第2話 女子高生生活の始まり

「なんだこれは……!」


 鏡に映るのは、俺とは似ても似つかない少女だった。

 顏はまあそこまで悪く無い部類ではなかろうか。若干胸のあたりが寂しいが。

 驚愕のあまり言葉を出せずにいると、脇の方から俺を呼ぶ声が聞こえる。 

 ああ、通話中のままだったな。


「いかがでしたか? 女性になられた気分は」


「全くもって不愉快だ。勝手に身体を変えられたんだぜ」


「んふっ。そうですね」


 顔面蒼白な俺を尻目に、古泉は電話の向こうで平生のニヤケ面を浮かべているようだった。あとで会った時に殴ってやるか。


「ところで、俺はどうすればいい?」


「そのまま登校していただくしかありませんね」


 あっけらかんという奴だ。

 俺が何も言えずにいると、古泉は「それでは、お会いするのを楽しみにしておきますね」とだけ告げ、電話を切った。

 恐る恐る俺の部屋をチェックすると、そこには北高の女ものの制服が掛けられていた。

 おい、本気と書いてマジでこの姿で学校へ行くのか。勘弁してくれよ。


◇◆◇


 起きたら女体化という奇天烈体験をしただけでも憂鬱な気分になるのだが、そんな俺にさらに追い打ちをかけるかの如く目の前には早朝ハイキングコースが待っている現実があり、暗澹たる気分が倍加した。

 男の時でもこの学校へと続く道のりはいささかしんどいものであったわけだが、今日は身体が女子になってしまっているからかいつもに増してキツイ。

 そのせいで、登校時間ギリギリに教室に到着する羽目になってしまった。


「おっす」


 俺の後ろの席には、いつもの通り我がSOS団の何物にも侵すべかざる団長である涼宮ハルヒが口をアヒルのようにして遅いといわんばかりの表情で座っていた。

 くそう、誰のせいでこうなっていると思っているんだ。


 その後はと言うと、平生と変わった様子もなく滞りなく授業は終了し、放課後となった。

 変わったところはと言うと、授業中にハルヒが俺の髪の毛をいじってもてあそぶくらいだろうか。

 実に鬱陶しいったらありゃしないぜ。

 ちなみに、髪型はポニーテールである。これは、単純に簡単にできる髪型であるからそうしたわけであって断じて他意はない。


「あたしは今日、掃除当番だからアンタは先に部室に行っておきなさい」


 ハルヒのその言葉に従い、俺は足早に部室のある部活棟へと向かった。

 この状況において、この言葉は好都合だ。

 なんとしても聞いておきたいことがある奴がいるからな。

 部室の前まで来ると、いつもの如くノックをして入室する。


「おや、ようやくいらっしゃいましたか」


 一番最初に反応したのは古泉だ。


「わぁ~、本当に女の子になっちゃったんですねぇ」


 次に、朝比奈さんが俺の顔を見るなり近づいてきて抱きついてきた。

 近い近い。なにか柔らかいものがあたっていますよ。


「……」


 ちなみに、長門はと言うと平生の通り無言でのお出迎えだ。こういう時に、その無反応さは非常にありがたい。

 それにしても、だ。

 俺はどうしてこんな姿になっているんだ? どうせ犯人は解っている。

 ――ハルヒだ。


「恐らく、その通りでしょう。問題はその理由ですよ。なにか心当たりはないのですか?」


 俺の呟きに、古泉が嬉々として答える。

 なんだコイツ。自分は何ともないからっていい気になりやがって。


「そうだな。特にないな」


「そう言われると、困りましたね。こちらとしても、心当たりがないんです」


「私もですぅ……」


 どうやら、古泉や朝比奈さんにも当てがなかったようで、事態は一向に進展する気配がない。

 こういう時は、あいつに聞くのが早いか。


「長門、お前はこの原因を知っているか?」


「……知っている」


 流石困った時の長門さんだ。頼りになるぜ。

 んで、原因は何なんだ?


「涼宮ハルヒは同性の友人が欲しいと願った。だから、貴方は女体化した」


 なるほど。解らん。

 俺が呆然と立ち尽くしていると、横で微笑を浮かべながら聞いていた古泉が納得したように頷いた。


「なるほど。つまり、こういうことですか? 涼宮さんは、何らかの原因によって、同性の友人が欲しいと思った。そこで、今現在一番親しい人物である彼を女性化し解決した」


「……だいたいあってる」


 おいおい、待て。そんなくだらんことで、俺が女体化したというのかよ。

 あいつは本当に突拍子もないことをやらかすもんだ。

 それに、だ。同性の仲間なら、長門や朝比奈さんがいるじゃないか。

 わざわざ男の俺を女体化させる必要なんて全くないと思うがな。


「……朝比奈みくるは、明確には先輩であり友人には該当しない。また、私では彼女の想像する友人関係になりえないと判断されたものだと推測される」


 お、おう……。

 それで、俺が同性の友人として選ばれたって訳か。

 俺は恐る恐る疑問をぶちまける。まあ、ある程度予想はつくのだが。


「じゃあ、結局俺が元に戻るためにはどうすればいいんだ?」


「……同性の友人関係を体験させて満足させ、なおかつあなたが男性の方が良いと涼宮ハルヒに感じさせる必要がある」


「やっぱりか」


◇◆◇


「待たせたわね!」


 誰も待ってなどいないのだが、という俺のせめてもの反論は当然の如く無視され、この絶対的存在たるハルヒ団長閣下は堂々たる様相で部室へと入ってきた。

 そして、その両手にはいつか見たような紙袋が握られていた。


「ひぃっ」


 その紙袋を見た途端、いつぞやのトラウマを再発させたのだろうか、朝比奈さんが小さく身震いさせるのが垣間見えた。


「おい、ハルヒ。また、朝比奈さんに変な服装をさせる気か? もうそろそろいい加減に――」


 俺がいつもの如く、俺が朝比奈さんへの強制的着せ替えを批判しようとしていると、ハルヒははぁ? とさも馬鹿を見るような表情を浮かべ、


「何言ってるの? これは、あんたの服よ」


 あっけらかんと聞き捨てならないことを言いやがった。

 え、マジですか?


「おい、待て。俺は頑としてそんな服は着ないぞ。俺は男だ」


「はぁ? どこが男なのよ。バッかねぇ。ほら、早く脱いだ脱いだっ!」


「うわっ」


 まるで幼女を狙う変態のような表情を浮かべたハルヒに強制的に脱がされそうになる俺。

 すかさず、他のSOS団メンバーに助けてくれとアイコンタクトを送る。


「キョンくん、これも戻るためです。頑張ってくださぁい!」


「……頑張って」


 とまあ、全く力になってくれないようである。

 おまけに、古泉なんてどこから取り出したのか一眼レフカメラを構えている。

 おい、お前はさっさと出ていきやがれ。


 数分後、俺は赤色のチャイナドレスを着せられていた。


「うん、あたしの目に狂いはなかったわ! 完璧よっ」


「ふぇぇ、とっても可愛いですぅ」


「……素敵」


「お似合いですよ。今度、デートに行きませんか?」


 とまあ、SOS団メンバーは様々な感想を漏らしている。

 古泉、本当にお前殴るぞ。

 かなり恥ずかしいせいか、赤面してしまう俺に、ハルヒはさらに上機嫌になって言う。


「明日は、何の服にしましょうか! みくるちゃん、古泉君、なにか案はない!?」


「ふぇぇ、なんでも似合うと思いますぅ」


「警官の制服なんてどうでしょう。彼女の警官姿を想像するだけで胸がドキドキしますよ」


 もういやだ。帰りたい!

 これから、毎日こんな思いをして学生生活を送らねばならんのか……。


 こうして、俺の女子高生としての生活は幕を開けるのであった。やれやれ、先が思いやられる。

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