に多く見られるが、遺体のすぐ手前の一部だけは極端に血痕が少ないのは、返り血を浴びた者がいるためだろうか。
「もう駄目だ……」
何とか耐えてきた二人だったが、ここで耐えきれなくなり、まず充希が、次に真中が、外へと走っていった。
湖の水で口をすすぐ彼らだったが、塩水なので、塩っ辛くてどうしようもない。
「ああ、散々だ」
「無理、どうしましょう。萬屋さん……」
「井戸だ、井戸を探せ」
口の中で大事故を起こしたまま、必死に井戸を探す。井戸は家の裏側にあったようで、二人はこれに駆け寄ると、水を汲んで、口をすすいだ。
「ああ、探偵の真似事とかするんじゃなかった。最悪の気分だ」
「萬屋さん、さっきの小屋の中に、白髪が落ちてたんですけど」
「そんなものよく拾って来たな……」
「そうだ、湖小さんの家の中とか入れないですかね? 行ってみましょう」
湖小の家の扉は、簡単に開いた。鍵がかかっていないということは、やはり在宅中に襲われたのか。
中へ入ると、家の中を見回す二人。一見、何の変哲も無いように見えるが、気になるのが、本人が使用するとは思えないほど小さな、人間の、それも小柄な人が使うような、食器や椅子などが置かれていることだ。
「どういうことなんですかね。さっきの神様にきいてみますか?」
「そうだな、ちょっと聞いてみるか」
「じゃあ、私が呼んできますよ」
そう言って、充希は神様を探しに行った。待っている間、真中は湖面を眺めていた。
神様が充希に伴われてやってくる。あまり長く質問し続けるのも気の毒だったので、真中は一番気になっていた質問を彼にぶつけた。
「湖小さんの家って、他に誰か住んでましたか?」
すると、気だるそうに彼は答える。
「……いや、住んでいたのはあいつだけだ。ただ……、よく人間の女が来てたな」
人間の女、それだ。
「それは、何時頃からどんな感じの人が?」
「どんなと言われても、かれこれ三十年位通ってたから、どんどんみてくれも変わっていったしなあ。人間っていうのはすぐ老けちまうのな」
「三十年もですか……」
充希は絶句する。
「お二方はどういったご関係でしたか?」
「さあ、仲良くはしてたけど。よく一緒に散歩や旅行とかしてたし、ここでゆっくりしてたこともあったかなあ。それに、つい最近も一緒に楽しそうに会話してる所を見てたぞ」
仲が悪いわけではなかったのか。じゃあなんで殺したんだ。
「すみません、ありがとうございました」
真中は軽く会釈する。
「ああ」
神様は再び山林に消えていった。
「多分その女が犯人だよな」
同意を求めるように、真中は充希の目を見て言う。
「恐らく、そうですよね。でも、何で?」
顎に手を当てて、彼女は同意する。
「それに、何処に行ってしまったのか、だ」
手掛かりを探して、二人は再び湖小の家へと入っていった。
何かわかる物はないかと、家の中を物色する二人。
「そんなに散らかってるということも無いですし、争ったとは考えにくいですよね」
「だよな、普段と変わった様子もない」
「ううん、何かないですかねえ。あっ」
部屋の端の机から充希が何かを見つけたらしい。
「どうした?」
「これ、手紙です。引き出しの中に日記があって、その中に……」
充希から封筒を受け取った真中は、封を破りその中身を見た。
「……ああ、そういうことか」
手紙を読み終えた彼は、それを充希に手渡し言う。
「神様と女性は今でも愛し合っているに違い無い。天国で一緒に幸せにしてるさ」
手紙を読み終えて、その意味するところを悟った彼女は、答える。
「そうですね……。神と人間の……どうにもならない別れに苦しんでいたんですね」
「神と人とは違い過ぎる。この世では、これ以上一緒にいられなくなった。それで、あの世で仲良く暮らす決断をしたわけだ」
「どうしましょう。これ……」
充希は、困惑した様子で真中を凝視して尋ねた。
「とりあえず、隣の神様には伝えて、埋葬を手伝って帰ろう」
「それで、この女性は何処へ?」
そんな事聞くか普通。この状況で。
「この地で共に眠ろうっていうんだから、湖の中ででもぐっすりじゃないかな。もうそっとしておいてあげよう。彼らが選んだのだから、俺達が口出しすべきじゃない」
「そうですね。人の遺体は見つかってしまえば、人原へ還されてしまいますからね」
本当、現実的よね。この女。ちょっと注意してやろう。
「野暮なことは言うなよ。浪漫がないなぁ」
「そうですか? 本当の事でしょう」
むっとした充希は真中をじっと睨み付け、彼が宥めて漸く機嫌を直すと、二人は墓穴を掘っている神様の元へと向かった。
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