第8話 彼女の幸せ

 直樹たちの訪れたファミレスは、町の名前がついた信用銀行本社跡の公園と向かい合わせの場所にある。この時間帯は学校帰りの学生が多く、店自体がまるで休み時間中の学校のように騒がしかった。


「どーしよっかなぁ!」


 二人が案内されたのは窓側の席に腰だ。祐未が笑顔でメニューを開く。直樹はそれにつられるようにして残ったメニュー表を手にとった。

 食事を奢ってくれるというのは、育ちざかりの男子高校生には嬉しい提案だ。それが路地裏で巻き上げた金から支払われるとしても。


「うーん」


 五千円あるし、ここは好きなものを頼んでも大丈夫だろうか。祐未も軽くすませる気はまったくないらしい。メニュー表を開き、楽しそうに笑いながらどうしよう、とつぶやいていた。


「直樹も好きなもん頼めよー!」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 メニュー表を開き、パスタに目を通してみる。ペペロンチーノなんかいいんじゃないのか。


「ハンバーグ食べたい。ピザって何が一番美味いの?」


「え? そんなに食べるの?」


 メニューを見ながらたずねると祐未が


「直樹はピザ食べない? 二人で食おうぜー」


 と提案してきた。


「ああ、そういうことね。じゃあ僕マルゲリータがいい」


「おー」


 パラリとメニュー表をめくる音が聞こえる。祐未の様子を見ると、一つ前のページに戻ったようだった。


「なー、山盛りポテト食べっかぁ?」


「ん? えっと……」


「パフェも食べたい! いちごパフェ。ハンバーグの中にチーズ入ってるやつって美味いの?」


 パラリパラリとメニューをめくる音がする。祐未は気になったものの名前を片っぱしから列挙しているようだ。


「パエリアも食べたい! 注文きまったらどうするんだっけ?」


「ちょ、ちょっと、ちょっとまって」


 さすがに目うつりしすぎだ。この状態で店員を呼ぶつもりらしい祐未を直樹はあわてて止めた。


「なんだー?」


「そんなに食べられるの?」


「わかんねぇ!」


 にっこり笑う祐未に軽く目眩がした。これでは幼稚園の子供と変わらない。


「頼むならせめて二つまでにして。ピザは頼んで良いから」


 奢ってくれる相手にこんなことをいうのも何だが、このままではまったく手をつけられずに残す品物も出てくるだろう。大量に頼んで残して帰るのは店側にも失礼だ。


「そんなに頼んだらお店の人も大変でしょ。ちゃんと食べられるぶんだけ頼んで」


 なにが悲しくて自分とあまり年の違わない少女にこんな小言を言わなければいけないのだろう。しかも年下ならまだしも、相手は自分より一つ年上だ。


「んー、わかった!」


 言われた祐未は最初こそ少し残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻りまたメニューを見始める。


「じゃーねー、チーズ入ってるハンバーグといちごパフェ食べる!」


「わかった。じゃあ店員さん呼ぼうか」


 祐未はなにが楽しいのかきょろきょろとあたりを見回している。親と一緒に出かけてはしゃぐ子供のようだ。さっき直樹と同い年の少年相手にカツアゲをしたとはとても思えない。

 そういえば、まだあの時の礼を言っていなかった。


「……さっきは、助けてくれてありがとう」


「ん? いいよ気にすんなよ!」


 直樹が礼を言うと祐未は嬉しそうに笑ったまま首を横に振る。彼女には助けられてばかりだ。昨日も同じ場所で殴られそうになったところを助けられた。


「……祐未はどうして、あの場所にいたの?」


 直樹がテーブルに備えつけてある紙ナプキンを一枚取り、手元で広げる。

 問われた祐未は首をかしげて照れくさそうに笑った。


「たまたまあの近くに用事があったんだ」


 三月兎の事件を調べているのだから現場近くに用があっても不自然ではない。それで情報が集まるかどうか直樹にははなはだ疑問ではあったが。


「事件のこと、なんかわかった?」


「あんまり。今ンところ、目撃者は直樹だけだしな」


「でも、銀髪赤目って目立つよね。僕が見た男もそうだったけど、今までの被害者も、もしかして銀髪赤目だったの?」


「……」


「祐未?」


 しばらく待っても相手の返答がないので顔を上げる。

 すると彼女は、きらきらと目を輝かせて直樹の手元を凝視していた。


「あ」


 考えごとをしていたからだろう。癖が出て、紙ナプキンが折り紙の蛙に変わっていた。


「すっげー! カエルだろ? 折り紙じゃなくても折れるんだな!」


 どうやら彼女は途中から直樹の声が耳に入っていなかったらしい。祐未は折り紙の行程に感動して嬉しそうな声を上げている。


「……でもこれ、跳ねないカエルだよ」


「跳ねるカエルもあんのっ?」


「……うん。折り紙じゃないと、さすがにムリだけど」


 そっかぁ。と祐未が残念そうに肩を落とした。自分より年上だとはとても思えない言動だ。それは今に始まったことではないが、どうにも前後とのギャップが大きすぎてわかっているはずなのに戸惑ってしまう。


「楽しそうだね」


「へへっ、そっかぁ?」


 直樹と話すとき祐未はいつもニコニコと笑っている。


「そうだよ。なにがそんなに楽しいの?」


 聞きようによっては嫌味に聞こえたかもしれない直樹の言葉。けれど祐未は気分を害した様子もなく、相変わらず笑っている。まるで今この時が人生最高の瞬間であるように幸せそうに笑って、祐未は答えた。


「直樹と一緒にいるから!」


 それが楽しいというのだろうか。


「それだけ?」


 たずねると、祐未は笑ったままいきおいよく頷いた。


「あたしは、それが一番幸せだぜ!」


 初めて言われた。それもこんなに真剣に。


「……なんで?」


「直樹と話せるから!」


 こんなに真剣に、こんなに本気で、一緒に居られる幸せだと言われたのは初めてだ。


「それじゃあ、答えになってないよ」


 あきれたようにつぶやいてみたものの、それ以上理由を追及する気にはならなかった。あまりにも幸せそうに言われて、毒気をぬかれたのだ。きっと話すときにいつも幸せそうに笑っているから、直樹は祐未を疑ったりできないのだろう。


「そっかなぁ?」


 不思議そうに首をかしげる祐未を見て直樹は思わず笑ってしまった。

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