第3話 野球大会
俺が女体化するという奇想天外かつ空前絶後たる体験をしてから、数日が経ったある日の部室である。
俺は椅子に座り、向かい合っている古泉と極一般的な形をした野球盤で怠惰な時間を楽しんでいた。
いくら女体化したからといって、そうそう日常ががらりと変わることもない。
変わったことといえばここんとこ毎日ハルヒが俺用のコスプレ衣装を持参してくることくらいだろうか。
本当に恥ずかしいので、そろそろやめてほしいのだがな。
とまあ、そんなことを考えているとこの状況を作り出した元凶たるあの女がいつもに増して颯爽と部室のドアを開いた。
「みんな~、野球大会へ出るわよ!」
はぁ?
突然のことに驚きのあまり、皆口がぽかんと開いたままになっているぞ。無論、俺も例外ではない。
「近所の掲示板に、地元の野球大会開催のチラシが貼ってあったのよ! これは、SOS団の名前を世に知らしめるチャンスだと踏んだわけっ!」
「おいおい、野球大会に出る気なのかよ。出るったって、ここにいるのは5人だけだであって人数も足りないし、そもそも野球なんてそこまで経験がないぞ」
さらに言うと、現状SOS団のメンツは女子4人に男子1人であり、野球大会に出ると予想されるのはほとんどが丸刈り男ばかりのチームであることを考えると圧倒的不利であることこの上なしだ。
誰か止めろよ、と俺が目線でメンバーに伝えるも、古泉は「流石涼宮さんですね」などと納得しちまっているし、朝比奈さんは状況が今だ掴めずに困惑した表情を浮かべているだけだ。
ちなみに、長門は御想像の通りの反応である。
「さっそく、練習に取り掛かるわよ!」
かくして、俺たちは地元の野球大会に出場することになったわけである。やれやれ。
◇◆◇
ハルヒが持ってきたチラシにかかれていた野球大会というのは、地元のアマチュアチームが参加する大会のようで、本格的な大学のチームも出場するようだった。
無論、俺たちも練習はしたさ。北高の野球部からグラウンドを強奪してな。
ただ、如何せんハルヒがチラシを持ってきたのはこの大会が開催される3日前であり、とても十分な練習ができているとは思えない。
そんな状況下でとうとう野球大会開催日はやってきたのであった。
「さぁ、狙うは優勝よ!」
地元の野球場に着くなり、ハルヒはずっとこの調子である。
もし、一生もできずに敗退となればどれほどの規模の閉鎖空間ができることやら。想像するだけで背筋が凍る思いである。
その脇では、人数集めの名目で緊急招集されたメンツたちが事前交流を行っている。
「おや~、君がキョンくんか~い! みくるがくんづけで呼んでいたからてっきり男の子かと思っていたよっ!」
会うなり元気ハツラツの様子で挨拶してきたのは、朝比奈さんの友人である鶴屋さんだ。
ええ、本当は男なんですよ。今は性別を勝手に変えられているだけで。
そんなことを言えるわけがないので、ええそうですかなどと言葉を濁しておくことにする。
他にも同じクラスの国木田や谷口も同様に強制招集され、この場で色々と主に谷口が愚痴をこぼしているわけなのだが、ここはあえて割愛させていただく。
「ちょっと、キョン子きなさい!」
事前交流の場で若干気分を和ませていた俺に突如ハルヒが怒号を浴びせた。
まあ、原因はあれだろう。
「ちょっと、どういうことよ! どうしてあんたの妹ちゃんが参加するのよっ」
「仕方がないだろ。人数が集まらなかったんだからな」
「それでも、あれはどう見ても小学生じゃない! 小学生が入ったチームで勝利しようっての!?」
その辺抜かりはないさ。小学生だから良いのである。
ただでさえ、弱小チームなのに小学生までメンバーに入っていれば即コールド負けするのは目に見えている。
俺はさっさと負けて帰りたいのさ。
そんな俺の思惑を知らないハルヒは、暫く考え込んだ後、「まっ、あんたの妹ちゃんなら仕方ないわね。その代わり、あんたがその分まで頑張るのよ!」となんだかよく解らないうちに納得したようでこれ以上なにも言ってこなかった。
ちなみに、先程ハルヒが俺のことを"キョン子”と呼んでいたが、どうやら女体化した俺の呼び名はキョンからキョン子にシフトチェンジしたようである。
こういった経緯を経て勝てっこない試合は開始された。
相手は、なんと前年優勝チームであり、今年も優勝候補筆頭である大学野球チームだった。
ああ、これは確実に負けたな。
と思っていたのだが、予想外のことが起きた。
自分からピッチャーに名乗り出たハルヒの投球はストレートしかないものの、そこそこ速かったのだ。
やはり、全部活動に体験入部した常軌を逸した変態っぷりは伊達じゃないということだろうか。
そして、あろうことか一人目を三振に仕留めたのである。
もしかして、僅かなりともありえるのではなかろうか。
前言撤回。ダメだこりゃ。
確かに、ハルヒの速球はなかなかに凄いものであり、初めのうちはそれで良かったものの、向こうは経験も数倍上であり、すぐに順応されてしまった。
また、こちらの即興チーム守備陣では本来なら打ち取れたであろう打球でも歯が立たない。
みるみるうちに点差が開いていってしまった。もうこれは、負けだな。
「これは、かなり不味い状況になりました」
そういって半ばあきらめモードに入っていた俺に、深刻な表情をした古泉が異常なまでに顔を近づけ耳打ちしてきた。
顏が近すぎるぞ……。なんなんだこいつは。
それはさておき、なにがあったんだ?
「閉鎖空間ですよ。現在どんどんと拡大中です。このままでは、世界が覆い尽くされてしまうのも時間の問題でしょう」
「なんだ? たかが野球の試合ひとつで世界崩壊かよ」
「ええ、流石は涼宮さんですね。しかし、あなたもあなたですよ。4番でありながら、一本も打てていない。それに、涼宮さんが失望しているのでしょう」
「あのなぁ。くじで決まった4番に一体何を期待しているんだ」
「いえ、これは涼宮さんの無意識からきたものです。あなたなら、4番になっても4番らしい活躍をしてくれると期待していたのでしょう」
全く、なんてむちゃくちゃな奴だ。
しかし、俺も何もできなかったからなぁ。
「それは、ごめん……」
「い、いえ! 僕は決してあなたを責めているわけではないんです! それに、その涙目は反則ですよ」
俺が若干責任を感じて謝罪すると、何故か古泉は焦った表情を浮かべる。
なんだか、依然と反応が全然違うもんだな。
「んで、このままだと本島に負けてしまうことになるのだろうが、策はあるのか?」
「長門さんに協力を仰ぎましょう。今回の件では利害が一致しているようなので」
その後、長門の宇宙的奇天烈パワーである「ホーミングモード」とやらのおかげで、俺たちはどんどんと点を稼いでいった。
誰あろう朝比奈さんまでもがヒットを打ったのである。
このホーミングモードとやらはちとチートすぎやしないか、おい。
「その辺にしとけ」
「……解った」
俺が長門にホーミングモード解除を頼み、解除された瞬間から俺たちの打線は一気に平生の弱小打線となった。
なにはともあれ、あのチートモードのおかげであと1点のところにまでなったんだ。この後は、そんな宇宙的パワーに頼るのもよくないだろう。
9回裏、俺たちの最後の攻撃である。この攻撃でもし1点も取れなければ敗北が決定する。
「ちょっと、あんたとみくるちゃん来なさいっ!」
「ふぇぇ……」
打順ではないのでこの状況を余裕の構えで眺めていた俺の首根っこを妙にニヤニヤした表情を浮かべたハルヒが掴んできた。
おい、一体何のつもりだ。
「これよっ! チアガールの服を着て、チームを応援するのっ!」
「ひぇぇ」
悲鳴を上げる朝比奈さんをハルヒは強制的に脱がし始めた。
ああ、これは俺も着るしかなさそうだ。とほほ。
それにしても、チアガールの衣装はやけに肌の露出が多いせいでこっぱずかしいことこの上ない。
いや、本当に恥ずかしいぞ……。
そういって、その場に縮こまる俺にハルヒは、「何やってんのよ! さっさとこうやって応援なさいっ!」と俺の両腕を持ち上げて無理やり応援させた。
操り人形のような気分だぜ。
バッターは朝比奈さん。
服装は勿論チアガールのままであり、その姿で打席に上がるもんだから、ピッチャー並びにキャッチャーの目は先程から泳ぎっぱなしだ。
くそう、俺の朝比奈さんをじろじろみるんじゃねぇ。減ったらどうする。
「って、ああっ!」
そうやって、目が泳いでいるもんだから、あろうことかキャッチャーがボールを取りこぼしてしまった。
これは、またとないチャンスである。
しかし、朝比奈さんはその場で困惑したまま立ち尽くしている。
「みくるちゃん、何してんのよ! はやく走るのよ!」
激怒するハルヒの命令に、朝比奈さんはようやくのことで1塁へと向かった。
危うくアウトになりそうであったが、なんとか滑り込みセーフだったようだ。
「次は、俺だぜ! キョン子~! 俺が打ったら、付き合ってくれ!」
アホの谷口がそんなことを言いながら打席に入る。なんだ、あいつは気持ち悪いな。
当然のことながら、アホはアホなりに頑張ったようだが、結果は三振である。
まあ、順当な結果だ。寧ろ、打たれたら俺が困るわ。
その後も国木田のバットが空を斬り、2アウト。残すは、古泉のみとなった。
「では、参ります」
古泉は意を決して打席へと入った。
「古泉く~ん、ちゃっちゃとでかいのうっちゃいなさ~い!」
ハルヒが手を大きく回してホームランポーズをとる。もう、勝った気でいやがる。
いや、流石に古泉でも無理ではなかろうか。
しかし、このままでは不味い。なんとしても、打ってもらわねば。
俺は、恥ずかしさを心の奥底に押し込み、意を決して声を上げる。
「古泉~! 頑張れ~っ!」
すると、ちらりとこちらを垣間見た古泉が若干ニヤリと口角を上げたように見えた。
その瞬間だった。
古泉のバットから放たれた一撃は、ピッチャーそして外野陣のはるか頭上を通り越し、そして――
「ホームラーーーーーーン!」
勢いよくスタンドへと飛び込んでいった。
◇◆◇
試合が終了し、そこには大満足気に白い歯をニヤリと出して仁王立ちするハルヒの姿があった。
ここらで、伝えておくべきかね。
「おっつかれ~! さっきの試合は、素晴らしい出来だったわね」
「ああ、お疲れ。その試合のことなんだがな」
「なに? どうしたのよ、すっごい疲れたような顔をして。まるで不況で派遣切りされたサラリーマンのような格好ね」
「これだけ、劇的な大勝利をしたのだから、もう結構だろ。相手チームのメンツも予想外のことに意気消沈しちまっているし。それに、もう俺の身体はボロボロだ」
それに、古泉もこの後すぐにバイトに行かねばならんらしいしな。
すると、これまた予想外なことにハルヒは文句の一つも言わずに、
「そう。あんたがそれでいいのなら、それでいいわ。あたしも今日は久々に運動して疲れちゃったし」
そういって解散を告げたのだった。
ハルヒによる解散宣言後、帰宅の準備をしていた俺の背後から古泉が現れた。
「あれ? お前、バイトに行かなければならないんじゃなかったのか?」
「ええ、それは今から行きます。その前に、あなたに伝えておきたいことがありましてね」
ん? 一体何の用なんだ?
俺が訳が解らず、ぽかんと口をあけていると、古泉はいつもに増して笑顔を浮かべた。
「あなたの応援があったから、あのホームランを打てたんです。本当に、ありがとうございました」
「いやいや、俺の応援なんてなくなってお前はホームランを打っていただろうさ」
「いえ、そんなことありませんよ。本当に感謝していますよ。おっと、機関の迎えがやってきたようです。それでは」
それだけ言うと、古泉は少しばかり頭を下げた後、去っていってしまった。
全く、律儀な野郎だぜ。
こうして、ハルヒによる無茶難題をなんとかクリアした俺たちだったわけだが、その様子を遠くから見つめる視線があった。
「むぅぅ……」
この出来事により、明くる日突如としてある事象が巻き起こったのである。
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