第100話

 暇だ。

 あれから数日経ったものの、私たちは特にすることもなく、ただ気長に日々を教団内で過ごしていた。

 緋真さんと父さんとの怪我が完治するまで、組織の方針としては活動を控えることになっていたからだ。

 取りあえず、室内に籠っていても誰もいないし、そもそもやることもない。気晴らしに散歩でもしようかな。

 まだ、教団内のメンバーとも打ち解けられていない魔法使いもいるし、そうしよう。


「あれ? 彩葉ちゃん?」


 部屋を出て戸締りをしたところ、茜ちゃんが通りかかった。


「どこか行くんですか?」

「みんなと交流をしようと思って。ほら、まだあまり知らない人もいるし」

「彩葉ちゃんなら、すぐに誰とでも打ち解けあえそうですよね」

「そうかな」


 あまり自覚したことはないけど、長年連れ添ってきた茜ちゃんのお墨付きならそうなのかな。


「それはそうと、もう終わったの? 看護体験」

「いえ、これからですよ」


 組織が消極的な動きになってしまっている間、職場体験と称して私と茜ちゃんと蘭は看護師をやってみた。結果、私と蘭はに合わなかったみたいで一日で諦めてしまった。

 ただ、茜ちゃんだけは自分自身の魔法のこともあってか、熱心に励んでいて、そのまま看護師をやり続けている。


「ナース姿の茜ちゃんも結構似合ってるよね」

「ありがとう。でも、彩葉ちゃんも似合っていたのにもったいないですよ」

「んー……普段じゃ絶対に着ることがないから新鮮だったけど、アレを着こなすのは私にはちょっとハードルが高いかな」


 ナース服とかドレスとか。憧れのようなものはあるのだけど、一度着たらもういいやって思えてしまったんだよね。物欲とかそういう感覚に似てるかも。手に入ればそれで満足してしまう感覚。


「緋真さんも褒めてくれていましたのに」

「何着ても褒めてくれそうだけどね……」

「そうかもしれませんね。――あ、私。そろそろ急がないと」


 慌てた風に部屋の鍵を取り出す茜ちゃん。そういえば、私が部屋を出るちょっと前に出掛けた茜ちゃんは何しに戻ってきたんだろう。


「忘れ物でもしたの?」

「ナースキャップを忘れてしまいまして」


 ああ、そういや被ってないね。


「そっか。それじゃ、私はその辺ブラブラしてるね。お仕事頑張って」

「はい」


 さて、出だしに戻ったわけだけど、どうしようかな。

 組織のメンバーには、茜ちゃんと同じく昼間はキャパシティで護師とか医師とかやっている魔法使いも結構いて、随分と静かになっている。

 一応、キャパシティは白聖教団の表向きの姿で通っているわけだから、仕方ないのだけど。


「あれ? あそこにいるのは」


 ブラブラと当てもなく歩いていると、ざっと数えて十匹ぐらいの子猫に囲まれている紗綾ちゃんを見つけた。

 朝ごはんでも与えているみたいで、寄ってたかって紗綾ちゃんに群がっている状態だ。


「紗綾ちゃんが猫の世話をしてるの?」

「別に」


 ああ、そうなんだ。


「猫。好きなの?」

「別に」


 ああ、そうなんだ。……どうしよう。このあとどう続けたらいいんだろう。


「猫。可愛いね」


 これしか出て来なかった。


「……うん」


 お、いい反応。子猫を切っ掛けに紗綾ちゃんとの距離を縮められるかもしれないね。

 もうちょっと深く関わるために、しゃがみ込んで紗綾ちゃんがやっているように子猫を撫でてみる。

 やだ、なにこの子たち。可愛い……。毛並みがいいし、触り心地もいい。抱っこしたい。けど食事中はまずいだろうし、後でやってみよう。

 そのうちにお腹いっぱいになった子猫が、紗綾ちゃんの足元にすり寄っていった。その子猫の毛並みを紗綾ちゃんの指が撫でる。

 気持ちいいのか、満腹になったのか知らないけど、紗綾ちゃんの足元で寝る態勢を取っている。

 やだ、なにあの子。可愛い……。なにより、紗綾ちゃんとツーショットになっている姿が良い……!


「その子、かなり懐いているね」

「――シロ」

「え?」

「この子の名前」


 名前も付けてあげているんだ。やっぱり紗綾ちゃんがお世話係をやってるっぽいね。


「ちなみに名前の由来は?」

「毛が白いから」

「へ、へえ。良い名前だね」


 やっぱり、思った通りだった。何というか、見たまんまのネーミングセンスだ。


「他にも付けてある。あの子はクロ。ホワイト。ブラック。ブラウン――」

「あ、いや、いまはいいよ。一気に覚えられそうにないし、今日はシロだけ覚えとくよ」

「そう」


 ふー危うく十匹分一気に語られるところだった。というか、後半英語になってるだけじゃん。次会ったとき、どっちがシロでホワイトなのか分からなくなりそう。見分け方聞いとかないと。

 それにしても、子猫を撫でてる時でも表情一つ変わらないんだね。私なんてにやけてしまいそうなのに。

 でも、名前を付けてあげたり食事を与えてあげたりと、何かと可愛がっているように思える。紗綾ちゃんに懐いているのがその証拠だ。


「他には動物を飼ってないの?」

「うん。この子たちだけ」

「親とかいないの?」

「いない。私が拾って来たり、貰ってきたりしたから」


 捨て猫か。面倒見がいいんだね。それに、無表情で感情が出てこないけど、根はすごく良い子なんだと思う。


「猫ばっかり世話している辺り、本当は好きなんじゃないの」

「うん」

「あれ? さっきは別にとか言ってなかったっけ」

「言ってない。聞き間違えているだけ」


 おかしいな。確かに別に、て言ってたはずだけど。もしかして適当にあしらわれただけ? 単にめんどくさがってたりとか。

 いや、でも最初よりは受け答えしてくれるようになっているんだし、心を開いてくれているんだ。そう解釈しよう。


「なんでみんな捨てたり、誰かに譲ったりするの?」

「そりゃあ、複雑な事情とかがあるんじゃないかな」

「面倒が見れないなら、初めから飼わなきゃいいのに」


 それを言われると……上手い言葉が出て来なくなって言いよどんでしまう。


「世の中、色々な人がいるから仕方ないよ。家の事情とかでペットが飼えなくなったりとか、子供が増えすぎたから、誰かに面倒を見てもらおうとか思ったんじゃないかな」

「……」


 続きを促す様な沈黙を私に向けてくる。


「でも、こうして紗綾ちゃんみたいに引き取ってくれる人がいて、この子たちも幸せ者だよね」

「……」


 沈黙が続き、紗綾ちゃんは子猫を優しく撫でている。次第に他の子猫たちもやってきて、まるで母猫のようになっている。


「無責任。ペットも家族の一員のはずなのに、手放すなんておかしい」

「そう……かもしれないけど」

「何があっても、一緒にいてあげてほしい」


 紗綾ちゃんは子猫を抱いて、それはもうお母さんといった風に見える。並々ならぬ愛情を注いでいるんだと一目で分かる。


「ねえ、紗綾ちゃん。……立ち入ったことかもしれないけど、何かあったの? 良かったら相談に乗るよ」

「何もない」

「そっかぁ」


 本人がそう言うのだから、あまり聞き出そうとしない方がいいよね。

 私のことを嫌っている風には見えないし、今日のところはちょっとだけ距離が縮めることだけを専念しておこう。


「暇だし、私も一緒に子猫の世話をしていてもいいかな?」

「うん。じゃあ、まずは名前から憶えてもらわないと」


 そこに戻ってきたか。仕方がない腹を括ろう。どんなややこしい名前でも憶えてやる。

 差し当たっては、紗綾ちゃんが抱いている子猫からだ。


「その子は確か、ホワイトだよね」

「……違う。シロ」


 ホワイトとシロ。どっちも毛並みが白なのに、どうやって見分けを付けているんだろう。


「あ、じゃあ! あの子はクロだね」


 紗綾ちゃんの足元にすり寄っている黒い毛並みの子猫の名前を当ててみる。今度はどうだろう。


「この子はブラック」

「……ねえ、どっちも毛並みの色が一緒だけど、どうやって見分け付けているの?」

「ブラックはオス。クロはメス」

「あ、なるほどね。性別の違いかあ」


 そっか。それなら簡単に見分けも付きそうだし、名前も憶えやすそう。


「じゃあ、白い毛並みの子はシロちゃんとホワイトくんかな」

「どっちもメス」

「そう……。シロちゃんとホワイトちゃんってことなんだ」


 どうしよう。この分だとクロとブラックしか分かりそうもないんだけど。


「目の色を見て」

「目……? あ、ほんとだ。ちょっと違うね」


 緑の瞳と青っぽい色の瞳。これが見分けの付け方なんだ。


「一応聞いとくけど、どっちがシロでどっちがホワイトなの?」

「緑がシロで青がホワイト」


 良し。憶えた。元々の名前が単純だから、この調子でいけば全員分いけそうだ。

 子猫をダシにしてしまっているようだけど、おかげで紗綾ちゃんと仲良くなれそう。子猫には感謝しているよ。


「あの子はコハク」

「て、ちょっといきなり色以外の名前! せっかくいい感じだったのに」

「目の色を見たら分かる」


 黒と白が混じった毛並みで茶色っぽい瞳。

 ああ、頭がこんがらがってきた。

 立て続けに名前を教えてくれているところ悪いのだけど。ごめん、紗綾ちゃん。数匹しか憶えられる自信がないや。

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