第9話 起動前

「ベニ、新入りの配属先は決まったか?」

「はい、ご主人様、アグリ4番・5番艦に各30名、工作艦に20名、練習航行艦に20名、残りは女性と子供ですが、これは各艦に配属された家族と同じ艦に居住区を確保、身寄りのない者は旗艦預かりとしました」


 紅が淡々と報告する。


「了解した、良い采配だ」


 バッドが微笑む。


「彼等には色々覚えて、自立して貰わなければならないからな……彼らに与える艦の艤装は?」

「練習2番艦にアグリ設備を実装させています。あとは同行する女神の選定ですが……」

「それは成り行きに任せろ、長い付き合いになるんだ、航海の中で築く人間関係、その自由意思に頼るしかないさ」


 バッドはそう言って、温かい紅茶を一口、啜る。


「畏まりました、また人員が足りなくなりますね」


 恭しく頭を下げ、ベニは恭順の意を示した。


「そうでもない、去る者が在れば来る者も在る、それを全て受け止めるのがバッドカンパニーだ」


 バッドが微笑む。


「マナクリ……あのスーラの女神も、ですか?」


 ベニの口調に、静かな棘が浮かび上がる。

 バッドはそれを予測したかのように、優し気な瞳をベニに向けた。


「一緒に組むのは嫌か?」


 バッドが問う。


「私はご主人様に助けれ、今の身体にして頂いた事を、心の底より感謝しています、ご主人様の命令とあれば、いつでも命を捨てる覚悟があります、ですが……」


 ベニはそう言って、瞳を伏せた。


「俺は命令するつもりはない、ジン・スーラに乗るかどうかは、お前が決めればいい」

「起動実験には参加いたします、ですが私は……もう戦いたくありません」


 ベニの心の底から絞り出した言葉を受け取り、バッドは黙って頷く。


「旦那ー、 何してるんだよ、ジン・ガインの起動準備はとっくに終わってるぜー」


 不意に無線の呼び出し音が響き、ユリスの声が飛び込んできた。


「ベニも早く、着替えて……」


 カタリーンの急かす小声も響く。


「わかった、すぐに降りる!」


 バッドは無線を切ると席を立ち、0番ハッチへ向かう。


「それではご主人様、行ってまいります」


 ベニは深々と一礼すると、4番ハッチの附室に向かった。


 ベニが附室の扉を開けるとそこではマナクリとユリスが一悶着を起こしていた。

「貴様、なんだこの服は!」

「何って、パイロットスーツだよ」


 ユリスが、悪びれることなく答える。

 なぜ怒るのか分からない、という表情だ。


「この背中は何だと聞いているのだ! これでは、その……丸見えではないか!」


 マナクリが、赤面しながら、ユリスに掴み掛かる。


「姐さんが八手を出しやすいように、わざわざデザインを変えたんだよ……普通の服じゃ、手を出す度に破れちゃうだろ?」


 胸倉をつかまれ、頭を激しく前後させられながらも、ユリスは服の機能性を説く。

 その背後で、カタリーンは静かな殺気を漲らせていた。


「なんだ、どうした?」


騒ぎをモニターしていたバッドが、附室に入ってくる。


「バッド……! 見るな、見るでない!」


 バッドの視線を感じると、マナクリは地面に膝を突き、剥き出しになった背中の肌を隠すように、カーテンを引きちぎって身に纏う。


「おー、これは……随分とセクシーじゃないか、似合うぞ、マナクリ」


 バッドが笑う。


「我は踊り子ではない! セクシーでどうするか!」


 マナクリの悲鳴が、天を劈いた。


「分かったよ……コクピットに座るまでは、これを羽織っていろ」


 バッドはそう言って、革製のハーフ・コートをマナクリの肩に掛ける。


「あ、ああ……すまん」


 マナクリが、思わず呟く。


「それはお前にやるよ、俺のお気に入りだ」


 バッドは、ニッと笑った。


「お待たせいたしました、ご主人様」


緋色のタイトなボンデージ・スタイルのパイロットスーツを身に纏ったベニが、静かに振り返る。


 あの騒動の中、何をはばかることなく淡々と着替えを済ませる。

 感情の欠落とも取れるその潔さが、バッドに心配を抱かせる。


「揃ったな、じゃあ、始めるか」


バッドカンパニー旗艦:ピカレスク。

その開かずの間とされた4番ハッチが、今、開かれんとしていた。

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