第32話 突入部隊

「準備完了だそうだ。五秒後に突入する」


 ヘッドセットの位置を修正して男が言う。横に待機していた部下が小さな声で返答した。


 「アイ・サー」


 マシンガンを持つ手に力を込めて仲間と目配せをする。お互いに時計を確認して肯きあうと、ジャクリーンケネディガーデンの死角に隠れていた兵士たちが一斉に動きだした。見張りはいるだろうが警報装置は無効化した。あとはこの混乱に乗じて別働隊が設置された毒ガスミサイルを解体してくれればいい。盗まれたガスの量を考慮すればミサイルは五機。PEOCに捕らえられているという職員は人質となった時点である程度の犠牲を考慮しなければならないだろう。この状況で被害をゼロにすることは不可能だ。専門家が事後うまく美談にしてくれることを祈るしかない。

 庭を突っ切ってイーストウイングに途中すると、先頭を走る男が敵を一人撃った。そのまま部隊で廊下を走り抜ける。警報は鳴らない。


「っ! おい!」


 前方の兵士が声を上げた。直後彼の頭が吹き飛ぶ。敵だ。だが見張りがいることくらい想定の範囲内だったはずだ。彼はなぜ声をあげたのだろう。部隊の前方が進行を止めた。銃を構えた黒人の男が突入部隊の前に立ちはだかる。


「武器を捨てて投降してもらおうか」


「そんな要求が飲めると思っているのか!」


「無意味に死ぬことになるぞ」


 背後から足音が聞こえてきて何人か咄嗟に後ろを振り返る。武装した敵が数人、銃を構えてこちらにやってきていた。囲まれたのだ。コロナードに待機していたのだろう。こちらの作戦を予測したのか、それとも情報が筒抜けだったのかはわからない。


「祖国を守るのが私達の使命だ。貴方たちの要求には応じられない!」


 隊長が声を荒げる。何人かは銃を持つ手が震えていた。敵に囲まれ、絶体絶命なのだから当然だろう。銃口を突きつけ合う均衡状態に耐えられなくなりそうなのはあちらの兵士も同様のようだ。


「どうしても反抗するというのか」


「投降するべきなのは貴方がたです!」


 コロナード側からやってきた兵士の一人がかすかに動いた。銃口が僅かだが上を向く。突入隊の一人が小さい悲鳴を上げ、腕に力を込める。


「うわぁああああああああああっ!」


 引き金が引かれた。コロナード側の敵が何人か撃たれ、それを切っ掛けに敵も味方も引き金を引く。不利なのは敵に囲まれた突入隊側だ。


「撃て撃て撃て!」


「反撃を許すなぁ!」


 怒号がどちらの指揮官のものなのかは解らない。敵側の指揮官は例の黒人のようだ。お互いに叫びあいながらマガジンの弾丸を空にする。圧倒的に不利な突入隊側は次々と倒れていき、あたりに血だまりが広がっていった。

 突入部隊最後の一人が倒れたのを確認して、黒人の指揮官がヘッドセット越しに本部へ連絡を入れる。


「大佐、突入部隊の掃討完了しました」


『私が行くまで待機していろと言ったはずだが』


「お言葉ですが大佐、予定より早く作戦が決行されまして」


『……そうか』


「ええ」


『仲間は何人死んだ』


「七人ほど」


『わかった。至急戻ってこい。配置を変更する』


「アイアイ・サー」


 仲間に目線とジェスチャーでついてくるようにうながし、彼はその場を後にする。血に濡れたコンバットブーツが血だまりを抜けて地下のPEOCへ、点々といくつもの赤黒い足跡を残した。

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