第二十四話・秘密七機構~これが俺の戦い方だ!~

タエガは戦いそのものは、別に好きではなかった。ただ、その際に聞ける悲鳴は大好きだった。真面目な堅物も、ごつい大男も、プライドの高い女も、残酷を気取った奴も、みんなみんな、死ぬときは情けない悲鳴を上げていた。それがとても甘美だった。それを聞くために、通信に割り込む技術を習得したくらいだ。悲鳴は良い。実に良い。心が満たされる。さっきの装甲をこじ開けようとしたパイロットの悲鳴も凄く心地よかった。だが、もっと極上なものがある。強い奴の悲鳴だ。強い奴の声には、独特の力強さを感じる。そいつの性格がひょろっちくても関係がない。強い奴の声は違うのだ。そこから聞ける悲鳴は、まるで天使のさえずりようなのだ。だから、聞きたい。この戦いを指揮していたのは、恐らく今目の前に居る奴だ。こいつは強い。それもとびきりだ。ああ、聞きたい。こいつの悲鳴が聞きたい。もう、邪魔する奴もいない。だからゆっくりと味わう事が出来る。

「さああぁぁあ!きぃかせてくぅれよおおおぉぉお!てめえええええぇぇえの悲鳴をよおおおおぉぉお!」


 さかき 天鵞絨びろうどは構えた。黒い機体が来る!段々と、その動きに慣れ、少しは攻撃が見える様になっていた。しかし、それに反応できるかどうかは別である。下から突き上げる様に迫ってきた、黒い機体の攻撃で、AMエーエム砲が一門、壊されてしまった。しかし、もう一門は守る事が出来た。太刀ではじく事に成功した。しかし、それでもAMエーエム砲が壊された事には変わりない。少しづつ慣らす。次は、もう一門のAMエーエム砲が壊されないようにする。

 左から攻撃が来る!その攻撃に合わせ、太刀を振るう。今度は両手の攻撃、どちらも防げる事が出来た。


 タエガは驚いていた。俺の攻撃を防ぎきっただと?初めての事ではない。うちの組織のメンバーなら誰でも出来る事だ。だが、そういう輩は、前もってその噂が耳に入ってくる。こんな小国に、それほどの腕を持つ者が居るとは思っていなかった。それは、嬉しい誤算だった。それほどの一品に出会えるとは思っていなかった。

「ぎゃーははははは、こんな奴が居るなら、トヨも来れば良かったのになあ」

 現在、「葉月はづき」で待機している自分の主の事を思い出す。もったいねえなあ。しかし、そのお陰で独り占め出来るのも事実である。

「さあ、まだまだいくぜえぇ!さっさと悲鳴を聞かせてくれよなああぁ!」


 さかき 天鵞絨びろうどは少しづつではあるが、追い詰められていた。防御は出来る。だが、攻撃が届く気がしない。このままだとジリ貧である。いつ集中力が切れるか分からない。だから、考える。攻撃を届かせる策を。ひたすらまでに考える。実は、一つだけ方法は見つけている。だがそれは、余りに一か八かのものだった。他に方法がないか考える。だが、考えるのに集中し過ぎて、防御が疎かになってしまった。右方から鋭い一撃が来た。反応が追いつかない。ついにもう一門のAMエーエム砲が壊されてしまった。後は左手の太刀と秘密七機構シークレットセブンギミックだけである。秘密七機構シークレットセブンギミックは全てが攻撃用ではない。さらに、太刀より汎用戦は低い。出来れば太刀は持ったままでいたい。そうでなければ一か八かの策も使う事が出来ない。いや、もう使うしかない。太刀まで失ってしまったら、それこそ勝機がない。覚悟を決める。もう、これしかないのだ!

 俺は、策を実行する為に、機体正面にわざと隙を作った。


 タイガはいぶかしんでいた。相手の堅固な防御が解かれ、正面に隙が出来る。誘っている。明らかに罠だ。そんなもの無視すれば余裕を持って勝てるだろう。だが、策が破られた時の絶望の声は、それもまた甘美であった。悩む。安全性を取るか、快楽性を取るか。だが、最初から答えは出ていた。悩む必要はなかったのかもしれない。俺が快楽を捨てるなど、自己の否定である。罠が有ろうとそれ事叩き潰せばいい。リスクなんて破り捨ててしまえ。敢えて真正面から突っ切る!

「ぎぃあははははは、いいいぃぃくぜえええぇぇえ!」

 相手のブースターの動きを見た。あれは、急速に後ろに下がろうとしている。要はバックステップである。狙いはタイミングを計り、後ろに回避。そして俺が空振りした隙に、一撃で仕留めるってところだろう。普通の奴なら回避出来ず、真正面から腕を切られて終わりだろう。だが、あいつは俺の動きに反応が出来る。策としては上々だ。敵に真正面を開けるというリスクを、堂々とやってのける度胸も面白い。俺じゃなかったら勝っていたかもなあ!対策なんて簡単だ。攻撃のタイミングをずらせばいい。バックステップで回避出来ないほど近づいてから攻撃すればいい。これで終わりである。楽しみだ。もうすぐこいつの悲鳴が聞けるのだ。急かす気持ちはもう抑える事が出来なかった。ブースターを最大にし、目の前のご馳走に食らいつく。相手のブースターが急点火する。

「ざあぁぁあんねえぇぇえん!そいつは読んでんだよおぉぉぉお!」

 そのまま真っすぐ相手に突っ込み続ける。だが、俺は見た。

 ―敵機体から、

「はあああぁぁ?」

 生えてくるという表現は正しくはない。臀部上部あたりの飾りが、小型のブースターへと変形したのだ。その出力の方向は前方へと進むものだった。つまり、ぶつかってくる。

「回避!できねええぇぇええ!」

 当然だ。こちらは最大出力で加速しているのだから。俺の機体は相手にぶつかり、大きく吹き飛ばされる事になった。


 秘密七機構シークレットセブンギミック可変第二推進装置フリーブースター


 これは元々、こういう使い方をするものではない。本来なら、急速な方向転換用に付けたものだ。つまり、曲がる為だけに使用する。昔、浅葱にいに見せて貰ったアニメーションの主人公が、空中でギザギザな線を描くように飛んでいた。それをなんとか再現出来ないかと作ったのがこれである。結果、その動きが可能になった。三秒間だけ。小型で大出力なので、推進の為のエネルギーが乗せられないのである。しかも、ギミックの為、他の部分からエネルギーを持ってこれない。なので、三秒間だけである。しかし、リスクとしてはその使用時間の短さだけなので、秘密七機構シークレットセブンギミックの中では使いやすい方である。間賀田まがた整備長曰く、「そんな動きが必要な場面なんてねえよ!」という事らしいが、今回は役に立てる事が出来た。やはり、積んでいて正解だった。まあ、用途通り使ってないけど。


 さかき 天鵞絨びろうどは安堵した。策が上手く決まった。加々見大佐のパンチで吹き飛んだ機体だ。当然、正面からの体当たりには押し負ける。結果相手は、大きく機体のバランスを崩す事になった。

 今の動きで、どちらのブースターも多少いかれてしまった。特に「可変第二推進装置フリーブースター」は完全に動かない。後ろと前、どちらにも動こうとした挙句、無理やり前に加速したのだから当然である。この策は、真正面を開けるリスクとともに、ちゃんと思い通り機体が動くかという問題点が有った。しかし、上手く動いてくれたようだ。

 今、相手は回避運動を取れる余裕がない。後は太刀で切り裂くのみである。ブースターがいかれていても、太刀の間合いならギリギリ届く位置にいる。早く止めを刺さなければ、また動き出してしまう。

 それにしても、さっきからアラートがうるさい。ブースターがいかれたにしても鳴り過ぎている様な気がする。他にどこかいかれたのかもしれない。その部分のチェックは後回しだ。早く太刀であいつを切らねば!

 だが、太刀は動くことがなかった。その持っていた腕ごと、機体から切り外されていた…


 タエガはパイロットスーツのヘルメットを開け、滴る汗を腕で拭った。

「あぶねえあぶねえ、やられるところだったぜ」

 体当たりが当たる瞬間、なんとか相手の腕を切り落とす事が出来た。こちらの機体も思い切りぶつけられて、推進装置がおかしくなったが問題ない。すぐに移動は出来る。今までのような回避が出来ないだけだ。それはそれで問題だが、幸い相手には武器がもうない。正確にはあるが、あれは問題ないだろう。拳に緋緋色金ひひいろかねを仕込んでいるようだが、殴りが当たる状況などもう作らない。すぐに右手も切り落としてやる。そうすれば、後は念願のお楽しみタイムだ。思う存分悲鳴が聞ける。そう、思うと我慢が出来なかった。本当なら推進装置の復旧し、万全な状態にしなければならない。だが、本来復旧に使う時間で相手の通信に無理やり繋げるようにする。もう、あいつは震えている頃だ。なんて言ったって攻撃手段がない訳だ。しかも、あの無茶な動きなのかまともに動けないようだ。周囲に仲間もいない。絶望だ。いい感じの絶望だ。きっと、心地よい悲鳴を聞かせてくれるに違いない。相手の通信にアクセス出来た。回線を開く。

「ぎゃーはははははは!絶望してるうぅぅぅう?今から君をなぶり殺しにしちゃいまあぁぁあす!」


 さかき 天鵞絨びろうどは呆れていた。相手がこちらの通信に無理やり繋げてきた。敵機の動きは今までみたいに素早くなかった。相手もブースターがおかしくなっているようだ。それを無視して、わざわざこちらに話しかけてきた。それほどの意味があるのかと思った。そんなものは、まるでなかった。やっている事は、ただの煽りである。もう、自分が勝利したと思っているのだ。まだ勝ててなどいないのに。こいつは戦い自体はどうでもいいのかもしれない。その結果訪れるものに価値を見出す者だ。戦いに真剣なものが、こんなどうでもいい事をするはずがない。

「ぎゃははは、ぎゃーはははっはははははっは!聞かせろよおぉお!てめえぇぇえの悲鳴を聞かせろよおぉぉお!ぎぃはっはっはっはっは!」

 俺は昨日読んだ小説の内容を思い出す。

「…お前、笑ったな?笑いやがったな!」

「あ?」

「戦場で笑って良い奴は、純粋に戦いを楽しんでいる者か、勝利した者だけだ…!」

 お前はどちらでもない!

「…何を言っているんだ、お前?頭が沸いたか?いいからさあぁ!さっさと悲鳴を聞かせろよお!」

「兵士の身体は全てが兵器だ!油断すべきじゃなかったな!」

 相手はこちらに武装がないと思っている。攻撃が届かないと思っている。俺をなぶり殺して終わりだと思っている。悪いが、全て外れだ。俺には、「出雲いずも」にはまだ武装が残っている。この拳が残っている。こいつであいつを殴り飛ばす。

 相手は無防備にこちらに鋸を向け近づいて来る。ブースターの不調などお構いなしだ。

「終わりだあああああぁぁぁぁぁあああああ!」

 相手が叫ぶ。こちらに止めを刺すつもりだ。

 胸が熱い。心が高揚する。この武装は、俺の魂だ。そいつを今、あの糞野郎にお見舞いする。

 右腕を大きく後ろに下げる。そして、そのまま振り下ろす。しかし、瞬間黒い機体が後ろに大きく引いた。こちらの動きを読んでいたようだ。

「届かなねえええええぇぇぇぇぇよおおおおおぉぉぉぉぉ、ばあああぁぁぁか」

「いいや、届く‼」

 その振り下ろした拳を―


 秘密七機構シークレットセブンギミック飛拳キャノンナックル


「いっけええええええええ!こいつが、俺の魂だああああああああああああああああ!」

「なああぁぁぁああにいいいぃぃぃぃいいいいい⁉」

 黒い機体はいかれたブースターで回避しようとする。だが、不調のブースターでは回避しきれない。コクピットを狙って射出した右拳は、相手頭部にぶち当たる。

「ぐぐぐぐぐぐがあああぁぁぁあああ!」

 そしてそのまま、相手頭部と、上半身の一部を砕き潰した。


 だが、完全に落ちてはいなかった。

「くっ、この損傷は引くしかねえか…」

 相手の通信はまだ続いている。

「逃がすと思うかあ!」

「おいおい、お前今度こそ玉切れだろ。出来ねえ事は言わない方がいいぜ」

 相手の言う通り、もう手がない。あと一つ射出出来る武装があるが、そいつの弱点はチャージ時間である。敵が撤退するまでに、間に合いそうもない。

「はは、てめえの悲鳴は今度に取っとくぜ!また来るからなあ!」

 行ってしまう。あれほどの脅威、逃がしてはいけない。だが、どうする事も出来なかった。

「お前の事はトヨにも言っておくぜ。楽しみだなあ、トヨ喜んでくれるかなあ?」

 トヨ?いったい誰なんだ?それは何故か不吉な名前に聞こえた。

「じゃあな、ぎゃーはははははははは!」

 そう言って、黒い機体は去っていった。あっという間に見えなくなってしまった。

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