キョン子の憂鬱
藍うらら
第1話 何か、おかしい
世界がまるで悪魔に支配されたが如くに黒々とした梅雨雲へと覆われ、人々の心を暗澹たる気分にさせていた6月。
じれったい梅雨前線を前に、俺も多分に漏れず暗澹たる気分に包まれていたわけであるが、そんな気分をさらに倍加させる事態が起こった。
その日の目覚めも雨にも負けず風にも負けず颯爽と俺の安眠を奪いにやってきた妹の一声だった。
ただ、その一声がおかしかったのだ。
「キョンちゃん。おーきてー」
「んん……」
重たい瞼をなんとか強引に開けつつ、重い頭を持ち上げる。そして、改めて先ほどの一声を思い出す。
なに、キョンちゃんだと?
「我が妹よ、さっき俺のことをなんと呼んだ?」
「え~? だから、キョンちゃんって呼んだだけだよ」
なんということだろうか。我が妹は、兄たる俺を「くん付」で呼ぶことに飽き足らずついに「ちゃん付」で呼び始めたようである。まったく、やれやれだぜ。
そんな兄の悲痛な表情も妹には伝わらなかったようで、妹は早くご飯を食べるように急かす一言を付け足すとすたすたと三味線を連れ去っていってしまった。
「それにしても、今日はやけに頭が重いな」
そう。なんだか平生に比べて妙に頭が重いのである。
その思いから、ふと頭に手をやる。
「な、なんだこれは!」
驚くのも無理はない。なんと、俺の髪の量が昨夜に比べて倍以上に伸びていたのだ。
これはなんだ? 誰の差し金なんだ……。
――また、あいつか。
と、朝方の二重の意味で重い頭をぐるぐると回しつつそうやって自問自答していると、脇に無造作に置いてあった携帯がせわしなく鳴り響いた。
携帯電話の画面に映し出される発信者名を見ずとも誰からの電話であるかは一目瞭然である。
「おはようございます、僕です」
この憎たらしいまでのイケメンボイスで挨拶をしてくる輩は古泉一樹。俺が所属するSOS団副団長にして、なんと不思議なパワーを操る超能力者である。
「おい、古泉。これは一体なんだ? 俺の髪の毛が滅茶苦茶なことになっている。よもや、髪の毛強制植毛ウイルスでも蔓延してるんじゃなかろうな」
「おや、もう事態を把握していらっしゃるのですか? 素晴らしい順応力ですね」
「そういったお世辞は聞き飽きた。はやく状況を説明しろ」
「ええ、しかし、状況は非常に簡単だと思われますよ」
「簡単? まあ、髪が伸びているだけだからなぁ」
俺の何気ないその一言に、何故か古泉は暫し沈黙した。
いったいどうしたのだろうか。
不思議に思った俺が返答を急かすと、古泉は大変申し上げにくいのですが、と前置きしながら言葉を紡ぐ。
「もしかして、この事態にまだ気づいていらっしゃらないのでしょうか?」
その言葉に、俺は一瞬固まる。
気づいていない? Why 何故?
「だから、髪の毛が異常なまでに伸びているという話だろうが」
すると、古泉は若干困ったような口調で、
「では、そのまま鏡でご自身の状態を確認なさってはいかがでしょう。さすれば、事態を簡単に把握できることでしょう」
その勿体ぶった言い方は非常に癪だったが、ひとまず事態を把握することが先決だ。
俺は急いで階段を駆け下り洗面台にある鏡の前に立ち、そして、驚愕の表情を浮かべる。
「誰だ、これは……」
そこには、俺ではない性別も全く異なる長髪の女子の姿がうつっていた。
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