第7話

 企画書の一ページ目には主旨とともに取材の候補店リストが書いてあった。チラと見る。

 人形町の『うぶけや』室町の『木屋』大伝馬町の『江戸屋』蛎殻町の『永楽屋』。それからウチ、だ。

 服部半平が一気に説明を始める。

「ぼくは三重県の四日市の出身なんです。だから、大げさな言い方をすると、ずっと東京という大都会を外側から見ていたということです。そんな人間からすると、東京っていうのはただひたすらコンクリートに囲まれている冷たい街、という印象しかなかったんです。ぼくが四日市出身っていうと大概の人からは臨海工業地帯で公害がすごいんでしょうっていわれてしまうんですけど、それと同じかもしれません。

 ところが、大学に通うんで東京に実際住んでみると、ものすごく由緒があって丸みがあって、人間臭くて温かいことがわかったんです。よく考えたら、人が住んでるんですから当然のことなのに、そんなことは思ってもみなかった。だから、自分と同じ印象しか抱いていない他の人たちにも、東京の違う一面を知ってほしい、という企画です。

 東京に住んでさえいれば、いずれは知ることですけど、僕にいわせてもらえれば、それじゃあダメなんです。もっともっと早く知って欲しい。そのために人のぬくもりが伝わってなおかつ東京らしさが伝わるということで、この企画を立てたんです。

 はっきり言って地方じゃ成り立たないかもしれない、失礼ながらこじんまりとしたご商売をなさっていると思います。人の集積地だからこそ成り立つ、とも思うんで、そういったところからも東京らしさっていうのが表現できたらって、思っています」

「でもさ、聞くけどさ。なんで、ウチなんだい。もっとほかにもあったろうに」

「はい、そこなんです」

 わが意を得たり、という顔をして服部半平が答える。

「じつは、この企画のたたき台が承認されてから調べると、リストアップしたお店の多くはかなりの有名店でした。まあ、僕が知ってるくらいなので当然といえば当然なんですが。

 今まで、いろいろなメディアに取り上げられいて、いくつもの記事が存在してました。そうなると、どんなに光の当て方を変えても記事の新鮮味は落ちてしまうと考えました。ですから失礼を承知で申し上げると『荒井屋』さんは僕の隠し玉なんです。知ってる限りでは、今までほとんどメディアで取り上げられたことがない。だから、僕の腕の真価が発揮できるところだと考えたんです。ですから、なんとしても取材をさせてください」

「隠し玉、ねえ」

 じーちゃんがつぶやく。

「正直、この企画。上司はそのあたりが完全にわかっているのだと思います。ぼくの記事を読んで今までにあった記事の二番煎じや焼き直しにしか感じなかったら、絶対にNGを出されます。それで編集者への道が完全に絶たれるわけではないんですが、おおきなロスタイムになることは避けられない事実です。ぼくは、やはりそれを全力で回避したい」

 もう冷め切った焙じ茶の湯のみが御膳の上を転げるくらい彼のこぶしには力が籠っていた。

「まあ、そう熱くならんでもいいさ。わかったよ。じゃあ、やれるだけやってみなさいな。その、アンタの力量とやらをあたしも見せてもらおうか」

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