第8話:夜風

 宴は数時間続き、女神たちは日頃の緊張を忘れて大いに騒ぎ、やがてバッドを中心に、身を寄せ合って安らかな寝息をたて始めた。

 ウルカとフルカ、ユリスとカタリーン、寄り添って気持ち良さげに眠る女神たちを愛おしげに眺め、バッドは静かな笑みを浮かべる。


 ふと気付くと、マナクリの姿がない。


「ベニ、マナクリはどうした?」

「夜風にあたると言って、出ていきました」


 まさか、艦を去ったのではないだろうか?

 バッドは、上等な果実酒を一本手に取ると、はっとして彼女の後を追う。


 マナクリの姿は、艦で一番高い場所、第一艦橋の屋根の上にあった。

 その姿を見つけ、バッドは胸をなで下ろす。


「ここにいたか……どうだ、地上の酒の味は?」


 ぼんやりとした表情で夜の闇を見つめていたマナクリが、ゆっくりと振り返る。


「ひどいものだ……神酒ソーマとは比べ物にならん。おまけにこの頭痛と浮遊感……到底慣れるとは思えんな」

「後でベニから酔い覚ましを貰うといい……だが今は、もう少し付き合えよ」

「毒を喰らわば皿まで、だ……良かろう、注げ」


 マナクリは差し出された盃を受け取ると、注がれた果実酒を煽る。


「面白いだろう、雲に覆われた世界にも夜と昼がある……僅かだが太陽の光が届いている証拠だ、この世界、まだまだ捨てたものではない」


 バッドはそう言って、マナクリの隣に座った。


「マナクリ……君は何故、地上に堕してまで神族撲滅を望む? 君ほどの神ならば、天上においても絶対不可侵の武力として君臨することが出来るだろうに」

「貴様は我を神と呼ぶがな、天上では我らを称してア・スーラと呼ぶ……神を示すスーラと云う言葉に否定冠詞の「ア」を付けた、「神ではない者」という意味だ」


 バッドの問いに、マナクリは静かな口調で答える。


「我らは他の二神族とは違い、戦いと滅びのみを齎す悪しき存在だ、貴様こそ何故、我のような者を引き入れて、希望ある未来を得られると思う?」


 マナクリが問いに問いを重ねる。


「それは、なんとなく……かな」


 バッドの視線が宙を泳いだ。


「ならば我も、なんとなく……だ」


 マナクリが微かな微笑みを見せる。

 それはバッドに初めて見せる、好意的な表情だった。


「君は、自分自身を意味のない存在だと思うのか?」


 果実酒を呑みながら、バッドが問う。


「分からん……ただ、我は生まれてよりこの時まで常に戦乱の中で敵を屠る事を使命として生きてきた。戦場で神族を滅ぼした後は同族同士で殺し合い、唯一最強の力を示す事を是とする……それが戦神族の生き方だ、だが我は……」


 マナクリが瞳を伏せる。


「……納得がいかなかった」


 彼女の言葉を継ぐ様に、バッドが答える。

 マナクリは寂し気な表情のまま、話を続けた。


「掟とは言え、同じ戦場を駆けた仲間を手に掛ける事も、仲間の手に掛かって命を落とす事も、我には到底受け入れられなかった……だから我は神族を離れ、戦場において常に一人で臨むようになったのだ」


「だが、それだけでは君の問題は解決しない」


「天上で二神族の戦いが続く限り、我が同胞はそれを潰す戦いをし、同族同士で殺し合いを続けなければならぬ……その負の連鎖を止め、戦神族を一つの神として栄えさせる為には、二神族を滅ぼし、天上の世界から戦雲を消し去るしかない……我はそう思ったのだ」


「二神族を滅ぼさずとも、全ての戦いをやめさせれば、天上から戦雲は消え去り、人間は再び太陽と雨の恵みが降り注ぐ肥沃な大地を取り戻すことが出来る、そしてその世界で、人と神は再び手を取り合って生きる事が出来るだろう……それが俺の考えだ」


 バッドとマナクリは、互いの瞳を見つめ合う。


「我と貴様、似ているようで大分違うな……だが、明確に合致する点もある」

「天上界の戦力に対する、絶対的優位を持った兵装の実現。それによる天上回帰……殴り込みだ」


 二人は互いに意志の籠った笑顔を送り合う。


「最強兵装、それが合体なのであろう?」


 マナクリが問う。

 バッドは自信を持って頷いた。


「まずはジン・スーラを動かすことだ、明日にも起動実験をしたい。ベニとマナクリ、二人にパイロットをやってもらう。勿論、メインパイロットは君だ」

「やはりもう一人の戦神族とは、あの赤髪のメイドか……」

「ああ、八手を失っているが、神眼は生きている。上手く行くはずだ、君にはベニをリードして貰いたい」

「その、我を君と呼ぶのはもうやめろ、もはや他人ではないのだ……マナクリ、またはお前で良い、我も貴様の事をそう呼ばせてもらう」

「分かった」


 バッドは立ち上がり、マナクリに右手を差し出す。

 マナクリはその手を取ると、バッドに誘われるまま、ゆっくりと立ち上がった。

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