第10話 穿孔

 2番ハッチから発進したジン・アニマが、砂塵を巻き上げて地上に着地する。

右手に携えるのは槍の先端に超大型の虎鋏を備えた近接戦闘武器「クラッシュ・パイク」だ。


「なーお袋、ウルカたちは何で出撃してるんだ?」


ウルカが母親に、間の抜けた口調で問いかける。


「それは、万が一の事が起こった時に、お父様を守る為よ」


フルカは、優しい口調ながら、厳しさを込めて我が子を諭す。


「万が一……あのお姉ちゃんを殺すって事か?」

「最悪の場合はね……ウルカ、覚悟しておきなさい」

「ウルカ嫌だなー……あのお姉ちゃんとは仲良くしたい、殺したくない……」


ウルカが答えるや否や、ジン・スーラのコクピットから、鋭い声が返ってくる。


「わっぱ、殺せるものなら殺してみろ」

「マナクリ姉ちゃん?」


その殺気に、ウルカは子供ながら背筋に悪寒を覚える。


「そうならなくて済むよう、私が制御いたします」


マナクリの啖呵を継ぐ様に、ベニが答える。


「ベニ姉ちゃんも……」


「そういう訳だ、ウルカ。旦那のジン・ガインと自分等のジン・デーヴァが抑えに回るから、お前たちは保険、手は汚させねぇよ」


無線越しにそう言って、ユリスが笑う。


「ウルカ……は、安心していて、良いよ……」


それにダメ押しする様に、カタリーンが呟いた。


「おおー、ユリス姉ちゃん、カタリーン姉ちゃんまで……」


バッド・ナンバーズ全ての女神が臨戦態勢に入ることは滅多にない。

ウルカは未だかつてない武者震いを感じ、小便をちびりそうになる。


「そういう事だ、ウルカはそこで見ていろ、歴史が動く瞬間を、な」

「親父!」


ウルカが歓喜の声を上げると、額に巨大な角を生やした深紅の機体が砂塵を巻き上げ、着地する。

その腰には、神機のオイルに塗れた抜身の太刀が鈍い光を放っていた。


「マナクリ、コクピットの具合はどうだ?」


4番ハッチ、ジン・スーラのメイン・コクピットに座るマナクリに、バッドは声をかける。


「悪くはない……だが、理解できないギミックがあるようだ」


マナクリは思いの外冷静だった。

シートに座り、目の前の計器やレバー類、そして何より、後方に空いた六つの穿孔を気にしていた。


「ベニはマナクリのサポートに回れ、機体出力の制御に専念しろ」

「畏まりました、ご主人様」


マナクリの背後のサブ・コクピットに座るベニが、冷静に答える。


「マナクリ姐さん! 今回の実験は起動だけが目的だからな! それ以上は勘弁してくれよ!」


ジン・デーヴァのコクピットから、ユリスが無線を送る。


「姐さんは止めい、ユリス! マナクリで良い……分かっている、だがな!」


マナクリの口調は、明らかに色めき立っていた。


「だが、なんだよ!」

「こやつ、疼いておるわ……血と、破壊と、何より暴れる事に飢えておる……」

「おいおい、勘弁してくれよ……」


ユリスが上を向いて、額を押さえる。


「そこは私が抑えます。ユリスはデータ取得に専念して下さい。マナクリも、余計な血の気は抑える様に頼みます」


ベニが冷静に言う。


「ち、興が乗らぬのう……」


マナクリは、つまらなそうに言葉を吐き捨てた。


ジン・ガインのコクピットに座ったバッドは、一刻前のユリスの言葉を思い出していた。


「起動実験の前に、旦那には聞いておいて欲しい事が在るんだけど」


ユリスは、翡翠色の癖毛を弄びながら、神妙な面持ちで口を開く。


「旦那が持ち込み、自分らが使っている神機……ジン・スーラを含めれば4機になるんだけど、それが合体するには、一つの超えなきゃいけない、大きな壁があるんだ……」


そう言って、ユリスは立ち並ぶ神機の姿を見渡し、最後にジン・ガインの頭部を見上げる。


「自分が調べた限り、各機には明確な属性があるんだ……分かりやすく磁石で例えると、N極とS極。そんな感じの呼応したり反発したりする力……そういうものが、神機にはあるんだよ」


バッドは、ユリスの話に黙って耳を傾ける。


「自分が調べた限り、ジン・アニマ、ジン・デーヴァはN極。旦那のジン・ガインがS極かと思っていたんだけど、どうもジン・ガインもN極らしいんだ。N極の機体だけじゃ、反発しあって合体はできない……そうすると残りの1ピース、S極の可能性は……」


そこまで言って、ユリスは固く閉ざされた4番ハッチを見やる。


「ジン・スーラしかない、か」


バッドが笑いとも顰めるともつかぬ表情で、溜息をつく。


「多分、間違いないと思う。ジン・デーヴァの分析能力に賭けて、この起動実験で見極めて見せるよ」


そう言って、ユリスは鼻を掻きながら笑った


「分かった、しかしジン・スーラは未知の機体だ、起動だけで済むと良いんだが……」


未知の実験に際し、バッドの胸中も穏やかではない。

それを素直に出せるのも、また家族:バッド・ナンバーズに対する信頼の証だ。


「それは自分も、心配するところさ。ベニが抑止力になってくれることを祈るしかないんだけど」


ユリスも不安を隠せず、後ろ頭を掻かきながらため息を吐く。


「ベニには、辛い役目だな……不甲斐ないが、仕方なくもあるか……見ているだけってのは、情けないものだな」


バッドが自嘲して口の端を歪める。


「自分を責めるなよ、旦那。旦那に凹まれると、自分らの立場がなくなる」

「バッドは……あくまで、堂々としていればいい……」

「そうだな、有り難う、ユリス、カタリーン」


光神族の二人に慰められ、バッドは少し救われた気持ちになる。

一人ではない、自分は一人ではないのだ、と。


「よし、始めよう!」


バッドの号令と共に、旗艦ピカレスク、その開かずの4番ハッチが、鈍い音を軋ませながら、ゆっくりと開いていった。

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