オープニング

 斜陽の差し込まない暗い世界。瞬く星が無くなった夜空に放り込まれたかのような印象。

 立っているのか、浮いているのかすら曖昧な場所。

 どこまでも長く続いている限りの無い世界は、圧迫されそうなほどに狭く感じる。

 目を覚ますと、意識はそこに在った。

 その閉じられた世界に亀裂を生むかの如く、一筋の光が差し込み、人の形を象ったものに形成される。


「来たんだ。こっち側に――」


 名乗ることもなく、その人物はそう言った。

 声はこの無味乾燥した世界に反響し、どこまでも響いていく。


「……こっち側? 何? なんのこと」


 意味不明。

 光だけの姿だし、目がどの辺にあるのか分からないけど。ただ、こちらを見ているような気がする。視線……? ぽい気配を感じる。

 えーと……。何か会話を続けないと場が持たないなと思うけど、どう切り返せばいいか分からない。

 私が言葉を探していると光が反応する。


「まだ気付いていないんだね。でも、それでもいいよ。

だったら、あなたが何を思ってあなた自身の世界にやって来るのか。ここで楽しみに待たせてもらうよ」

「? あ……はい? ――じゃなくて、何? 何なの? どういうことなの?」

 あぶない。あぶない。あまりにも飛躍しすぎてて、つい流されてしまいそうだった。


 私が呆気に取られていると、世界が闇に包まれ、光を塗り固める。


「あ、ちょっと勝手に消えないでよ……というか出会ってすぐにそんな不吉なことを言われるなんて」


 閉ざされた世界に途方に暮れてしまう。

 光が消え失せ、再び暗闇になっていって心細くなっていく。

 あんなわけの分からない存在でも、気持ち的にはいくらか余裕が出来ていたことに気づく。


 ――その時、霧が晴れるかの如く世界が割れた。


 暗い路地裏に二つの白い霧の塊が見えた。私はそれを上空から俯瞰していた。


「あれ、私浮いてる?」


 や、ヤバい落ちる。どこかにしがみつかないと。なのに辺り一面はなにもない。絶望的だ。迫り来る死を直感し、無事に落下できますように神頼みをして目をしばらく瞑っていたが、一向に落ちていく気配が感じられない。瞼を開けると先程の俯瞰していた場所から世界は変わっていなかった……ものすごい取り乱してしまった。恥ずかしい。

 上空からの俯瞰映像だと気づき、パニックになってしまって、今頃顔が赤くなっているはずだ。


「言っておくけど高所恐怖症ってわけじゃないからね」

 周りには誰もいないが、さっきの人物がどこかで観ているんじゃないかと思い、ついそう言ってしまった。

 さてと、気を取り直し映像を眺める。よく見れば白い霧の塊は人の形をしていることに気づく。

 しかし映像は突然に切り替わり、私は暗い路地裏の中にいた。目の前には先ほど上空から見えた人形の白い霧が横たわっていた。


「急に変わらないでよ、びっくりするなあ」


 とりあえず白い霧に近付こうとするが、水面に足を浸けたかのような感触がして、不意に足の動きが止まった。

 暗くて分かりにくいけど、二人の白い霧から血が流れている。壁一面にも赤い塗料の入ったバケツをぶちまけたかのように血が飛び散っていた。現場の凄惨さに、不意に込み上げてくる吐瀉物を必死に耐えた。


「誰がこんなことを。そもそも倒れているこの二人は誰なんだろう?」


 暗い路地裏ということもあってか、急に寒気と恐怖が押し寄せてきた。正直に言ってかなり怖い。

 鉄の匂いと二つの死体にそれを彩る暗黒の世界。唯一の救いはあまりの暗さに目が周りの風景を鮮明に写し出さないことだけだ。それ故にその場から一歩も動けず、立ち往生していた私に追い打ちをかけるように、後ろから足音が聞こえてきた。

 一定のタイミングで鳴り続けていた音は私のすぐ後ろで止まり、崩れ去る音とともに泣き声が聞こえてきた。

 私は鼓動の止まらない心の蔵を身体で感じ取りながらも、恐る恐る後方に目を遣る。その瞬間私は、目を疑った。

 怖くて声が出なかったわけじゃない、ただ驚いただけ。だって後ろにいた人物は私自身だったのだから。


「……が、いる」


 あまりの驚きにかすれた声がでてしまい、思わず口元を手で押さえる仕草を取る。しかし、私の声に反応した様子はなく、もう一人のわたしは白い霧に対してひたすらに泣き続けている。

 果たしてこの白い霧に包まれた人物は私に関係のある人物なのだろうか。もしそうなら、きっとこの二人は大事な人なのだろう。だから泣いているんだ、わたしは。

 そう考えると、途端にこの二人の正体を知るのがすごく怖くなった。知ってしまうときっと元には戻れなくなる、そんな恐怖に駆られた。

 気持ちが暗くなっていくなか、一発の銃声が路地裏に響き渡った。一発の銃弾は泣いているわたしの方の心臓を貫いていた。


「……え、何?! これってどういうことなの。どうして、わたしが撃たれたの」


 映画……じゃないよね。

 私は、わたしの返り血を浴びたことによって、すぐさまそうじゃないと決めつける。

 頭が真っ白になっていき、思考が止まる。だって仕方ないじゃない、わたしがたった今、殺されたんだから。

 いつもの陽気な状態ではいられなかった。何もかもが非現実で、こんなことが現実に起きるはずがない。たった今起きた悲劇を否定し何も考えないようにする。

 同時に私の意識もなくなっていき、やがて意識は完全に無くなった。

 そして、本来のの意識が覚醒した。

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