第5話

 彼は額の汗をハンカチで拭いながら喋りはじめた。うわ、この季節になんて汗だ。

「いやあ、この少し辺り分かりにくいですねえ」

 少し身構えていたところに、なんだかふわっとした物言いで調子が狂う。

「え、は? そう、ですか」

 少し間の抜けた、すっごい平凡な答えになっちゃった。

「いやあ、こっちかなと思って進んでいくと、なんか行き止まりになっちゃって」 

「あぁ、ここいらは袋小路多いからですねえ。小っちゃい頃はまだ抜けられたところも、マンション出来て塞がっちゃったところもあるから。それで、何かご用ですか」

「あ、いやあ。ご主人はおいでですか」

「ご主人? ああ、じー、いえソフのことですね。今、出てるんですけど」

 もう少しでボロが出るとこだった。やばいやばい。

「いやあ、そうですか。じゃあ待たせてもらってもいいですか」

「祖父に何のご用でしょうか。ここの土地は売らないって言ってますけど」

 最初は言い慣れなかったので、声がそっくり返っちゃったけど、今度は「祖父」と漢字で言えたと思う。でも、まだ得体が知れない。何者だ、こいつ。まったく。

「え? あぁ、違いますよ。不動産屋じゃないですよ。ぼくは出版社から来ました」

「はぁ? そうなんですか・・・・・・。じゃあ、なんの用事なんですか」

 しゅっぱんしゃぁ? なんだぁ。なんだか、余計に得体が知れないぞ。

「いやあ、どう言ったらいいのかなあ。実はお願いがあって、お邪魔したんですが」

「祖父は、お得意先回りをしてるので留守にしてますから、帰ってくるのは午後になると思います。それまでお待ちになりますか」

「あ、そうですか」

 彼が腕時計を見ながらいった。

「じゃあ、申し訳ないんですけど、ちょっとどうしても今日回らなきゃいけないところがあって、そっちを先に済ましてきちゃいます。そうしたら、あとは予定が空きますから。また、午後伺います」

「そう、してもらえますか。祖父には、そのように伝えておきますから」

「恐れ入ります。よろしくお願いします。では、失礼します」

 といって、出版社から来たというスーツ男は帰っていった。ふう、やれやれ、だ。

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