第16話
◆
「ごめんくださーい」
ん、勝手口で声がする。誰だぁ。
「はいはーい、お待ちください、ってハンゾーじゃない。どーしたの。今日店休みだよ」
「はい、わかってます。アルミさん。今日は予定ありますか」
「ん、なくはないけど。なんで」
「いえ、こないだの味噌汁がとてもおいしかったので、そのお礼がどうしても言いたくて。でも、平日だとアルミさんは学校じゃあないですか。とても失礼だとは思ったんですが、思い切ってうかがいました。いやあ、この間も、その前のもぼくにとっては未体験ゾーンでした。こないだのあれ、あれって何ですか」
「え、何ってなにが」
「先日、取材でお邪魔した時にいただいた味噌汁の具のことですよ」
「あー、あれね。あれは、聞かない方がいいと思うなぁ」
「え? 何でですか。だって、こないだの具って言ったら、歯ごたえが独特で、のど越しが良くて、それ自体には味の主張がないのに、味噌汁との調和が良くて」
「さっすが、雑誌編集者。表現の仕方が、ひと味違うねェ」
「はぐらかさないでください。あれって、何なんですか。ご主人に聞いても、金山さんに聞いても『さあなぁ』としか言ってくれなくて『ま、美味いからいいんじゃねえの』ってはぐらかすような物言いだったから、最初は知っててからかわれてんのかと思ったんですよ。でも、本当に知らないみたいで、あんまり聞いてたら、最後には『しつこいぞ』って怒られたんですから。もう、それからは、気になって気になって夜も寝られなくて、思い出したら居ても立ってもいられなくて。でもアルミさんは学校だし、今日のこの日をどれほどの思いで待ったことか」
「なんだ、ハンゾーって、おまぬけなんだね。そんなの、電話だってぜんぜんいいじゃん」
「いいえ、大事なことは、電話じゃダメ、なんです。きっちりと目を見て話さないと」
「ふーん。これって、そんなに大事なこと? 味噌汁の具、が?」
「いえ、ぼくにとったら、最重要優先事項です」
「ハンゾーさあ、『ちよだ出版』ていったら有名だから、たぶん四大出だよね。こんな市井の女子高生に、そんなに卑屈な態度で、どーすんのさ」
「いえ、卑屈だ、なんて思いませんョ。分からないことは、素直に分からないと言って、ちゃんと教えを請う。これは、ぼくが初めて編集の仕事に携わったときに、先輩社員から教えられました。ぼく自身も、以来ずっと大切に考えていることです」
「へー、そんなんだぁ、ふーん。どう、しよっかなぁ」
「教えてください。お願いします」
「でも、さあ。なんで、こんな朝なワケェ。別にいつでもいいじゃん」
「いや、それは、ですね。あわよくば、また、あの味噌汁を作ってもらえないか、とですね、思いまして」
「アッハッ。正直でよろしい。でも、今日はムリです」
「え、どうしてですか」
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