真中、羨む。
第12話 ここで会ったのも何かのご縁
突然話しかけてきたその男は、茶色い短髪が逆立ち、容貌は角ばってごつごつしていて、大きく開いた口は口角が吊り上がり、唇は鈍い赤色だ。
長身にがっしりとした体つきと、切れ長の鋭い目に確りとした眉は、堂々としていて威厳があり、これが神様だと言われれば、少しも疑うことなく信じてしまいそうな勇壮な姿だった。
人間だとわかって警戒を解いた真中は、それでも、あまりの偉丈夫ぶりに積極的に近づくことをためらうが、その表情を見るに敵意のある感じではなかったので、あまり適当にあしらうのも失礼だと考えて、男の呼びかけに答える。
「あんたも人間なのか? これは珍しいこともあるもんだ」
「ああ、俺は
そう言って、歯を剥き出しにしたありったけの笑顔を見せながら、樹は真中に握手を求めてきた。真中はこれに応えて、彼の手を握る。傍から見れば、樹の鍛えられた腕に、真中の細い腕などへし折られてしまうのではないか、というくらいに腕の太さが違う。
「俺は萬屋真中だ。こちらこそ、これからよろしく」
どうも、悪い人ではなさそうだ。最初は少し驚いたけど、申し訳なかったなあ。けど、どうしてこんな所にいるんだろうか。もしかして、修学者なのかな。
「おう! ちょっと用事があってこっちに来てたんだけど、人と会うのは久しぶりだから、なんだか懐かしくて嬉しいわ。ここの神様っていったら、でかいのばっかりで威圧感あるから怖いんだよな」
同意したいのは山々だけど、あんただって十分でかくて怖いよ。さっきは、危ないこれは駄目だ、襲われるって思ったもん。
正直、神様より強そうだし。
「神様ってみんな大きいですよね。でも、お兄さんも負けてないっすよ」
「そうか? お世辞でも嬉しいぞ、ありがとな!」
真中の言葉を聞いた樹は、口を大きく開いて笑う。
お世辞なもんか、格闘したら絶対、宗通先生より強いわこの人。
しかし、どうして突然話しかけてきたんだろうか。珍しさだけなのか。
「ところで、何か御用ですか? ちょっと今取り込んでまして」
いかん、つい言葉遣いが丁寧に。こいつは、神様じゃなくて人間だ。
「いや、その娘が苦しそうにしていたから、どうかしたのかと思ってきたんだ」
「ああ、ちょっと酔ったみたいでね。休憩してるところなんだ」
酔ったという言葉を聞くと、樹はさっきまで笑っていた顔を歪めて、心配そうに充希を見ながら言う。
「酔った? 酒でも飲んだのか? こっちで酒を飲むのは感心しないなあ。酒に釣られて、どんな輩が近づいてくるかわからんぞ。神が相手だからって、油断するなよ」
難しそうな顔で言う樹の言葉は、実体験から来るものなのかな。わからんが。酒に酔ったわけではないから、早合点もいいところだ。
「いや、何て言ったらいいんだろうか。ちょっと、走ってたら酔ったみたいなんだ」
「走ってたら酔った? また奇怪な。そんなんじゃ、外も出歩けないじゃないか」
神行の護符の事は口外厳禁だから、言いたくても言えない。この男の身元がはっきりしていない以上、あまり踏み込んだ話をするのは、危ないかもしれないし。
じゃあ、充希はどうなんだって話だが……。
「……いやあ、神原に来るのが初めてだから、ここの空気に慣れないだけかなって」
とりあえず、笑顔を作って取り繕う真中。
「そうか? だといいんだが。体は大事にしないとな。俺たちは神みたいに、ずっと生き続けられるわけじゃあないんだからさ」
ここの空気に酔うなんて話聞いたことないけど、まあ、納得してくれたようだ。
「そうだ、近くに俺が拠点にしてる小屋があるから、そこに行くか」
ふと思いついたようにそう言うと、破顔一笑、手を叩く樹。
「いや、そんな。迷惑じゃないか? 用事があるんだろ」
「遠慮するなよ。言っただろ、ここで会ったのも何かの縁だって。それに、人間が困ってるのを見ると、放っておけないんだよ。俺は」
第一印象では近寄りがたそうな人だったけど、人情味あふれる良い漢じゃないか。
勧めてくれてるのに、あんまり断るのも失礼だよなあ。
「そうか、じゃあ、お世話になります」
「おお、それがいい。さあ、行こうか」
「……すみません、ご迷惑をおかけして……」
充希に近づいた樹は、苦しそうに謝る彼女に、こういう時はお互い様だ、と笑いかけると、軽々と彼女の華奢な体を持ち上げ、背に負って歩き出す。
「ほら、真中も。俺の後についてこいよ」
すごい、俺が女だったら惚れちゃいそう。いや、絶対惚れるね。
むしろ、俺のハーレムに加わってもらっても構わないが。性別なんて小さな問題。
「あ、ああ。よろしく頼む」
大男の後をそそくさとくっついていく真中の姿は、主人に従う従者の様に見える。
樹の後についていくと、十分ほどで、小さな藁ぶき屋根の小屋が目に入ってきた。
「お、あったぞ。あそこが俺の小屋だ。お嬢ちゃん、あと少し、あそこに見えてるやつだから、もう少しの辛抱な」
「ぇ……、あ、あそこですか。わかりました……ううっ」
「おいおい、大丈夫か。そこで吐くのはやめてくれよ」
口を押えて足をじたばたする充希に、それを見て慌てる樹だが、さすがその肉体は飾り物ではないようで、充希の足で何度蹴られても全く動じない。真中は彼女を心配すると同時に、やはり無理して帰らなくてよかった、とほっとして深く息を吐いた。
「もうちょっとだ、頑張れ、耐えるんだ」
真中は充希を励ますが、それどころではないらしく、耳に入っていないのか、全く反応が無い。しかし、彼自身も返事を期待して励ましているわけでもないので、気にもかけず歩き続ける。
小屋の前には、水の貯まった桶が置かれていた。ついさっき水を汲みに行ったときには、充希の事で一杯で自分の喉の渇きを忘れていたので、あれをもらえないかな、と真中は考える。
「鵬崎さん、あの水もらってもいいか?」
「構わないよ。煮沸してあるから、川の水より少しは安全だろう」
見た目に似合わず繊細な人なんだな、そんなの気にしたこともないや。
「別にそこらの水だって、よっぽどじゃなければ問題ないんじゃないかな」
「まあ、そうなんだけどさ。一応、念のためってやつよ。俺だって、絶対にそのままの水は飲まないってわけじゃないんだぜ? 旅先じゃ、普通にそのまま飲むからな」
筋肉馬鹿みたいな人かと思ってたけど、俺よりよっぽど思慮深いんじゃないか。人を見た目で判断しちゃいけないね、絶対。はい、反省しました。
充希を背負って歩く樹をおいて、真中は一足先に小屋まで走っていくと、桶にたまった水を杓で汲み取り、喉の渇きを潤す。
「ああ、美味い。やっぱ水は生命の源だ。」
杓から零れた水が服を湿らせる。水に濡れた服が肌に当たると、ひんやりとして気持ちよく、歩き詰めて温まった真中の体からその熱を奪っていく。
喉が潤った真中は、そういえば朝から食べ物を口にしていないな、と思い出す。人の欲とはなんとも限りの見えないものだな、と苦笑いする真中だったが、その空腹感は言葉では誤魔化せず、腹の虫が鳴る。
「うわ、誰も近くにいなくてよかった。こんなの聞かれたら恥ずかしいよ」
恥ずかしさで顔を赤らめる真中だったが、周囲を見回して人気のないことを確認して胸をなでおろす。
「おい、真中。そこの戸を開けてくれないか。こっちは手がふさがっててな」
少し遅れて、樹と充希が追いついてきて真中と合流すると、真中が戸を開いて、三人は小屋の中へと入っていく。
藁と木のいい香りがする。腹、へったなあ……。
隣で苦しむ充希を尻目に、ついつい煩悩が働いてしまう真中だった。
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