第14話 お世話になりました

 目を覚ました充希は、あまり状況を飲み込めていないようで、半開きの目を擦りながら周りをきょろきょろと眺める。


「あれ、ここはどこ。もう、人間社会に帰ってきたんですか?」


 とりあえず、酔いは治まったらしく、顔色は良くなり落ち着いていた。あるいは、単に寝起きだったから、ということかもしれない。


 それからも暫く微動だにせず、ひたすら虚空を見つめていた充希だったが、自分に集められた三人の視線に気が付くと、眠りに就く前の記憶を取り戻したためか、叫び声をあげながら飛び起きた。


「すみません。いつの間にか、眠ってしまったみたいですね……」


 ついさっきまで、掛け布団に閉じ込められていた彼女は、体中が汗にまみれていたが、そんなことを気にすることも無く、謝罪の言葉を口にする。

 初めこそ、彼女が目覚めたことで話が中断されて、少し残念がっていた真中も、そんな健気な姿を目の当たりにして、彼女を気遣い、声をかける。


「いや、誰も気にしてないから心配するな。それより、汗拭きなよ」

「そうね、それとお水も飲んだ方がいいわ。樹、ちょっと組んできて頂戴」

「ああ、ちょっと待ってな」


 にわかに、小屋の中が忙しくなる。ほんの十分前までは、話し声しかしなかったのが、彼らの足音や、戸が動く音などその豊かさを増す。充希が、湯呑に注がれた水をちびちびと飲む間に、汗を拭いて着替えるから、と泉は二人の男を追い出した。

 


 小屋から締め出された二人は、少し離れた所にしゃがみ込んで、小屋の主のお許しが出るのを待ち続る。手持無沙汰な樹は、暇つぶしとばかりに真中を煽りたてる。


「なあ、真中。俺達はこのままでいいと思うか?」

「どういうことだよ」


 真中が尋ねると、樹は彼の頭を指差して呟いた。険しい顔が、その真剣さをものが

たっている。


「今、何が俺たちにできるよ。その頭が飾りじゃないなら、考えてみろ」


 いきなり真面目ぶって、何言いだしたのこの人。


「すみません……。考えつかないです」

「そうか、仕方ない。俺が教えてやろう」

「はい」


 一体何なんだ。凄く大切な話なのだろうか。

 真中と樹は顔を近づけ、互いに真剣なまなざしで見つめあう。樹は、ごくりと息を飲むと、目を瞑って徐に話し始めた。


「あのな、漢には駄目だとわかっていても、やらなければならない時があるんだ」

「あ、ああ。わかるぞ……」


 どんな大事を伝えられるのか、と真中も息を飲み耳を研ぎ澄ます。

「よし、じゃあ端的に言おう。真中よ、お前も漢なら、あの小屋の中を見たいとは思わないか?」


 そうか、確かに、それは大事だ。


「見たいです」

「そうだろう。よし、行こう」

「でも、大丈夫か」

「生き物は光に自然と吸い寄せられるものだ。勝手に明るい小屋に引っ張られて、一体なにをか恥じることがあるだろうか。いや、ない」

「あなたが、神か」


 二人は立ち上がり、強くその手を交わした。その時、二人の漢達の間に、真の友情が芽生える。


 真中はその高揚感から、一気呵成に小屋まで乗り込んでやろうか、とさえ考えた。

 しかし、短慮な行動はいけない、と樹が制し、共に物音を立てない様に気を付けながら、小屋へと忍び寄る。小屋へ近づくにつれて増す彼の胸の高鳴りは、中へと漏れてしまわないか心配になるほどだった。



 こそこそと忍び寄り、小屋の戸にぴったりくっついた真中と、その後に続く樹は、そっと聞き耳を立てる。しかし、物音は聞こえない。思いのほか、この小屋の防音機能は高かった様だ。


 だが、もはやそんなことは問題ではない。ここまでくれば、前進あるのみだ。そう決意した真中は、樹に目配せして、突入のタイミングを計る。

 そして、顔を見合わせ手信号で合図すると、戸を押しのけるように渾身の力で開いて中へと侵入した。そして、予め考えておいたセリフを叫ぶ。


「おっと、つい光の引力に引っ張られちゃったなあ。ごめんなさいね!」


 そうして辺りを見回すが、中には誰もいない。


「あれ、ちょっとまて。おかしいぞ……」


 真中は、後から入ってきた樹を制止して、振り返る。樹も無人の小屋に迷い込んでしまったことに困惑している様子だった。


「おい、どういうことだ……。もしかして、今までずっと俺たちは、二人して狐に化かされていたのか?」

「嘘だろ……、あの温もりはなんだったんだよ……」


 互いに真青な顔で見つめあいながら、二人はその場に立ち尽くす。そんなはずはない、と口では言うが、誰も小屋にはいないのが真実だ。



 すると突然、そんな二人を嘲笑う声が聞こえた。同時に、戸がぴしゃりと閉じられ、開かなくなってしまった。


「しまった。くそ、やられた。あの女狐どもめ」


 力自慢の樹が必死に戸を開けようとするが、どれだけ引こうとしてもびくともしない。叩いてみても、一向に動く気配がない。

 外に出ようと足掻く二人は、まんまと罠に嵌ったようで、その仕掛け人達から非情な宣告が下される。


「今から、この小屋燃やすよ。早く出ないと死んじゃうけど、頑張らなくていいの」


 小屋の中にいる二人にそう伝え、せせら笑う女。


「さよなら、萬屋真中。ほんの一時とはいえ、お世話になりました。冥福を祈ってさ

しあげますから、さっさと成仏してくださいね」


 冷淡な声で、他人を勝手に殺す女。


「まずいぞ、泉は本当にやる女だ。このままじゃ小屋が棺桶になっちまうぞ」

「いやだ、死にたくないよ。充希! 俺だけでいいから、助けてくれ。元はと言えば、鵬崎の言い出したことなんだよ。頼むよ」

「おい、裏切るのかお前。友情はどうした」

「そんなものはない」


 ああ、こんな死に方じゃ、宗通先生だって線香の一本すらあげてくれないだろうな。どうせなら透様の屋敷で死んどけばよかった……。


「そんじゃ、さようなら」


 外から火花の散る音が聞こえる。本当にやるのか。短い人生だったな。せめて、最期くらい、潔く散ろう。それがせめてもの誇りってもんだ。


「ああ、さよなら……」

「おい、諦めるんじゃねえ。最後まで生きようとしろよ。それが大切なんだ!」


 真中の肩を両腕で掴み、必死になって窘める樹。


「ありがとう、樹。もう、俺はいいから、自分だけでも逃げ延びてくれ」


 真中は、樹の頬に右手を当てて、にっこり微笑みながら樹に逃げるよう促す。


「馬鹿な事言うなよ。生きる時も死ぬ時も俺達は一緒だ。だけど、俺は死にたくない。だから、二人で生き延びるんだ!」


 涙を流して叫ぶ樹。あまりの格好良さに思わず感動した真中は、しかし、徐に首を横に振って、その目を閉じる。

 樹、お前は最期まで気持ちの良い漢だった。来世でもまた仲良くしてくれ……。


 覚悟を決めた真中がまだかまだかと待っていると、じゅっという音と共に、さっきまでの火花の散る音が聞こえなくなった。


 そして、がらがらがら、とあっさり戸が開く音がした。唖然とした真中が目を開けると、そこには呆れた顔でこちらを眺める二人がいた。


「あんたら、馬鹿じゃないの」

「はあ、最低」


 充希も元気になったようで、めでたしめでたし。

 疲れて眠ってしまったので、それからの事は覚えていない。一晩中、業火の中で焼かれる夢を見た。辛かった。



 翌朝、真中は元気一杯の充希と支度を済ませると、宗通先生をこれ以上待たせるわけにもいかない、と考えて、小屋を出ていくことを二人に伝えた。そうか、と樹が答えて、まだゆっくりしてもらって構わないのに、と泉が残念がる。

 しかし、あまり宗通先生を待たせていると、それこそ面倒事になりそうだったので、真中と充希の意志は固かった。


 小屋を出た真中と充希は、改めて樹、泉の二人と対面する。


「ありがとうございました。助けていただいて本当に感謝しています」

「本当にお世話になりました。私がご迷惑をおかけしてしまって」


 二人は頭を下げて感謝の意を伝えると、この礼はいつか必ず、と言った。


「礼なんかいいよ、困っているときはお互い様だ。また、何時でもこいよ。何時いるかも、何時迄いるかもわからないけどな! ははは」


 照れながらそう言って笑う樹と、それを見て微笑む泉に見送られて、二人は再び転界路を目指して歩き出す。














 

 



 



 









 

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