第6話

「わたくし、こういう者です」

 午後になって、予定の時間よりも少し遅れて外から戻ったじーちゃんに差し出した名刺には出版社の名前が書いてあった。

「株式会社 ちよだ出版 出版企画部 第一編集室 服部半平」

 じーちゃんが、メガネをずらして差し出された名刺を眺める。

「いや、あんたがどこの誰かはわかったけど、なんだってあんたみたいな本屋さんがウチみたいな荒物屋にどんな用事があんだい」

「あ、はい。それはですね」

 じーちゃんにそう突っ込まれると慌てたように社名入りの茶封筒からなんだか書類を出してきた。

 表紙に「温故知新 東京再発見(仮)」と書いてある。

 出しながら「これは、僕の試金石なんです」と、彼は意味不明なことを言った。

「んー、どういうことなのか、わからんね」

 というじーちゃんは、至極まともである。

「あ、っと。えっと、ですね・・・」

 舌をかみながら、スーツ男はおずおずと話し始めた。


 まあ、かいつまんで言うと、こうだ。

 服部半平は去年に入社した出版社の新人編集者らしい。入社以来、いろいろと社内各部署で実地研修なるものをこなしてきた彼は、入社半年目にして晴れて第一編集室という部署に配属になったんだそうだ。そこでまた、雑誌作りのイロハを叩き込まれてさらに半年、艱難辛苦(彼の言葉を借りると、そうらしい)を乗り越えてやってきたのが、一人前の編集者になれるかの最終テスト。企画を立ててすべて自分でこなして4ページの記事にまとめる、ということらしい。それで出来がよければ、それはそのまま記事になる場合もあるし、出来が最悪であれば配置転換もあり。ということなのだそうだ。


「で、なにかい、あんたの企画って言うのが、これなんだね」

 じーちゃんは鼻めがねをおでこの上に跳ね上げて、机の上に置かれていたホチキス留めされた書類の束を手に取った。

「はい! ぜひともお願いします」

 あまりに勢いをつけて座ったままお辞儀するものだから、おでこがお膳に当たって音ががした。でもって、何をお願いするのかがわからない。はなしの主旨ってもんがスコッと抜け落ちちゃってるのが、高校生のわたしにも分かる。少し、おまぬけなのかもね。


「で、何をお願いされたらいいのかな」

 と、じーちゃんは企画書をめくった。

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