第7話 神様のお使い
突然飛び出たその言葉に、驚いた宗通先生は充希の顔を凝視する。
きりっと真面目な顔をしていて、冗談で言っているわけではないようだ。
そう察したのか宗通先生はこれまた真面目な顔をして、少し低めの声色で充希に尋ねる。
「お前が行っても構わないが、安全は約束できないぞ。それでもというならば、考えないことも無いがのう」
宗通先生の言葉に、充希は迷いのないよく通る声で言い返す。
「と、いうと? もとより覚悟はできています。私は自分の意志で、自分のしたいことをしてるんです。私は好奇心に素直なんです。たとえ、それが良くない結果を招いたとしても、後悔はしませんし、誰かを恨むことも決してありません。信用できないのであれば、呪って頂いて構いません」
呪いというのは神から人、あるいは人から神へ互いの合意の元でかけられる簡易的な契約の事で、予め内容と破られた際の罰を規定することで、その行動を制約するものだ。一度交わせば、どちらかが消滅するまでその効力を発揮する。
堂々とした態度を示す充希に対して、危険と聞いて怖気づいた男が一人いた。
「え、命にかかわるような仕事なんですか? それじゃ、俺は降りようかな……」
苦笑いして冗談ぽく言ってみる真中。
「おい、一度引き受けた以上は、命を賭して成し遂げるのがお前だろう?」
にやりと笑いながら彼を逃がさない宗通先生。
「そんなこと言いましたかね」
真中がしらをきると宗通先生は追いつめる。
「確かに聞いた覚えがあるぞ」
確かに言ったな。どうしようか……。
「やだ、かっこいい」
「自分で言うな」
宗通先生が突っ込む。
「あの、私の話を茶化さないでください。真面目なんです。先生も乗らないで」
充希は自分の話を逸らして勝手に戯れ始めた真中と宗通先生を叱る。
「はい、すみません」
やだ、怖い。
俺としては彼女に行ってもらって全く構わない。命は大切です。
「うむ、そこまで言うのであれば、信用しないわけにはいかないが。初めてなのに一人で大丈夫だろうか。神の中にも色々いるからのう」
宗通先生はそう言うと、顎に手を当てて考え込む。
色々いるのか、神様っていうと善良な方々ばかりだと思ってたよ。
「そうなんですか、今まで俺があった神様は、いい神様ばっかりだったんですけど。もちろん、宗通先生だって素晴らしい神様ですよね」
媚びる姿勢は大切だ。
「そうですよ。神様が人を統治しているのも、その前提があってのことでは? 私は両親からそう教わりましたけど」
眉をひそめて、充希が口を挟む。
「ああ、ここだけの話だが、神だって拗らせた奴らってのがいるのだよ。とりあえず、人間との間でそういう了解があるから、絶対に知られるわけにいかないがね」
そう言った後、宗通先生は口の前で人差し指を立てるしぐさを見せる。
むっとした充希は語気を強めて宗通先生を問い詰める。
「詐欺じゃないですか、やっぱり私の両親の方が正しかったんですか」
なんか雲行きが怪しくなってきたぞ。
「いや、充希の両親が何と言ったかは知らないが、あくまで神として未熟であるというだけで、いずれ奴らも立派な神になる予定だから。これは黙っていてくれ、頼む」
神様が手を合わせて頼み込んでいる光景は、なんとも滑稽だ。
充希もまんざらではないようで、頬をかきながら、少し口角が上がっているのが隠せていない。
「まあ、そこまで先生が言うなら、仕方ないですねえ。へへへ」
人の事は言えないが、こいつも相当ちょろいな。
まあ、何とか穏便に済んだようで良かった。
「それはともかくだ、本当に覚悟は良いのか?」
宗通先生が尋ねると、明るく力強く充希は答える。
「はい、問題ありません!」
「そうか、……では、真中よ。お前がついて行ってやれ」
「どうしてそうなる、りますですか?」
真中は慌ててそう尋ねた。
「この娘は、神原に行くのは初めてなのだろう? 道案内が必要であろうが」
「嫌ですよ、まだ死にたくない。ハーレム作らないと」
真中が渋ると、宗通先生は、はあ、と溜め息を吐いて苦笑いする。
「まだ諦めてないのか、呆れたやつだ。人間が神原へ行くのにも、修学者がいた方が円滑に事が運ぶだろう。さあ、行ってやれ。心配するな。死んだときは、私自ら格別の弔いをあげてやる。とても名誉なことなのだぞ」
自分で言うな。
まあ、それは非常に有り難くはあるのだが。
こんな偉い神様に悲しんでもらえるなら、死にがいもあるってものだ。
でもあと五十年はせめて生きていたい。神様からすれば二十年も七十年も変わりないのだろうけど、人間にとってはそうはいかないんだよなあ。
せめて神様になったりとかできないかな。
「俺も死んだら神様に転生とかできるんですか」
「まあ、生前の行い次第だな。基本的に神様というのは自然発生するものではないから、なんとも言えないが。だが、神様もそういいものではないぞ」
「人前では万能を装う必要がありますもんね」
充希が突然口を挟み、宗通先生を冷やかす。
こいつ、神様相手にゆすりでもやるつもりか。罰当たりな。懲らしめてやろうか。
そう考えた真中は、充希の背に手を伸ばす。
「おい、真中よ。そういうことはせめて私のいないところでやってくれないか。私まで罰を受けることになるだろうが」
顔を赤らめる宗通先生。案外初心なんだな、かわいい。
先生の声ではっとした充希は後ろを振返ると、真中の魔の手が忍び寄っていたことに気づき、叩き落とす。
「信じられない! 神様の御前で、とんでもない人ですね。こんな人が道案内だなんて、想像しただけで身震いが止まりませんよ。先生」
なんだか勘違いされているぞ。どうしてこう、こいつらは……。あ、訂正、こいつと先生は……。しかし、これで俺は行かなくて済むかもしれないぞ。
「駄目だ。充希が行っても構わない、だが条件は真中を連れていくことだ」
目を閉じて、そう言い切る宗通先生。
「じゃあ先生が一緒に行ってください! それなら心配ないでしょう」
充希は、妙案でしょ、とばかりに身を乗り出して彼にに詰め寄る。
「そうしたいのは山々なのだがな。私はあの女神にはあまり会いたくないのじゃ」
女神。女神って言ったね今。これは、千載一遇の機会ではないのか。
そう考えた真中は一転、喜び勇んで、案内役を引き受けると申し出た。
「どうした、真中よ。さっきまで嫌がっていたではないか」
にやにやしている先生。絶対わかって言ってるだろ。
「本当、いやらしい男」
真中の身をぶち抜くような、冷たい視線を浴びせる充希。
しかし、真中の燃える心を凍らすことは叶わなかったようだ。
「さあ、行くぞ。我が弟子充希よ、ついてこい」
真中はさっさと歩き始めた。
「まだ、詳細を伝えていないが。何処に行くのだ?」
真中はぴたっと足を止めた。
そうだった、中身を聞かないと。
「一体どんな内容で?」
彼は、大げさに耳を突き出す。
「なに、そう難しいことではない。ちょっとこの書簡を渡してきてほしいだけだ。ただし、用が済んだら直ぐに立ち去れよ。帰ってこられなくなるぞ」
「へえ、わかりました」
「私も頑張ります!」
「おう、充希は特に注意してな。初めての神原というのもあるが……」
どうにも歯切れの悪い、釈然としない宗通の態度を訝しむ真中だったが、さっさと行きますよ、と充希に引っ張られて腰を上げる。
「それでは、行って参ります。先生」
「私は必ず帰ってきます、師匠!」
「うむ、道中気を付けてな。帰ってくるまでがお使いじゃぞ」
宗通先生は二人を見送った。
宗通先生に別れを告げて、二人は神原へと向かって歩き出す。
「学舎でるだけで時間かかるわね。これ……」
来た道を帰るのだから当たり前だ。
今日は一旦解散して、明日出直したほうがよさそうだな。
「よし、今日は一旦帰ろう。明日出直してこよう」
「そうですね。さすがにこのままでは帰る機会を失ってしまいますからね。偶にはまともなこと言うじゃないですか」
「ああ、見直しただろう」
「いえ、特には」
帰りの道中は、互いに無言を貫き通した。
歩き詰めて人原に戻ったころには、既に日は暮れているというところではなく、帰宅した真中は連絡もなくどこをほっつき歩いていたのかと叱られた。
いやあ、いい感じに話が進んだわね。この調子で宗通先生の一番弟子にまで上り詰めてやるんだから。明日が待ち遠しいよう。さあ、寝ようかな。ふふふ。
「んん、私が宗通先生と? うへへ、そんなあ」
夢の中で妄想が捗っているらしい充希の野望はこの時その幕を開けた。
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