第11話:八手の女神とジン・スーラ

それは、異様という言葉をまさに体現したような姿だった。

全高25m、細身ながらマッシブな印象を与える漆黒のボディと、背中から伸びる6本の腕。

その額には第三の目を宿し、耳まで裂けた口蓋からは凶悪な牙が上下に突き出す。


これまでバッドとユリス以外には晒すことのなかった全容を目の当たりにして、女神たちは息を呑む。


「これが、ジン・スーラ……」

「戦雲を呼ぶ、最凶の神機……」


ジン・スーラは格納庫のハンガーに固定されたまま、立ち尽くす。

ユリスは、ジン・デーヴァの全センサーの指向性をジン・スーラに向けると、おもむろに通信回線を開いた。


「よーし、マナクリ、ベニ、呼吸を整えて、自分が読むタイミングで、少しずつ、少しずつ、神力をジェネレータに流し込むんだ」


ユリスの呼びかけに、コクピットに座る二人は、静かに瞳を閉じ、精神を集中させる。


「いいぞ……そのまま、ゆっくりだ」


ジン・スーラのコクピットの計器類が、少しずつ、順々に光を灯していく。

機体に駆動音が走り、力なく項垂れていた四肢に力が籠っていく。


「機体、エネルギー循環開始、徐々に増幅中……」

カタリーンがセンサーの感知状況を復唱する。


「OK、順調々々、いい感じだ……行くぜ、イグニッション!」


ユリスが号令を掛ける。


『イグニッション!』


ユリスに呼応するように、マナクリ、ベニが声を合わせて叫んだ。

ジンスーラの全身が鳴動し、頭部が意志を持ったかのように上を向く。

そして、二つの瞳が、オレンジ色の輝きを放った。


「やったか!」


ユリスが色めき立つ。


「いや、駄目……エネルギー循環停止、出力低下……」


センサーをモニターするカタリーンが、淡々と呟く。


その言葉通り、ジン・スーラは瞳の輝きを失い、首を垂れ、全身の力が抜 けた様にハンガーにもたれかかってしまう。


「どういう事じゃ、これは!」


コクピットハッチを開き、マナクリが叫ぶ。


「貴様の言う通りにしたが、駄目ではないか!」

「ちょっと待ってくれよ……今診るから」


ジン・デーヴァのコクピットからセンサーを駆使して、ユリスはジン・スーラをチェックする。


「うーん、やっぱり見たところ異常はない……てことは、アレ、かなぁ……」

「アレとは、なんじゃ!」


「八手……だな」


事の一部始終を無言で見据えていたバッドが、おもむろに呟く。


「そう、それだよ、旦那!」


バッドの言葉を受け、ユリスの顔がぱっと明るくなる。


「そのコクピット、背後に6個の穿孔があるだろ? マナクリ、そこに腕を突っ込んでくれないか?」


「我に八手を出せというのか、戦いでもない場所で、聖なる腕を!」

「そうだ、神機は戦いの為にある機械だ、それを動かすこともまた、戦いであると言っても過言ではない」

「仕方がない……という事か」


バッドの言葉を聞き、マナクリは再び心を静める。

そして、精神を集中すると、背中にエネルギー場を形成し、6本の幻肢を出現させた。


その瞬間、ジン・スーラのコクピット後方の6個の穿孔が光り輝き、マナクリの腕を迎え入れる様に、エネルギーの潮流を作った。


「エネルギー循環、再開」


カタリーンが、モニター情報を報告する。


マナクリはそれを聞くと、全身に震えを覚え、瞳を輝かせた。


「この神機……我に八手を求めるか……面白い、スーラの武神は持って六手、八手の魔神など、そうはおらん……それほどまでに我を求めるか!」


そう言って、6本の幻肢を一気に穿孔へ突き入れる。


「待って、止めて下さい、マナクリ!」


ベニがとっさに叫ぶ。


その叫びもむなしく、マナクリが八手をつかった瞬間、ハンガーに固定されたジン・スーラの背後の腕部ユニットが展開し、固定装置を破壊する。

その全身にはエネルギーが漲り、力強い歩調で格納庫を離れ、大地に降り立つ。


オレンジ色の眼光は眩く輝き、耳まで裂けた無数の牙は顎を開き、大地が鳴動する程の咆哮を放った。


「ジン・スーラ……起動……これが、鬼神の姿……」


カタリーンが冷静さの中に、不安を隠せない。


「こ、こやつ……グアアア!」

全ての腕を神機に囚われたマナクリが、上半身を仰け反らせて苦しむ。


「流れる……流れ込んでくる……こやつの狂気、破壊の衝動が!」


マナクリは、自らの身体に流れ込む神機の記憶に翻弄される。


「マナクリ!」

「ベニ、制御を! マナクリの神力をカットしろ!」


バッドが叫ぶ。


「……ダメです、これは私でも……!」

「ぐあ、あああああ……!」


二人の悲鳴を巻き込み、砂塵が晴れる。

そこに佇むのは、三眼八手の異形の神機……ジン・スーラ。

眼光はオレンジに輝き、ゆっくりと歩を勧める姿は、若干猫背ながら、両腕は絞め殺す相手を求め彷徨っている。


「マナクリ! ベニ!」


 バッドが無線で呼びかける。


「ご、ご主人様……」


ジン・ガインの無線機が鳴る。

ベニだ。

その声は、苦しみに満ち、きわめてか細い。


「ご主人様……今は、このままジン・スーラの出力を観察すべきだと思います。私は大丈夫です、マナクリの意識も必ず取り戻します、だからそれまで、ジン・スーラを押さえて下さい、お願いいたします……」


そう言い残して、無線は切れた。


「やばいぜ、旦那! どうする?」

「ジン・デーヴァは己を防御しつつ、データ収集を続けろ、マナクリたちは俺が押さえる」


「分かった! 旦那はやると言ったらやり遂げる男だからな、頼りにさせてもらうぜ!」


「いい子だ、ユリス……さて、この化物を無傷で押さえるか……骨だな」


咆哮を上げるジン・スーラを前に、王の神機:ジン・ガインは、おもむろに刃を抜き、立ちはだかった。

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