第14話

「え、何それ。どーゆーこと」

 そんなこと訊いて、こっちがビックリだ。そりゃ、なんだ。

「ぼく、三重県の四日市の出身だって、言ったの覚えてないですかねェ。ぼくの住んでた四日市はそれほどでもないんですけど。県庁所在地の津市辺りは、『服部さん』だらけです。まあ、そりゃ言いすぎですけど、本当に多いんですよ。三重県っていうと、ご存じじゃないかもしれませんが、伊賀の里があるんですよ。そのせいで、服部さんが多いって聞いています。全部が全部、忍者の末裔じゃあないんでしょうが、ウチの家系はそうらしくて、傍系の傍系らしいんですが。父親が歴史好きだったこともあって服部半蔵と幕末の土佐の志士『武智半平太』をもじって、ぼくを『半平』と名付けたんだ、と言われてたんですよ。いやぁ、奇遇にも程がありますよね。ふうん、半蔵門て、その半蔵なんですね」

 なんじゃ、そりゃ、ってかんじだけど。まあ、気に入ってくれたようだから(だよ、ね)よかったかな。これで、本当に安心して学校に行ける。げっ、もう時間ないじゃん、もー。

「じーちゃん、ゴメン。こんなことしてたら、時間なくなっちゃったから、てきとーに朝ごはん食べといてね。ごめんね、ぜんぶ用意はしてるから。わたしの分は、みんなで分けて食べちゃっていいからさ。じゃあ、わたしは学校行くから」

「おう、悪りィな、段取り悪くてよ。ちゃんと購買部でいいから、朝めし買って食えよ。慌てて新宿通りで車に轢かれんじゃねえぞ」

「はーい。で、トーシローッ! 服部さん、じゃないハンゾーいじめんじゃないわよ」

「大丈夫だって。俺に任せとけって。それよりホンっとに新宿通りは気をつけろ」

「トーシローのそれが一番怖いんだけど。よろしくね。ホントーに変なことしないでね」

 後ろ髪をそーとー引かれる思いで、マイ自転車『チャーリー三世』に飛び乗って学校を目指す。目指すったって、新宿通りを渡れば坂降りてスグ、なんだけど、二人はそのスグの距離も心配でしょうがないらしい。とくに今日みたいに慌ててる時はなおさらだ。

 それというのも、わたしの両親がその新宿通りで交通事故で死んじゃったから、なのだから、今でも変わらない二人の気持ちはすごくありがたいし、うれしい、でもとても重い。

 もう、かあさんもとーさんも死んじゃってるんだし、わたしもそこで死ぬわけじゃあないんだし、いちいち言うのはここら辺で終わりにしてほしい。でも二人の気持ちを思うと、あんまり強くも言えなくて、でも言われる度にわたしの心が震えるのも確かなので、もう解放してほしい。ごめん、じーちゃん。ごめん、トーシロー。

 

 わたしのかあさんもとーさんも、大学でも教えてはいたけど、ある分野では名の通った権威ともいえる研究者で、めずらしく二人揃ってアメリカに研究発表に行くことになったのがすべてのはじまり。

 そのときの渡航は発表だけじゃなくて、視察的なものも兼ねていて、二人でアメリカの各地を点々と巡るひと月ぐらいの長期的なもので、十歳だったわたしはじーちゃんのウチ(つまり、今住んでるトコだね)で二人の帰りを待つことになったんだ。それまでは親子三人で三番町にあるマンションに住んでたから。  

 それで、行きも帰りも荷物が多いからと、成田までは車で行くことにしたのが、結局のところ最悪の結果を招くことになったんだと思う。 

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