真中、渋々訪問する。
第4話 図書室へ行きましょう
いやあ、よく寝た。窓から差し込む日差しが気持ちいい。最近は曇りがちでこんなに晴れたのは久しぶりだからな。洗濯物もよく乾きそうだ。
「なんだあれ」
窓の向こう、家の庭に人が倒れている、どういうことだ。
いや、あいつの名前を俺は知っている。
折角気持ちよく寝ていたのに、嫌な記憶がよみがえってきた。空はこんなに青いのに、風はこんなに暖かいのに、太陽はとっても明るいのに、どうしてこんなに暗い気持ちになってしまうのだろうか。コロッケでも買いに行こうかな。
はあ、神様の教えだからな、仕方ないか、助けてやろう。
「おおい、大丈夫ですかあ。そこで倒れてるあなた」
「ん、ああ、いつの間にか眠ってしまってた。おはよございます、萬屋さん。いい天気ですね、ちょっと喉が渇いたのでお水をもらってもいいですか」
肝が据わっている、全く動じないな。この状況で水よこせなんて、図々しいにもほどがある。
でも、寝起きでボーっとしてる姿もかわいい。いかん、騙されるな。
「お、おうちょっと待ってろ」
困っている人は助けてやるのが神様の教えだ。決して、他意はない。
ついでにパンでももっていってやるか。ずっと隠れていたなら、どうせ何も食べてないんだろう。
「ああ、ありがとうございます。あ、パンは結構です。家はご飯派なんで食べないん
ですよねえ。それに、監視している間ずっと間食してたんで、お腹空いてないんですよ。喉は渇いてパサパサだったんですけどね」
そう言った充希は、徐にコップを手に取ると、それを口に運んで水を飲み干す。
「ああ、そうですか。飲んだらすぐ帰ってくださいね。早く帰ってあげないと、親御さんも心配しているでしょうから」
親切心からの発言だぞ。
「大丈夫ですよ。両親は二人で旅行行くって、昨晩連絡がありました。っていうか、昨日の約束忘れてないですよね。誤魔化そうとしても駄目ですよ?」
真中が約束を破ろうとしているのではないか、と疑った充希は真中に詰め寄る。
「忘れてはないけど、本当に行くの? 両親が脱却論者なんでしょ、勝手に神様の門下に入って怒られないの?」
目を逸らして返す真中。
「問題ないでしょう。普段から、私に思想の無理強いはしてこないですし、私の人生は私のものだから、好きに生きなさいって言ってくれてますよ」
俺は神様側の人間だったからか、脱却論者にいいイメージはなかったけど、脱却論者といっても色々あるんだろうか。
まあ、彼らの主張は独立心の高さから来ているものだから、そういった意味では個人を尊重するのは、当たり前の事でもあるのかもしれない。
しかし、今の状況では寧ろ、束縛する両親のがありがたかったなあ。もう逃げられないじゃん。カムバック充希の両親。
「そう、旅行っていうのはどちらへ?」
「さあ、でも神社会のどこかじゃないですか。敵を知ることは大切ですからね」
「なるほど、自由な両親ね」
「そうですね、だから私もこんな感じなのかもしれません」
「確かにそうだ」
この両親にして、この子ありか。いつまでも話していても埒が明かない、とりあえず支度するか。
そう考えた真中は家の中へ戻り、身支度を終えると家を出る。そして念のため、玄関と窓の鍵がきちんとしめられているか、何度も確認した。
充希はそれを不思議そうに見つめながら、まだかまだかと真中をじらす。
神役局までの道のりは長い。どうせなら、昨日役局にいる間にでてきてくれれば話も早く済んだだろうに。
そう思いながら真中は、歩き続ける。横の充希は、まだ見ぬ倫学所に思いを馳せて、楽しそうにスキップしていた。
あんまりに期待されると、もし期待外れだった時に、申し訳ないのでできれば期待しないでほしいんだけどなあ、と考えながら、特に話すこともなく、ただ歩き続ける。
しかし、しばらくの間無言で歩いていて、少しきまりの悪い真中は、かと言って昨日会ったばかりの充希と何を話せばいいのかわからず、彼女が自分の世界に浸っていてよかったかもしれない、と考えを改める。
道中何事も起こることなく、神役局へと到着すると、今日も受付は行列が凄いことになっている。これでは神手不足も当たり前だな、と行列を眺めながらその側を通っていく。先頭では、何やら揉め事が起きているようだ。
それを見た充希は眉間にしわを寄せて、口を開く。
「全く酷い人たちですね。ここは、揉め事を起こす場所じゃないでしょうに。あんな人たちは放り出してしまえばいいんですよ」
苦笑いしながら、真中はこれに答える。
「まあ、それはそうなんだけどね。中々難しいよ、どこまでが赦されて、どこからが赦されないのかって。一応、神様は善で万人に慈悲を持っているってことで通ってるからね。神様が少し人を傷つけようものなら、過剰に反応する人達もいるし」
充希が、あれ、とでもいいそうな怪訝な顔をする。
「違うんですか?」
「神様だって万能ではないし、考える生き物だよ」
「なんか、思ってたのとは随分違うみたいですね」
溜め息を吐きながら、口をへの字に曲げて充希はそう言った。
「そりゃあ、神様が人間社会を統治しているっていうのも、あくまで人でないものとして、客観的な立場から物を言えるっていう前提の元で人間から頼まれてることで、別に神様が進んで人間を支配しようとしてるわけじゃないから」
あまり興味は無さそうに聞き流している充希は、建物の中に入り奥へ進むと、不意に口を挟む。
「へえ、あ、そこ、左行って、階段があるでしょう? その階段をのぼって、三階の踊り場の司書役の神様がいるところです」
「こっちか、こんな所来たことなかったな。神役局に来ること自体そうないしなあ」
言われた通り階段をのぼって、真中は三階へと向かった。
途中数体の神様とすれ違ったが、人間が一階以外に来ることは珍しいらしく、すれ違う度に奇異な目で見られるので、なんとも恥ずかしい。
充希はどうなのかと偶に後ろを振り返るが、動じることなく堂々としている。
この女性が、昨日はあんなことで取り乱していたのだから、人というのはわからないものだ。
三階まであがり踊り場を見回すと、確かにそれとわかるような扉がある。
「あの扉がその図書室? 外には司書番なんかいないけど」
疑問に思った真中は、充希の方を見る。
「あれです、入っていく方がいた時に中に本棚があるのが見えたんです。この間来たときはずっと前で立ち続けてる方がいたので、てっきり番の方だったのかなと」
彼女はばつが悪そうに笑いながら、そう弁解した。
「まあ、行ってくるから。ちょっと待ってて」
「はい、できるだけ早くしてくださいね」
真中が扉の前へと進み開こうとすると、突然扉の向こうから何者かが現れた。
「えっ、扉は閉じてたよね。今どうやって?」
彼の問いかけには答えず、何者かは彼に尋ねる。
「あなたは、修学者のようですね。この中へなにか御用で?」
「は、はい。ちょっと探し物で」
突然の事でわけがわからず、充希を見る真中だったが、彼女には何も見えていないようで、突然自分に向けられた視線に、困惑している様子だった。
そうこうしていると、さっきまで真中の目の前にあったはずの扉が消えていて、その何者かが、真中を中へと招き入れようとしている。
「さあ、どうぞ。中では決して声を出してはなりません。もし、禁が破られた際には、それなりの罰が下されるものとお覚悟を」
導かれるままに、図書室へと入った真中が後ろを振り返ると、さっきまで消えていた扉が、再びその姿を現していた。そして前を見ると、ここまで真中を招き入れた司書役と思しき存在は、姿を消していた。
書庫自体はそれほど広くなく、通路は数十秒も歩けば奥に突き当たるくらいで、左右に書物が収納された本棚があり、天井は低めに設計されている。
色々と気になることがあった真中だが、まずは目的を果たそうと目当ての書物を探し始める。そして、一冊の書物を手に取り、三十分ほどそれを読んだ後、無言でその場を後にする。
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