第7話:饗宴

 テーブル上は、料理と酒で溢れていた。

 肉や野菜を香辛料を使って煮たり焼いたりしただけの素朴な料理だが、それ故に芳醇な香りを醸し出す皿が所狭しと並び、果実や米・麦を主原料とした醸造酒や蒸留酒が惜しげもなく樽で振舞われる。

 テーブルの上座にはバッドとマナクリが並んで座り、その両サイドを埋める様に獣神族と光神族の女神が座り、バッドの言葉を待っていた。


「みんな、ご苦労……我が艦隊は今日、待望の戦神族の女神を迎えることが出来た。これは、我が艦隊にとって大きな前進である! 皆、我らが目的のためにこの出会いを祝し、共に未来に進むため、大いに喰らい、飲み、親交を深めようじゃないか!」


 バッドが盃を上げると、5人の女神は一斉に勝鬨を上げ、盃を飲み干した。

 かくて、饗宴はその幕を開ける。


「さあ、マナクリ、喰ってくれ!」


 バッドは自ら大皿の料理を取り分けると、マナクリに差し出した。

 その匂いを嗅ぎ、マナクリは鼻を曲げる。


「これが料理だと? 貴様ら、どういう味覚をしておるのだ?」

「我が艦隊自慢のアグリ艦で採れた肉と野菜だぞ? 素材の生産は勿論、香辛料から調味料の精製まで一貫して行っているのは、バッドカンパニーくらいだ。素朴だが、これが大陸で一番のご馳走だ」

「こんなものが、ご馳走……?」


 再び匂いを嗅ぐと、あからさまに嫌な表情で皿から顔を反らす。


「あー! 喰わず嫌いだ!」


 ウルカが指をさして叫ぶ。


「ウルカ! 人を指さしてはいけないと、いつも言ってるでしょう!」


 フルカが叱ると、ウルカはぷっとむくれ顔になった。


「でも、ウルカの言う事も一理ありますね……マナクリさん、せっかく王が御自ら取り分けて下さったのです、一口だけでも食べてみては頂けませんか?」


 フルカが微笑みかける。


「獣神族の年増が、我に指図するな」


 マナクリがフルカを睨みつける。


「年増……?」


 フルカの笑顔が引き攣り、表情を変えぬまま、みるみる殺気を漲らせて来る。


「待ちなよ、フルカ姐さん……私達も最初はそうだったじゃないか。信じられる者も頼れる者もなく、地上に落とされ途方に暮れてた……食べるものだって、最初は全然口に合わなかった……尖がっちゃいるが、戦神族のこの姐さんも私達と同じなんだと思うぜ?」


 ユリスがそう言って仲裁に入る。


「光神族のチビが、一緒にするでないわ」


 マナクリはあくまで悪態を貫き通す。


「……チビって言ったか、ゴルア!」


 ユリスが瞬間的に沸点を超えてマナクリに掴み掛る。

 それを後ろから羽交い絞めにして、必死に止めるのはカタリーンだ。


「ユリスにひどい事、言うな……」


 小声ながら、ドスの利いた口調でマナクリを睨みつける。


 その顛末を傍観していたバッドが、おもむろに動く。


「分かった、分かったから……皆、鉾を収めろ」


 そう言って、バッドはマナクリから皿を取り上げた。


「悪かったな、マナクリ……嫌なら食べなくてもいい」


 そう言って、ウルカを手招きする。

 ウルカは喜々として、バッドの膝に乗った。


「こんなに美味いのにな……ほれウルカ、アーンしな?」

「おお、愛だな? アーン!」


 ウルカは一際大きな口を開け、満面の笑みで料理を頬張った。


「ずるいですわ、アナタ……ウルカにだけ! 私にも、ね? アーン!」


 そう言いながらフルカがすり寄り、瞳を閉じて口を開ける。


「フルカは自分で食べなさい」


 バッドが素っ気なく言うと、フルカは涙目になる。


「お袋、大丈夫だ! お袋にはウルカが愛をやる! ほら、アーン!」

「うう、幸せだけど、なんか寂しい……」


 料理を頬張りながら、フルカは複雑な心境で涙をこぼした。


「ははは! 相変わらずの仲良し親子だな!」


 ユリスが豪快に笑う。


「僕もユリスの子供、欲しい……」


 カタリーンがポツリと呟く。


 広間はいつの間にか、マナクリを取り残して団欒の雰囲気で盛り上がっていく。

 置いてけ堀にされたマナクリは、堪らずテーブルを叩いた。


「我を……我を無視するな!」


 顔を真っ赤にして猛り狂う、殺戮の女神。


「だってお前、食べないと言ったじゃないか……食べない子は仲間に入れてあげません!」


 バッドがきっぱりと言い放つ。


「喰わぬとは言っておらん! ……皿を寄こせ! それと酒だ、酒も注げ!」


 バッドから皿をひったくり、香辛料の匂いの効いた肉料理をマジマジと見つめる。

 そしてゴクリと生唾を呑むと、肉を一掴み、口の中にねじ込んだ。

 一噛み、二噛みしてから酒を煽り、一気に喉の奥に流し込む。


「ふ、美味いではないか……」


 瞳の端に涙を浮かべながら、マナクリは不敵に笑って見せた。


『こいつ、面白いな……』


 バッドが心の中でほくそ笑む、こいつとなら上手くやっていけそうだ、と。


「よし! マナクリ姐さん、ジャンジャン行こう!」


 ユリスが酒を注ぐと、マナクリはそれを一気に飲み干した。


「野菜も、あるよ……」


 カタリーンが皿一杯に温野菜を盛って差し出す。

 親切を装っているが、先のユリスに対する暴言に対する、ささやかな意趣返しだ。


 マナクリは口角を引き攣らせながらも皿を受け取ると、自棄になったように、一気に喉に流し込んだ。


「親父、親父! もう一回、アーンして!」

「アナタ、アナタ! 今度こそ私にも!」


 ウルカとフルカ、親子が揃って口を開ける。

 バッドが二人の口に肉を放り込むと、親子揃って満面の笑みを見せた。


 饗宴は狂宴となり、5人の女神と一人の男を飲み込んでいく。

 ただ一人、ベニだけは冷静にそれを見つめ、広間の片隅で酔い覚ましの薬を用意していた。


「ご主人様、良い女神に出会われましたね……」


 楽しげに騒ぐバッドを見つめているだけで、ベニは幸せな気持ちになれる。

 それは、つかの間の平和。

 艦隊に戦神族が二人揃ったという事は、アレが動き出すという事だ。


 戦神機:ジン・スーラ。

 それは戦いの雲を呼び寄せる最凶の神機。


 自らにも降りかかる運命を予感して、ベニの胸中は俄かにざわめいていた。

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