第3話 退職理由
正式な着任日を過ぎて一週間が経った。中川の予想していた通り、メニューのレシピも思っていたより早く頭に入り、レジ操作もすぐに慣れることが出来た。覚えたというより思い出したに近い感覚だ。当面の問題は二つ。一つは人員の問題。もう一つは相変わらず現れるステラの少女の影だった。はっきりと直視できるわけではない。視界の片隅にふわりとピンクのスカーフがちらつくのだ。体が反応してその方向に目をやるが、誰もいない。時にはカウンターで作業をしていると、背後を誰かが通ったような気配がする。振り返るとやはり誰もいない。そもそもステラというランクを持つスタッフがこの店にはいないのだ。正式な勤務も始まり、当日のスッタフ人数を日和自身も把握している。店舗は広いが、誰がどこで何をしているかくらいはわかっているつもりだ。気配だけが常に一人多い。特に何か害があるというわけではないのだが、夕方以降、日が落ちてからはトイレの清掃や二階の見回りもなんとなく気が進まず、アルバイトに行かせることが多くなっていた。彼らもそれを感じているのか、日和が仕事を頼むと、一瞬困惑した表情を見せることに日和自身も気づき始めていた。それでもそのことに関して具体的に言及する者は誰一人いなかった。少なくとも日和の前では。日和自身も馬鹿馬鹿しいと思っていたが、もしそれが原因でアルバイトの定着率が悪いのだとしたら、解決するのは日和の役割であることは自覚していた。
人員の定着率は飲食店にとって重要な課題だ。アルバイトなんて足りなければ新しく採用すればいいではないかと、この職種に関わったことのない人間は簡単に言ってのける。しかし、採用するだけでも想像以上の時間と経費が必要なのだ。求人誌の掲載費用などは元より、面接や契約書作成で社員が店舗に立てない時間は、当然アルバイト人員で補填することになる。また仕事を覚えるまでは、教える為の人員として一人余計に人を割かなければならない。加えて、作業効率や生産性は勤続年数に比例するところが大きい。新人が多ければ多いほど作業効率は低下するため売上は取れず、人件費ばかりがかかっていくわけだ。そういった理由から、一人の人間がより長く勤続してもらえる環境を整えることは店長の仕事の一つである。
日和は事務所の棚から退職者の書類を引っ張り出して過去のアルバイトたちの情報を調べ始めた。退職の理由に何かしらの傾向が見つかれば対策ができるかもしれないと考えたからだ。退職したアルバイトの履歴書は一年間保管後に裁断破棄。退職手続書は五年保管が東羽珈琲の規則だ。つまりファイルに履歴書が残っている者は、ここ一年以内に退職した人間ということになる。ざっと見ただけでもこの一年で二十名近く退職している。異常な数だ。セットになって保管されている退職手続書を見ると、短い者で二週間、長くても一年に満たない者ばかりだ。中には履歴書しか存在しない者もある。これは正式な退職手続を経ずに消えるようにいなくなった人間ということになる。ほとんどが高校生か大学生だった。退職手続書には退職理由を記入する欄が設けられている。日和はそこに集中して一枚ずつ書類をめくっていく。直近一年の退職理由に目を通して、日和はある違和感を覚えずにはいられなかった。
――一身上の都合により――
一年以内の退職者の離職理由。その全てがこれだった。アルバイトを辞める理由は様々だ。学業や家事との両立が難しいと判断した場合。病気やケガで仕事が続けられない場合。主に自己都合で退職する場合にこう書かれることが多いが、中にははっきりと理由を言えない場合にこの文言を使う場合がある。即ち、店舗での人間関係に何らかの問題を抱えていた場合。仕事が嫌になって辞める場合などだ。とはいえ、学校を卒業して就職しての円満退職や、家族揃っての引越しなどで自宅が遠くなり仕事を続けられない場合などは、はっきりとそう記入するのが普通だ。辞めていった人間全てが、一身上の都合により、と記入している状況は店舗に何らかの問題があることを示唆しているといえる。しかも、こう書かれてしまうと退職した本当の理由というのが全くわからない。これはやはり現職のアルバイトたちに直接話しを聞くしかないかと、口元に手を当てて何度か書類を見返しているうちに、一枚の退職手続書で手が止まった。三か月前に退職した高校一年生の女子が書いた書類だ。書類全体が汚れている。よく見ると一度鉛筆で下書きをして、それをペンでなぞった後に消しゴムをかけたようだった。高校生だったためこういった正式な書類を書くのが初めてだったのだろう。間違えないように下書きをしたものと思われた。ところが、退職理由の欄だけ様子がおかしかった。最終的にペンで書かれた文言は、一身上の都合により、となっているが下書きは全く違う言葉が書かれているように思えた。ふと思い立ってバッグから手帳を取り出し、メモ用のページを一枚切り離して書類の上に重ねた。デスクの引き出しから鉛筆を探し出して芯を斜めにして紙に当てる。小学生の頃よくやった遊びだ。文字は消されていても筆圧で痕跡は紙に残っている。鉛筆の芯を寝かせて紙を擦れば書かれていた文字が浮かび上がるはずだ。書類を直接汚すわけにはいかないが、手帳のような薄手の紙を上から当てる方法でも上手くいくはずだ。端から丁寧に、さらさらと紙の上を擦っていく。黒く塗りつぶされていく紙の上に、少女が下書きした文言が白く浮かび上がっていった。
――変な女が店にいる――
女の子らしい整った字で、はっきりとそう書かれていた。その文字に視線を固定され動かすことができなかった。背後を振り返ることに恐怖感を覚える。変な女というのはステラの少女のことなのだろうか。日和以外にも、彼女の姿を目撃した、あるいは気配を感じていたスタッフがいたのだ。気のせいではなかったことになる。やはりこの店には何かがある。否、いる。とはいえ、正式な退職手続を行って退職したアルバイトに、わざわざ連絡を取って話しを聞くというのもおかしな話しだ。そうなると手がかりは現職のスタッフから情報を引き出すしかない。幽霊がいるなどという理由で人員不足に陥るなど馬鹿らしいとは思うが、気持ちの問題というのも重要な要素ではある。例え噂話であっても店舗の中で不吉な話題が広まれば居心地が悪くのは当然だ。それに、噂が広まるには必ず出所になる出来事が存在するはずだ。雑談程度に話を聞くところから始めてもみるのもいいだろうと日和は考えた。休憩室の扉が開く音がした。日和は調べていた書類を慌ててしまいこむと、事務所の戸口から顔を出して休憩室を窺った。入ってきたのは白井だった。
「お疲れさまです。お先、あがります」
白井は気怠そうにタイムカードに退勤打刻すると、イスに腰を下ろして一息ついた。初めて会ったときは大学生だと思った白井だったが、実は宮篠台店で唯一のフリーターだった。年齢は二十四歳。端正な顔立ちで身長も高く、カフェのスタッフがよく似合う好青年という印象だ。店舗では時間帯責任者を任されているため、日和とは勤務が重なることは少なく、こういった引き継ぎのタイミングでしか顔を合わせないことが多かった。彼が採用されたのは二年前。須田が採用したアルバイトだ。今の時代、フリーターは貴重な存在だ。辞められないように少し甘やかされていたのかもしれない。仕事ぶりは悪くなかったが、他のスタッフや社員に対して悪態をつくことも稀にあった。日和は事務所から出て白井と向き合うようにイスに腰かけた。
「疲れてるとこごめんね。ちょっとだけ時間いいかな」
日和の改まった態度に、白井が「はい」と顔をあげて姿勢を正した。叱られるとでも思ったのだろうか。
「俺、なんかしました?」
二十四歳の白井は西浜ら主婦層の次に店舗では年長者になる。夕方以降勤務するアルバイトの中ではリーダー的存在だ。退職者が続出している宮篠台店で一年以上勤務している数少ないスタッフでもある。白井ならば何か知っているかもしれないと日和は考えていた。
「今さ、けっこう人手不足じゃない?入ってすぐに辞めちゃう子が多いみたいなんだけど、何か原因があるの?」
日和の問いに白井は「ああ」と目線を天井に逸らして考えた。
「どうっすかね。須田店長、けっこう細かいとこ厳しかったからなぁ。気楽にお小遣い稼ぎしたい学生なんかは、面倒くさかったかもしれないっすね」
「厳しいって、具体的にどういうところ?」
「なんていうか、ちょっと神経質だったかもしれないっすね。特に備品の整理整頓とかよく言われましたよ。使ったら必ず元の場所に戻せって。あと衛生面もこだわりがある人だったから、掃除は普段からよくやらされましたね。ま、飲食店なんで自分は当たり前だと思ってましたけど。レジ打ったり、コーヒー作るよりも、掃除してる時間の方が長いバイトもいたくらいですよ。イメージしていた仕事とギャップがありすぎて、嫌になっちゃったんじゃないっすかね」
飲食の仕事は意外と地味なものだ。レジに立って接客をする仕事を舞台に立つ役者だとしよう。その裏では大道具や小道具を作ったり、メンテナンスをする裏方がいる。宣伝活動をして観客を連れてくる仕事もある。社員の業務まで含めれば、実際に接客をしたり調理をする仕事は仕事全体の三割にも満たないだろう。気軽にお店に来てユニフォームに着替え、楽しく接客をして「お先に失礼します」と帰る。そんな優雅なアルバイトライフをイメージしていると、現実とのギャップに不満を感じて退職する者は確かにいる。
「そうなんだ。でもさスタッフアンケートの結果、悪くはなかったみたいなんだけど」
日和がそう言うと、白井はくすっと口元を緩めて苦笑いをした。
「あんなの全然参考にならないっすよ。須田店長のこと良く思ってないやつは記入すらしていないし。結局真面目にやってるのは須田店長と馬が合ってた人だけっすから。俺、あれは本当に意味ないなあってずっと思ってましたよ」
なるほど、と日和は納得した。やはり現場には本社でデータだけ見ている人間には気づけない問題があるのだろう。白井は「それに」と続けた。
「須田店長ってけっこう勘が鋭いってアルバイトの中でよく話してたんすよね。食材のつまみ食いしてるやつがいるとか。誰と誰が付き合ってるとか。すぐ気づかれちゃうんすよ。だから無記名のアンケートでも変なこと書いたら怒られるんじゃないかって。そう思ってるやつもいたみたいっすよ」
さすがはベテランの店長ですよね、と白井は賞賛した。ただ、それもアルバイトにとっては気が抜ける瞬間がないというストレスだったのかもしれないと、ついでのように白井は付け加えた。
白井の話しを聞く限りでは、須田自身にそこまで問題があったようには感じられなかった。あくまで社員目線での感想ではあるが、店長としての責務は全うしているように思われた。
だが日和は同時に違和感も感じていた。いくら裏方の仕事が多いといっても、あくまでメーンの仕事は接客であり、調理なのだ。それをないがしろにして掃除やメンテナンスに時間を割くことは正直難しい。人員が不足する現場では店舗の衛生管理や機器のメンテナンスが疎かになりがちなのが最近の傾向だ。相談センターに寄せられるクレームも、ひと昔前に比べれば接客サービスに関する内容は減っている。それと反比例するようにトイレが汚いとか、窓の枠にたまった埃が気になるといったような衛生面に関するクレームが増えているのが実情だ。食の安全が大きく取りざたされるようになった昨今の風潮であるとも言える。そう考えれば、宮篠台店は客席から厨房、事務所に至るまで神経質とも言えるくらいキレイに整えられていた。事務所の中を見てもそうだ。業務に必要な書類は全て、デスクの前に座っていても手に取れる場所に据えられている。裏を返せば、業務に必要のない物は目の届く範囲から除外されていると言ってもいい。見られたくないものを隠すように。須田がそれをやっていたとするならば。
「白井くん、もう二年だよね。働き始めて。白井くんより長い人って誰?」
「えっと、学生連中では俺より先に入ったやつはいないっすね。一番長いのは西浜さんだと思いますよ。その次が下村さんか吉富さんじゃないかな。主婦さんだけっすね。お店自体ができてからそんなに経ってないらしいっすけどね。俺は二年前にこの辺に引っ越してきたんで」
白井の目線は休憩室の壁に張られたネームボードを注視していた。東羽珈琲の店舗には必ずある、社員とアルバイトを含めた全スタッフの名前がマグネットで貼られたボードだ。店長の位置は既に日和の名前に変わっている。東羽珈琲のアルバイトはその能力によってランク分けをされている。新人はトレーニー。カウンターで接客とドリンクを作るバーテン。厨房でフードメニューを担当するシェフ。全ての作業を習得しているエース。そして店舗の鍵を持たされ社員不在時の責任者として勤務するのがマスターエースと呼ばれるスタッフだ。白井は数少ないマスターエースの一人である。主にこの五段階で構成されているが、さらにもう一つ東羽珈琲の花形と呼ばれるランクがある。それがステラだ。ステラはお客様に対していつでも最高の笑顔とホスピタリティを発揮できる人間だけが任される特別なランクだった。宮篠台店のネームボードにあるステラの欄は空白のままだ。
「うちの店、ステラいないんだね」
自然とあの影が脳裏を過る。日和の中ではようやく本題に切り込んだ、という思いだった。白井も空白のままのステラの欄に視線を向けていた。
「ステラって普通にいるもんなんすか。俺、都市伝説だと思ってましたよ」
「白井くんは、ステラの人知らないんだ」
「今のアルバイトでステラやりたいやつなんていないんじゃないすかね。ずっとホールに立ってお客さんの相手して。社員がいてもクレームの一次対応はステラがやるんすよね、たしか。時給数十円の差でそんな精神労働やりたいやついないでしょ」
「じゃあ今まで一人もいなかったってこと?」
「俺は見たことないっすね」
白井はそう言いながら「でもほら」とネームボードのステラの欄を指さした。
「なんかマグネットが貼られてたっぽい跡ありますし。俺が入る前はいたのかもしれないっすよ。主婦さんたちなら知ってるかも」
白井が指さした場所には、確かに以前マグネットが貼られていたと思われる黒い跡がうっすらと残っていた。白井が働き始める前ということは二年以上前になる。この店にステラを務めていた者がいたのは確かなようだ。今もこの店に気配を残す彼女が、そうなのだろうか。日和は立ち上がってネームボードの前に立ち、そっとステラの欄に残された黒い跡に手を添えた。
瞬間、背筋に悪寒が走る。手首を誰かに掴まれたような感覚を覚え、反射的にネームボードから手を引いた。白井が日和の挙動に気づいて怪訝そうな表情を見せた。
「どうかしました?」
日和は右手首の感覚を確かめるように摩りながら平静を装った。
「なんでもない。ちょっと主婦さんたちに聞いてみるね」
「そんなに気になるんですか。ステラのこと」
「え?ああ、まあ。一人くらいいたら助かるかなって、思って」
この流れで話しを切り出すべきだったと後悔した。白井は「ふうん」と興味なさそうに呟くと立ち上がってロッカーから私服を取り出し更衣室に入った。
やりかけの仕事を続けようと、事務所に戻るため更衣室の前を通りかかったとき、カーテンの向こう側から白井が声をかけた。
「店長。もしかして何か見たんすか」
白井自身は何気なく言い放った一言だったに過ぎないのかもしれないが、日和の足がぴたりと止まって更衣室のカーテンの向こうにいる白井を注視した。
「何かって?白井くん、何か知ってるの?知っていることがあるなら教えて!」
興奮気味に捲し立てる日和に驚いたように、私服に着替えた白井がカーテンを開けた。
「店長、『そういうの』信じるほうっすか」
白井の言う『そういう』とは幽霊や呪いなどの所謂心霊的なもののことだろう。
「本気で信じてるってわけじゃあないけど。これだけ人が居着かないとなると、そういうもののせいにしたくもなるよね」
信じていないと言えば話しが終わってしまう気がした日和は、上手く誤魔化しを入れながら白井の話しを続けさせようとつないだ。白井はハンガーにかけた制服をロッカーにしまいこみながら「まあ、噂ですけどね」と続けた。
「この店って、昔は病院だったらしいっすよ。まあ、ネットで出回ってる噂話しレベルっすけどね」
「病院?病院を改装してお店にしたってこと?」
「個人がやってた小さいクリニックみたいな感じらしいっすけど。あ、ちょっと待ってくださいね」
白井はポケットからスマートホンを取り出すと画面に指を滑らせて何事か検索を始めた。
「これっすね」
そういって差し出されたスマートホンの画面を日和は覗き込んだ。黒い背景に赤字で文字が連ねられた気味の悪いデザインのサイトが表示されていた。
「俺、こう見えて心霊スポットとか都市伝説とかけっこう好きで。近所のそういうの調べることあるんすよ」
そこに書かれていたのは〈廃病院跡に建てられた喫茶店〉というタイトルの記事だった。詳しい住所や店舗名は当然伏せられていたが、読んでいくうちに宮篠台店との共通点がいくつか見受けられた。県道に近い場所に位置し三階建ての建物であったこと。主に精神疾患を治療するクリニックで、二階に入院施設があったこと。そして。
「二階にあったとされるいくつかの個室では、入院患者が自殺する例もあったらしい……」
日和の意識が自然と階下の喫煙席に向いていた。
「ありがとう」
日和が白井にスマートホンを手渡すと、白井は日和の顔色を窺いながら言った。
「店長、顔色悪いっすよ。マジで何かあったんすか」
「ううん。なんでもない。大丈夫」
「まあ。ただの噂っすから気にすることないっすよ。それに、飲食店には幽霊話しは付き物でしょ。ほら、人が集まるところとか、水場が多いところって、そういうの出やすいって言いますし」
「この噂、皆知っているの?」
「どうっすかね。けっこうマニアックなサイトだから知らない人の方が多いんじゃないっすかね」
「白井くんは、誰かにこの話し、したの?」
「まさか。こんなの仕事中にする話しじゃないっすよ。それにただでさえ人が足りてないのに、バイト怖がらせて人数減ったら自分の首絞めるだけじゃないっすか」
白井はそう言うと「お先です」と言って休憩室を出ていった。
フリーターという立場は複雑だ。結局のところ、学生は学業優先という言葉の武器を振りかざして、気軽に遅刻やキャンセルをする。こちらも「学生の本分は学業ですから」と言われてしまえば「学校行事なんて上手いこと都合つけてシフトに出ろ」とは言えないものである。学生連中もそれをよく知っている。キャンセルをするときは代わりの人間を自分で探して交渉する、という一応のルールになっている。とはいえ、代わりが見つからなくても学校行事をキャンセルさせて働かせたなどとなれば親が怒鳴り込んできても文句は言えない。全ての学生バイトがそうではないが、そういった立場を上手く使って気軽にシフトに穴を開ける人間も少なくはない。そして、その穴を埋めるのは大抵の場合、社員とフリーターということになる。
だが、好きでフリーターに甘んじている人間は少ない。特に白井のように一人暮らしということであれば、早く就職して安定した収入を得たいと思っているものだ。フリーターは決して社会人になれなかった落ちこぼれなどではないのだ。やりたいことや目指すもの、叶えたい夢があってフリーターなのだ。雇う側の人間や、学生のアルバイトたちがそこを理解していないせいで「どうせフリーターなんだから暇でしょ」と気軽に代打を依頼してくる。誰だって一日は二十四時間だ。やりたいこと、やるべきことをその二十四時間の中に割り振っているのは社員もフリーターも学生も主婦も変わらないはずなのだ。
正社員だからといって、仕事以外の全てを犠牲にして会社のために尽くさなければならないというのは間違っている、というのが日和の持論だった。須田はどうだったのだろうか。ふと須田の仕事ぶりが気になって、日和は過去のシフト表と業務日誌を事務所の棚から引っ張り出した。
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