第二十五話・守り抜いた笑顔~これがなによりのご褒美かもね~

天鵞絨びろうど!無事か!」

 浅葱あさぎにいから通信が来た。どうやら援軍を引き連れてきたようだ。

「まあ、なんとなね。でも、援軍はちょっと遅かったかな」

 浅葱あさぎにいが周囲を調べる。敵影を発見できなかったようだ。

「まさか…あれを倒したのか?」

「うん。でも、ボロボロになっちゃった。真賀田まがた整備長に怒られるね…」

 改めて自分の機体の状況を見る。ブースターはいかれ、砲は両方壊され、両腕がない。当たり前だが、「飛拳キャノンナックル」で飛ばした拳は戻ってこない。それがこの武装の一番の弱点である。

「いや、大手柄だよ」

「それに、あいつを逃がしてしまった。遠くない未来、大きな障害になるのは分かっているのに…」

「それは、仕方がない事だよ。この瞬間くらい、未来の脅威より現在の喜びを謳歌しよう」

 そういって浅葱あさぎにいはデータを送ってくる。

「敵機、四百十二機中三百八十七機撃墜、二十五機撤退。僚機、九十四機残存。敵影なし。僕達の完全勝利だ!」

 浅葱あさぎにいの言葉とともに、全機体と「神無月かんなづき」から一斉に通信が送られてきた。そこから、歓声が大きく響いた。みんなが喜んでくれて、俺は嬉しかった。嬉しかったのだが、流石に耳がおかしくなりそうだ。みんな何か言っているが聞き取れない。

「あ、あの、もう少しボリュームを…!」

 止まらない。鼓膜が破れそう。それに気づいた浅葱あさぎにいが、こちらの機体にアクセスし、通信を制限してくれた。

「大丈夫、天鵞絨びろうど?ごめん、こんなになるとは思わなかった。でも、みんな本当に嬉しいんだ。その気持ちを天鵞絨びろうどに伝えたいんだ」

「うん、分かっているよ」

 救えなかった命もある。でも、今歓声を上げている人達の命は守れた訳だ。その事を考えると自然と頬が緩んでしまう。

「まあ、本当に天鵞絨びろうどと話したい人達は後で話しかけてくるだろうから、主要な人達からの通信だけ繋げるね」

 浅葱あさぎにいがそう言うと、目の前に氷見ひみ総司令が映った。

天鵞絨びろうど様、我々の国を守っていただき、本当にありがとうございます」

 そう言って、頭を下げた。何か返事を言おうとした時、画面が別のものに変わった。どうやら制限時間は短いらしい。 次に移ったのは、貝塚かいづか参謀だった。

「私の作戦では、ここまで上手くいかなかったでしょう。心から感謝します」

 すぐに別の画面に切り替わる。やはり、返事を言う時間は貰えないようだ。

 次は、御剣みつるぎ艦長が映る。

「『尼子あまご』に最高の最後を与えていただき、ありがとうございました。『尼子あまご』に代わり、わしから礼を言わせて貰います」

 御剣みつるぎ艦長は、今回の裏の功労者だ。こちらからも、その事についてお礼が言いたかった。それは、また今度にするしかないようだ。

 恐らく最後であろう。加々見かがみ大佐が画面に映る。

天鵞絨びろうど、よくやってくれた。流石、私の弟子だよ!お前は私の誇りだよ!」

 加々見かがみ大佐がいなければ、俺はこの場所に立っていなかった。加々見かがみ大佐が師匠で本当に良かった。

 もうこれで終わりと思っていたが、浅葱あさぎにいが画面に映った。

「え、浅葱あさぎにいも何かあるの?」

「扱い酷くないっ⁉」

 考えてみたらいつもこんな感じな気がする。今回は戦闘モードでそういう会話あんまりしなかったけど。

天鵞絨びろうど、みんなが君に感謝している。だから、一言何か言ってあげてくれないか。天鵞絨びろうどと話をしたい人は多い。でも、それじゃきりがない。全ての通信にその声を届ける、これなら平等だろ」

 平等なのだろうか?まあ、いいか。みんなに伝えたい気持ちはただ一つ。俺からも感謝の言葉を言いたかった。

「皆さん、俺に付いて来て頂き、本当にありがとうございました!」

 浅葱あさぎにいがわざと通信規制を外す。また歓声が沸き起こる。耳が痛い。でも、全然悪い気分にはならなかった。

 少しづつ歓声が止んでいく。俺達にはやらねばならない事がまだまだある。そろそろ、機体を帰投させなければ。さあ、「神無月かんなづき」に帰ろう!


 「神無月かんなづき」に帰投した俺は、すぐに正座をさせられる羽目になった。

真賀田まがた整備長やめて下さい! 天鵞絨びろうど様は今回の戦いの英雄ですよ!」

 整備員の一人が止める。正直、そういう扱いは止めて欲しい。英雄願望がある訳でもなく、逆に特別扱いされるのが苦手である。恐らく、さかきとして多くの人に特別扱いされ、避けられたのが原因である。

「いえ、止めなくていいですよ。こうなる事は分かっていましたから」

「そういう訳だ。さっさと作業に戻りな!」

 俺を庇った整備員は、そう言われて渋々作業に戻った。俺を想っての発言なのにすいません…

「機体がボロボロなのはしょうがない。戦闘だからこうなる事もあるさ。でも…使ったな?」

「…使いました」

 秘密七機構シークレットセブンギミック飛拳キャノンナックル」。あれは、真賀田まがた整備長から出来るだけ使うなと言われていた。後処理が色々面倒なのである。

「そもそもこいつは付けている意味が有るのか?射程、威力、飛距離、弾速、全て小型AMエーエム砲の方が上じゃねえか」

「ノリで強そうには見えます!」

 実際は強そうであっても、強くはない。こいつを付けた理由は別にある。

「それに、一発しか撃てないし、腕戻ってこないし」

「回収すればその場で腕を付ける事が出来ます!まあ、推進エネルギーがないので一発しか撃てないのは変わりませんが…」

「それに、整備がめんどくさい。もう一度飛ぶようにするのにどれだけ時間が掛かると思っているんだ」

 真賀田まがた整備長が怒っている理由はそれである。まともにやっていたら、この作業だけで半日掛かるらしい。

「一応利点もありますよ…チャージ時間がないのと、敵の不意を突けるのはこの兵器の良いところです!」

「それだけだろ」

「でも、今回それが役に立ちました」

「…確かにな」

 ようやく正座から解放してもらった。というかこの人、パンツ見られた時より怒っていないか?

「で、次の出撃はいつだ?お前の見立てでいい」

「恐らく、二日後くらいですね…」

「まじか…二日でこれを直さないといけないのか…」

 素人目に見ても、二日で直る損傷ではなかった。しかし、直して貰わないと戦う事が出来ない。心苦しいが、真賀田まがた整備長には、頑張って貰うしかない。

「…ご迷惑掛けます」

「いや、仕事だしな。高給取りだし、その分はやんねえと。しっかし、これは時間が掛かるな」

 そう言って、真賀田まがた整備長は作業を開始する。すいません、特別手当が出る様に俺から打診しときますので。

「そういや、お前に二人お客さんが来てるぞ。会ってやれ」

 二人?一人は芹菜せりなだとして、もう一人は誰だろう。

「おにい、こっち」

 声がした方向を向く。そこには資材にちょこんと座っている檀弓まゆみがいた。


「取りあえず、ハイタッチね。イエーイ」

「イエーイ」

 パチンと手と手を合わせる。

「おにい、よくやってくれた。褒めて遣わす」

「なんか偉そう」

「かぐやだから実際に偉いのだ!」

「そうだった!」

 檀弓まゆみは妹である印象の方が大きくて、つい忘れてしまう。一応、一国の主なんだよね檀弓まゆみは。

「それで、何か話があるのか?」

「大体分かっているでしょ」

「まあ、ね。じゃあ、言い方変えるよ。この戦争を終わらせる方法思い付いたのか?」

 檀弓まゆみの事だから、もうそこまで考えが至っているだろう。

「一応ね、二度手間だからここでは説明しないけど。この後すぐに会議になるからそこで説明する。私はおにいを迎えに来たの」

「…忙しいなあ」

 どうやら休む時間はないようだ。仕方がない、もう敵は次の戦いの用意を始めているだろう。すぐにその対策も考えなければならない。それにしても、お腹が空いた。もう夕飯時だ。どうやらご飯抜きになりそうだ。

「すぐって言っても、三十分後くらいだから、少し休憩してていいよ」

「そうする。うう、ご飯が食べたい…」

「それについては抜かりがない、檀弓まゆみちゃんなのでした!なんと芹菜せりなが夕飯を作っているのです!さあおにい、私に感謝しなさい!」

 取りあえず、ハハーっとひれ伏してみた。まあ、実際ありがたいんだけど。

「そういや、芹菜せりながここに入って来たのも檀弓まゆみのお陰なんだろ。あんがと」

「おうおう、感謝しなさい。どうせ芹菜せりなが来るまで、おにい緊張でガチガチだったんでしょ。それを予測しての采配です」

 ばれてる。いつもながら、檀弓まゆみの先読みは凄い。実の妹ながらちょっと引く。

「あ、後、そろそろ芹菜せりなが帰って来るから、耐衝撃ショック体制よろ」

 檀弓まゆみがそう言うと、遠くの方から何かが走って来る音がしてきた。

「びいいいいいいいいろおおおおおおおおどおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 何かが俺に猛スピードで飛びついてきた。芹菜せりなだった。


 真賀田まがた 聡美さとみは心の底から驚いていた。いったい何が起こった⁉見てみると、天鵞絨びろうど様の恋人と言われていた女性が、天鵞絨びろうど様に抱き着いて高速で頬ずりをしていた。

「ああああああびいいろおおどおお!会いたかったああああ!すううううはあああああ!天鵞絨の《びろうど》匂い!天鵞絨びろうどの手触り!天鵞絨びろうどの抱き心地!全て一日ぶりですうううう!」

「ちょっとは、落ち着こう」

「ふみゅ!」

 天鵞絨びろうど様が軽く頭にチョップをした。

「だって私、天鵞絨びろうどに一日以上会えなかったんですよ。色々成分が足りません。もう少しこのままでお願いします!」

「なら、しょうがないか」

 しょうがないのかっ⁉

 この人は本当に、天鵞絨びろうど様の帰りを大人しく座って待っていた上品なお嬢さんと同一人物か⁉女がしてはいけない表情してるぞ!

「嘘みたいだろ…あれ、私のおねえになるかもしれない人なんだよ…」

 いつの間にか檀弓まゆみ様が横に立っていた。

志社ししゃ 芹菜せりなさかきに仕える使用人」

「使用人っ⁉」

 いや、まあ、服装で薄々気づいてはいたのだが。

「良いんですか?主と使用人が…その…恋人なんて」

「それは大丈夫。さかきはそこら辺、特に気にしない。むしろ、どこぞの馬の骨を連れてくるより、信頼できる使用人の方が歓迎されるくらい」

 なるほど…それならいいのか?

「ただし、二十七歳!」

 は?今何て言った?

「二十七歳⁉私より年上⁉」

 おいおい、お嬢さんって言ってしまったよ!というか見た目若いなおい!

「失礼ですが、天鵞絨びろうど様今何才ですか?」

「おにいは十二月が誕生日だから、まだ十六歳。つまり十一歳差」

「十一歳差⁉」

 干支が一周しそうだ。使用人の立場以前に、そっちの方が大丈夫なのか?

「それでも二人は仲がいいけどね。愛に年の差なんて関係ないの一つの例かも」

「はあ…」

 改めて二人を見る。

「すうううはあああ!すうううはあああ!」

 って、いつまであの人は頬ずりしてんだ⁉そろそろ天鵞絨びろうど様だってブチ切れるんじゃないか⁉

「やっぱ芹菜せりなは癒されるなあ…」

 癒されるのっ⁉


 さかき 天鵞絨びろうど芹菜せりなの頭をなでなでしながら、今後について考えていた。「葉月はづき」との戦争はまだ終わっていない。敵にはまだまだ余力がある。すぐに新たな部隊を編成し、この国に攻めてくるだろう。それを俺はあと何回防ぐ事が出来るのだろうか?それに、もし「葉月はづき」との戦争が終わっても、他の国が黙っているのだろうか?地球に資源はどの国も欲しいだろう。仮に「葉月はづき」に勝ったとしても、この国は他の国と戦う余力はないだろう。その隙を他の国が放っておくのだろうか?心配な事は、まだある。あの黒い機体だ。あれは一体何だったんだろうか?少なくとも「葉月はづき」の将軍ではないはず。あんな奴は聞いたことがない。しかも奴の口からは別の人物の名前が出ている。トヨ、そいつは一体何者だろうか?もし、あの黒い機体と同格だとしたら、俺は本当に勝てるのだろうか。今回の勝利は確かに大きい。しかし、それで楽観視出来る程、状況は良くなかった。

天鵞絨びろうど!言い忘れていた事があります!」

 芹菜せりなが話しかける。何だろう?

「おかえりなさい!」

 その言葉を放った芹菜せりなの表情は、とても、とても眩しい笑顔だった。

「…うん、ただいま!」

 釣られて俺も笑ってしまう。

 月歴げつれき百二十一年八月十八日、この「神無月かんなづき」と「葉月はづき」の戦争をきっかけに、十二国家は混沌の時代へと突入する。

 ただ、今は、この笑顔を守れただけでも、良しとしますか。

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