第101話

 私たちはいま、組織のリーダー久遠の号令によって、大きな広間へと連れられていた。


「急な呼びかけにも関わらず、みなよく集まってくれました」


 集められたのは私、茜ちゃん、蘭、纏、覇人、緋真さん、白亜、父さん。そして、初めて対面する誰か。――誰?!


「まだ名乗っていなかったな。ワイは|導きの守護者(ゲニウス)第五番。柱玄蔵(はしらげんぞう)だ。よろしく頼むぞ」


 風貌だけで圧倒されそうな大きい体格をし、そこそこ年取っていそうな男性が名乗ってくれる。これで毛深かったらまるで熊みたいに見えそう。


「熊みてえなオッサンだから、すぐに覚えられそうだろ」


 私が思った感想そのものを覇人が口にした。


「おっさん……て相変わらずひどい奴だな、お前は。これでもワイはまだ30だ」


 え?! 嘘!……じゃなくて、あやうく本音が漏れそうだったけど、かろうじて抑え込む。さすがに初対面相手に失礼なことを言うほど、礼儀知らずではない私。


「見た目と違って、中身はかなりいい人だから怖がらなくてもいいのよ」

「おおそうだ、何かあれば遠慮なく頼ってくれて構わないぞ」


 確かに何でも受け止めてくれそうな、どっしりと構えているような感じがする。緋真さんとは違う意味で頼れそうだ。


「えーっと……それじゃあ、まあその時は頼らせてもらうね」

「彼は守護者内でも最古参の方。学ぶべきところも多いでしょう」


 如何にも年季が入ってそうだから、なんだかしっくりきてしまう。


「そうね。隠しているつもりなのか知らないけど、とんでもなく“強い”ことぐらいは、はっきりと伝わって来るわ」

「ほう……分かるのかい」

「これでも色々な魔法使いを相手にしてきたのよ。中でも、あんたは別格のように思えるわ。それこそ、A級クラスの戦闘員と同格かそれ以上ぐらいに」


 蘭の指摘に何故か横で緋真さんが誇らしげにしている。ということは、その通りなんだね。


「そっちのお姉ちゃんは中々に鋭い洞察力を持っていそうだ」


 強そうって言われれば、第一印象的には確かにその通りだ。見るからに鍛え抜かれた体格がそれを物語っている。だけど、それはあくまでも見かけだけ、蘭が言いたいのはその更に奥の魔法使いとしての本質的な部分なんだろう。

 長年魔法使いと対峙して実践経験も豊富な蘭だからこそ見抜いたんだね。さすがというべきの観察眼で感心してしまう。


「ちょっと。玄蔵、あなたねえ、私の妹に色目を使うつもりなら、まずは私を倒すことよ!」

「落ち着け。俺はちっちゃい女の子に手を出す気なんかないわ。もっと色っぽい姉ちゃんでないとな」


 あ、いま微かに緋真さんがいらっとしたような。


「私の蘭が可愛くないって言いたい訳ね。あなたはどこに目を付けているというの?!」

「誰もそんなことは言っとらん。まったく、目にかけている者への愛着はいいが、少々度が過ぎていると思わんか? なあ」

「げ! 俺に振るなよ。なあ?」

「だからって、どうして俺に回すんだ」


 柱さんから覇人へバトンが回り、そうして纏へと送られる。非常に迷惑そうな二人。


「覇人。あなたも同じことを思っていたのね」

「……ノーコメントで」


 なんだろうこの感じ。組織の主力が全員集結しているというのに、やけにアットホーム感があって、裏社会で恐れられている噂の秘密犯罪組織のイメージが崩れ去りそうなんだけど。


「それと、お姉ちゃんが源十郎の娘だな」

「うん、そうだけど」

「母親に似て成長したようだ。どことなく面影を感じさせてくれるわ」


 それは、わりとよく言われることだった。正直、父さん似と言われるよりも全然嬉しいから悪い気は全くしない。


「柱さんって、母さんのことを知ってるの? 確か、母さんってここの一員じゃなかったんじゃなかったっけ」

「メンバーでなくとも、源十郎の嫁だからな。普通に出入りしとったぞ」


 部外者の立ち入りが許可されてるなんて、もう秘密犯罪組織なんて言えないような。何というか、思っていた以上に自由すぎる組織だ。


「それにお姉ちゃんのことは赤ん坊の頃から見てきてる」

「――え?」


 何それ。私が赤ちゃんだったころ? 両親からは物心が付く前までは、この二十九区に住んでいたとは聞いていたけど。


「なにせお姉ちゃんは――」

「玄蔵――先にこちらの用事は済まさせてくれないか」

「ん? そうだな。昔話はまたゆっくりと時間が取れた時に回そうか」


 私の知らないこと。ちょっとだけ気になるけど。ま、今はいっか。

 どうやら緊急の話しがあるらしくて、呼び出されたみたいだし、そっちの方が優先だよね。


「時間が惜しい。源十郎。さっさと始めてくれ」


 白亜が急かすように言い、久遠が先を進めるように視線で父さんに合図を送る。


「では、本題に入らせてもらう。今回、研究に大幅な進展があったので、その報告とこれからの方針についてだ」


 いきなりだけど、私に付いて行けそうにない話題が出て来た。というか、そもそも父さんの研究って……内容まったく知らないんだけど。


「ねえ……今まで私、聞いたことがなかったけど、父さんって何の研究してたの?」


 断片的に死者を扱った研究とは教えられたことはあった。でも、具体的な内容は聞いていない。


「そういえば、まだ何も話していなかったな。僕は、魔具についての研究を行っていた」

「へぇー、そういうことなのね。道理で魔具に詳しいわけだわ」


 長い間、アンチマジックに所属していた蘭ですら把握していなかった魔具の秘密。

 大体の人たちは、魔力が込められた兵器という認識。だけど、私たちはあの研究所を見てしまった。

 魔法使いの収監施設でもあり、魔具の生産を行っているという。あのおぞましい施設。


「原理は話した通りだが、ついに魔具の生産方法が判明した」

「マジかよ。これでちったぁ楽できるようになりゃいいんだけどな」

「奴らの持つ兵器。さて、どういう過程であんな物が作られているのか、聞かせてもらうぞ」


 みんな、興味津々といった様子。正直、私には魔具の生産だとか、原理だとか小難しい話しはどうでもいいのだけど、空気を読んで期待に満ちた目を向けておく。はい! 私。興味あります。早く教えてください! そんな見栄っ張りな雰囲気を出す。うんうんと適当に頷いていこう。


「残念なことだが、僕が最初に予想していた要素が使われていた。あの研究所に囚われたことで、ようやく全貌が掴めたんだ」

「てことは、奴ら……本当にそんなことをしてやがったのか」


 珍しく、怒りを見せる覇人。


「何か、良くない事実なのか?」

「あたしたちは今、初めて聞いたことだから、ちゃんと説明して欲しいわね」


 蘭もこう言っていることだし、納得をさせてもらわないと。


「研究所と言われますと、どうしてもあの光景を思い出しますね」

「血の臭いと囚われた魔法使い。まるで拷問施設かのような、ロクでもなさそうな場所だったな。とても兵器の生産施設とは思えなかった」


 うげ、思い出したくもないことを。


「いい着眼点だ。だが、紛れもなくあそこでは、魔具が作られていた。――魔法使いを材料にしてな」


 魔法使い? それって私たちのこと? それじゃあ、魔具の正体が魔法使いってこと? よく分からない。だから小難しい話しは嫌いなのに。


「人から武器を造りだすなんて……そんなことあり得るとでも言うのかしら?」

「正確には、魔力だ。つまり、魔法使いの血液が必要となってくる」


 血液には魔力が宿っている。だから、怪我などをして血を流してしまうと魔力が漏れてしまうことになる。その血を採取してるってことなんだろう。


「あ、なーるほど。だから、魔具には魔力が宿っているんだね」

「魔法使いに対抗するには、同じく魔法使いの力がいる。なにせ、連中は魔力を持たないからな。戦う術を模索した結果なのだろう」


 そっか。それであの有様だったんだ。そういえば、父さんや緋真さんも随分と血を抜かれていたし、私たちが駆けつけるのが遅かったら、魔具にされてしまっていたのかもしれないんだ。そう思うと、なんだか無性に怖くなってきた。


「でも、それってようするに人体実験ってことだよね」

「そんな……そんなことって……それじゃあ、魔法使いよりも、アンチマジックの方がよっぽど悪じゃないですか。どうして、私たちがこんな目にあって、あの人たちは平然としていられるんですか」


 崩れた屋根の下敷きになって、焼死した茜ちゃんのお母さん。その姿をただ見ているだけで、助けられなかった自分の無力さに為すすべもなく、落ち込んだ茜ちゃん。

 自分の無力さを呪い、責め立て、その果てに辿り着いたのが魔法使い。

 優しさから自分を追い詰めてしまった結果だ。

 他人からしたら、仕方がなかったと。そう言ってしまえばおしまいなんだけど、茜ちゃん自身ではそうは思えなかった。

 アンチマジックが行っていることと茜ちゃんの境遇。比べれば、どちらの方が魔法使いに相応しいかなんて考える間でもないこと。

 もちろん、卑劣極まる残虐な魔法使いも中にはいるだろうし、そういうのと比べるとどっちもどっちな気もするけど、茜ちゃんとだとスケールが大分違う。


「処罰しなければならない者に向けての兵器だ。そこにあるのは、正しい行いをしているという自覚。例え、人体実験などに手を染めていたとしてもだ」

「物事の捉え方次第で、世の中は違って見えるものだろうからな」


 白亜の言い分は確かにそうなんだろうと。一理あるなと感じた。

 でも、それでも。理不尽さのような気持ちは消えそうにない。


「俺のコイツも誰かの犠牲の上に造られたものなのか」


 腰にぶら下がっている纏の魔具――|“散りゆく輝石の剣”(クラウ・ソラス)。

 凄まじい力を持つそれも、実は魔法使いから造られていた。そして、それでまた違う魔法使いを倒してきた。


「すまない。謝って許されるとは思っていないが、俺はコイツで何人もの魔法使いを――」

「人の世とは、誰かの犠牲なしには成り立たないもの。そう気に病むものでもあるまい」


 自分のやってきたことに深く落ち込む纏にフォローを加える白亜。よし、私もその流れに乗ろう!


「そうそう。第一、蘭なんて纏以上に色々やってきてるしね」

「あんたも数に入れてやってもいいのよ」

「ちょ――! こわっ! 魔眼禁止!」


 睨み殺してきそうなほどに鋭い目力。魔眼特有の模様や瞳の色が変化していることで凄みが何倍もあるんだよね。ほんと、魔法を脅し道具にするのは止めましょう。ダメ! 絶対!

 というか、緋真さんはどうして微笑まし気にしているの! 蘭の制御はどう考えても緋真さんが一番うってつけなのにぃ!


「魔法使いでない君がこの世界で生き抜くには魔具は必須だ。だが、扱いには十分に気を付けることだ。先日のように飲み込まれる危険性も兼ねていることを忘れるな」

「分かってます」


 唯一、この場で何のことか分かっていない柱さんは首を傾げる。そっちには、後々説明をするからということで一旦、流される。


「何はともあれ、今まで奴らに捕えられていた同胞たちは、全員その魔具に変えられていたようだな」

「覇人の活動も無駄に終わらなかったことがせめてもの救いか」


 “回収屋”として計三か所の研究所を襲い、魔法使いを解放させた覇人。こういう気分の悪くなるような話しを聞いた後だと、胸がスッと楽になるような感じがする。よくやった! 覇人。


「でも、嫌な話だわ。こちらの犠牲がアンチマジックの戦力になるだなんて……ああ、もし私があのまま魔具にされてしまって、蘭や彩葉ちゃんたちを傷物にさせるようなことになるかと思うと、ゾッとするわ」

「そうね。あたし、いま初めて魔法使いになって良かったと思ってるわ」

「緋真さんを利用して、私たちと争わせようとするのはさすがに酷いもんね」


 外道、極まれり。もう正義とか悪とか関係なく、人としてどうかって問題だよ。


「緋真の心配ばかりで、彩葉は僕のことを気に掛けてくれているのだろうか」

「え? ああ……うん。もちろん、心配だったよ。だから、父さんを一番最初に助けたんだから」

「……そうか」


 成行きだけど、言わないでおこう。だって、嬉しそうにしてるし。

 そんな父さんの照れを覇人が茶化しているけど、まったく気にしていない様子。むしろ、自慢げに父想いの娘だとか語っている。やだ、側で聞いてて恥ずかしくなってくるから今すぐ止めて欲しい。


「当面は犠牲者を減らすべく、無理な争い事は避けるようにしなさい。これは、組織全体の優先事項です」

「了解した。下の者へもそう伝えておこう」


 これでも、私たちも幾度もの戦いを潜り抜けて来た。そして、ことごとく生き残ってきた。まずはこの経験を活かして、自分たちの身ぐらいは守らないと。


「そういうことならば、ワイもそろそろ持ち場を戻らせてもらおうか。あっちの状況もあまり良くないもんでね」

「手古摺っているのか」

「どうやらワイの戦線とは別に、連中は別ルートからも来ているようでな。そっちの方に手が回らん状況になっとる」

「緋真らを追ってきた方とは違うルート。なるほど、彼女らの方か」


 そこで、白亜が私たちに目を向けてくる。はて、なんだろう。


「彩葉ちゃんたちを追ってたアンチマジックの連中よ。別行動していたのだから、当然それぞれの方から追ってくるわよね」


 あー、そういう話し。完全に振り切ったのだと思ったけど、まだ諦めていなかったんだ。


「でも、態勢を立て直しているんじゃなかったんですか?」

「現在は、水蓮月と神威殊羅の二名が留まっています。ここしばらくの間であちらもある程度は持ち直しているのでしょう」

「それってヤバいんじゃないの? だって、こっちはまだ父さんと緋真さんの傷が治っていないんでしょ」


 結構な重傷だったから、完治までにはまだまだ時間はかかりそうだけど。


「心配ご無用よ。茜ちゃんのおかげでほとんど全回復してるわ」


 強がってなさそうだし、顔色も良し。体力的にも問題なさそうに見えるし、目に見えていた傷なんかも塞がっている。


「え? 茜ちゃん。もうそこまで力を使いこなせるようになったの?」

「まだだいぶ時間はかかりますけど。それでも以前よりは上達しました!」


 はー……凄いね。成長が早いなあ。ここで変に対抗心燃やすのはおかしいけど、茜ちゃんが一番魔法使いとして成長してしまってるみたい。そんな茜ちゃんを何故か緋真さんが自慢げにしている。その役割は私なんだけどなぁ。


「あ、そうだわ。ところで、彩葉ちゃんたちはどこからここに辿り着いたの? 玄蔵が動けないのなら、私たちの誰かが向かうべきだと思うわよ? マスター」

「いえ、その必要はありません。すでに手は打ってあります」

「あら? そうだったの?」

「先日、紗綾と汐音を向かわせました。彼女たちならば、直に片付くでしょう」


 そういえば紗綾ちゃん、今日は子猫とじゃれ合っていなかった。せっかく仲良くなれそうだから、会いに行ったのに。けど、そういう事情なら仕方ないか。代わりに私が世話をしておこうかな?


「ふむ。なら、ワイは自分とこに集中させてもらおうか。なにせ、緋真らを追ってきただけあって、厄介なことに練度の高い戦闘員が数名潜んでいてな」


 私たちと緋真さんたちとでは、戦力も規模もまるで違っていたらしいし、やっぱり一人だと苦戦してしまうんだろう。


「一人で苦しいでしょうが、玄蔵に委ねることこそが現状の最善手です」

「……マスターの意向ならば、立派に役目を果たさないと、古株としてのメンツが立たないってもんだ。外敵を全て退けて戻ってくることを誓おう」

「期待していますよ」


 私よりも五つか六つぐらいしか年の差が離れてなさそうな若い女性なのに、絶大的な信頼を置かれている久遠という人物に安心感を覚えていた。

 側に控えている白亜もそうだし。蘭曰く、かなりの実力を兼ねている柱さんなどの魔法使いが従順になっている。父さんや緋真さんだって、並外れた魔法使いだし、もちろん覇人だってそう。

 みんな誰一人文句を言わず、如月久遠という魔法使いの下に付き従っている。

 だから、なんだろうか。この奇妙な安心感を覚えてしまうのは。

 それは、久遠の立ち振る舞いがそうさせているのかも知らないし、分からない。


「彩葉さんたちはこの場に残っていてください。あなたがたにやってもらいたいことがあります」


 だけど、一つだけは分かる。

 久遠に付いていけば、間違いないってこと。

 きっと私の進むべき道はここにある。

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