第二十三話・黒い機体~掴み掛かっていた勝利が遠ざかっていく…~

「タエガ⁉」

 また救われた。しかも、今度は私が心の底から嫌う、この傭兵に。

「ざっけんな!勝手にくたばろおとすんな!俺はトヨにお前を殺させるなって言われてんだ!俺がトヨに嫌われるだろおがよおおお!」

 勝手な理屈だ。指揮官を救うのではなく。自分の主に嫌われたくないから、私を救ったのだ。だが、救われたのは事実である。

「さっさと撤退しやがれ!」

「理由はともかく救ってくれたのは感謝するわ。でも、引く訳にはいかない。まだ、戦っている味方がいるのだから!」

「はあ?味方?そんなのもう、全滅してるじゃねーか」

 タエガに言われ、味方の反応を見る。反応はなかった。撤退した者以外は全て落とされてしまった。

「間に…合わなかった…」

「だからささっと行け!こいつらは俺が遊んどいてやるからよお!」

 おめおめと逃げていいのか?味方も、英彦ひこもみな死なせてしまった私が。ここで朽ちるべきじゃないのか?

「めんどくせえ!おめえが死んだら、お前の大好きな姉様は糾弾の的になるんじゃねーのか⁉この戦いの責任を取るのはあいつしかいねえんだからな!可哀想になあ!無能な妹が失敗してなあ!無残に死んでよお!その責任を取らせられるなんて最悪じゃねえか!」

 悔しいが、タエガの言う通りだった。味方がもういなくなった今、私は生きて帰り敗戦の将として吊るし上げられなければならない。そうしなければ、その矛先は全て姉様にいってしまう。

「…任せていいの」

「むしろ邪魔すんな!こっからは俺のお楽しみタイムだ!」

 そう言って、タエガは笑った。助けられたが、やはりこいつは倒錯者。理解が出来ない。だが、恩があるので、一応無事を祈っておく。

「目覚めが悪いから死なないでよ」

「俺がやられるって?ありえねえなあ!そんな事は!」

 その返事を聞いた後。私は全速力でこの場を離脱した。英彦ひこ、貴方が庇ってくれたから生き残る事が出来たみたい。だからこの命、これからも全力で「葉月はづき」と姉様の為に使わせて貰うわ。きっと、貴方はそう望むでしょ?ありがとう、貴方の事忘れないわ。


 さかき 天鵞絨びろうどは驚愕していた。

「なんだ…あの機体は…!」

 小型索敵艇から送られてきた映像、あれが映った場面で停止させる。見た目は「活炭いけずみ」に似ている。だが、その色は、「活炭いけずみ」の赤と比べ、黒い。その黒さが機体を禍々しく見せる。他は、「活炭いけずみ」に比べ、ブースターが大きいくらいか。しかし、問題は見た目ではない。奴は無手なのだ。砲も近接武器も持っていない。なのに、一瞬の内に、五番隊全員の武器を破壊したのだ。奴は今、十九番隊も面々と戦っている。それを援護しながら、映像を解析する。解析し、ある事に気づいた。手の部分で、何か動いていた。映像の焦点をそこに移し、拡大する。それはのこだった。奴の手にはのこが回転していた。あれが武器か?あれだけが武器なのか?あれだけで、俺達全員と渡り合っているのか?背筋に寒気が走る。こいつは別格だ。心して当たらなければならない。

 まずは、五番隊の無事を確認する為、五番隊のコマンダーに通信を入れる。

「大丈夫ですか?」

「あ、はい、天鵞絨びろうど様!パイロットは全員無事です!しかし、砲も近接武器も全て壊されてしまいました。私達はどうすればいいのでしょうか?」

「ひとまず撤退して下さい。出来れば「神無月かんなづき」に戻って新しい武器を持って、再出撃して貰えますか」

「分かりました!」

 言ってはみたものの、恐らく間に合わないだろう。それにしても、何故武器だけを狙うのか?理由があるのか?


 タエガは後悔していた。

「ミスったあああ!機体を軽くする為に刃を短くし過ぎたあああ!」

 「猛炎もうえん」は俺の反応に付いていける様に、機体を出来るだけ軽くしている。その為、武器もできる限り軽量化してある。理屈ではギリギリ装甲を抜けるはずだった。だが、すれ違い様、そこまで深く切り込める事が出来なかった。こいつで装甲を突き抜けるには、しばらく刃を押し付けるしかなかった。これでは、戦いの最中壊せるのは、武器と関節部だけである。

 しかし、冷静に考えてみれば、その方が好都合かもしれない。武器を壊され、動けなくなったところを少しずつ切り裂いていく。中に居る奴もいい感じに鳴いてくれるだろう。そう、思ったら興奮した。早く悲鳴が聞きたくなった。

「よっしゃあああ!ドンドン敵を切り刻んでやるぜえええ!」


 松木まつぎ 浅葱あさぎはその動きを見た。一瞬のすれ違い様、敵の鋸は、「江津ごうつ」の砲と薙刀なぎなたの刃付近の柄を切り裂いた。さっきから、こちらも攻撃をしているが、さっぱり当たらない。そうこうしてる内に、十九番隊の武器が全部壊されてしまった。次の獲物に狙いを定め、襲ってくると構えていた。しかし、ここで奴は今までと違う行動をした。最後に倒した十九番隊の機体に取り付き、コクピット周りの装甲を、鋸で削り始めた。キューイーンと、嫌な音が響く様な気がした。宇宙には空気がないので、実際には聞こえない。だが、その削られているパイロットは、機体を通してその音が聞こえてくる。その絶望の音が聞こえてくるのだ。

「うあああああ、誰か!誰か助けてくれ!誰かああああああ!」

 オープン回線で、通信が飛んできた。叫んでしまうのも、仕方がない。自分の死が少しづつ近づいてくるのだから。僕はそのパイロットを助ける為に、三連AMエーエム砲を黒い機体に向ける。しかし、構えた時には、その機体はもういなかった。どこへ行った!

浅葱あさぎにい!上!」

 天鵞絨びろうどから通信が入る。上?反応した時にはもう手遅れだった。気づいた時には、三連AM砲エーエムが切り裂かれていた。僕はとっさに左手に小太刀を持たせた。しかし遅かった。手のパーツに攻撃が入り、小太刀は吹き飛ばされてしまった。黒い機体がこちらを向く。今度は僕が切り裂かれる番なのか?恐怖を感じる。悲鳴を上げたくなる。だが、その感情を飲み込み、黒い機体を掴もうとした。せめてこいつの動きだけでも!だが僕の覚悟も虚しく、軽く避けられてしまう。黒い機体は、そのまま十二番隊の方へ向かって行った。

浅葱あさぎにい!大丈夫!」

「まあ、なんとかね。さっきコクピットを狙われてたパイロットは無事?」

「凄く錯乱してるけど、命に別状はないよ」

 それは良かった。ボロボロになった甲斐があった。

浅葱あさぎにい、十九番隊を連れて撤退して!」

「まあ、このままじゃ足手まといになるしね。ついでに、味方を連れて来てあげるよ」

「お願い!」

 そう言われたので、大人しく撤退する事にした。天鵞絨びろうど、援軍が来るまで無事でいてくれ!


 タエガは肝を冷やしていた。

「あぶねえ!掴み掛かるとは思わなかったぜ…」

 あの機体のパイロット度胸がある。あんなコクピットが切り裂かれる場面を見せたら、普通の奴はビビる。しかし、それに怯まずこちらを拘束しようとした。あのパイロットは強者だ。だが、悲鳴は聞けなかった。残念である。仕方ないので、まずは目の前の奴を切り裂く。そのうちゆっくり敵のコクピットを切り裂くチャンスが来るだろう。そしたら悲鳴が聞き放題である。その時をじっくり待とう。まあ、お楽しみは後に取っとけってよく聞くしなあ!


 加々見かがみ 順子じゅんこは黒い機体を狙い続けていた。しかし、当てられる気がしなかった。

「くそ!早すぎる!」

 だが、先ほど奴は一度だけ隙を見せた。コクピット部分を攻撃してた時だ。その時は、射線に味方の機体が覆う形になっていて、狙う事が出来なかった。感ではあるが、奴はまたあれをする。その時が狙い目だ。十二番隊の連中には悪いが、囮になってもらう。なあに、あの黒い機体をすぐに撃ち抜くから死にはしないさ。でも、すまんな。そう心の中で謝った。黒い機体は十二番隊の武器を全て壊した後、また例の行動に移った。コクピット部分を削り切ろうとしている。すぐさま狙撃の準備をした。今度は射線が通っている。今だ!私は引き金を引いた。AMエーエムは真っすぐ黒い機体に飛んでいく。黒い機体は、その攻撃を難なく避ける。馬鹿な!AMエーエムの射撃速度は時速二千キロは出るんだぞ!事前に読まれていたのか⁉そんな事を思っていたら、黒い機体は私の方に狙いを変えてきた。急いでAMエーエム砲をチャージする。もう一撃くらいは撃てる!駄目だ、狙いを絞れない!黒い機体が目の前に居た。やはり私の武器も一瞬で切り裂かれてしまった。


 さかき 天鵞絨びろうどは焦っていた。加々見かがみ大佐の位置は、狙撃の為に味方から離れている。しかも、十二番隊がやられた事により、この辺りの味方はもう俺しかいない。まずい。あの攻撃を止めれられない。早く援護へ行かなければ!しかし、距離がある。俺は全速力で加々見かがみ大佐の元へ向かった。

加々見かがみ大佐!頼む死なないでくれ!」

 守ると言ってくれた加々見かがみ大佐。俺だって同じ気持ちだ!俺だって加々見かがみ大佐を守りたいと思っている!頼む無事でいてくれ!

 俺の心配を余所に、加々見かがみ大佐は黒い機体を殴り飛ばしていた。わお。

「ご無事ですか!加々見かがみ大佐」

「おう!あいつコクピットを狙う時は隙だらけでよう、殴ってみたら当たっちまったよ!」

 その速さの為か、機体が軽いようだ。ただのパンチで機体が結構飛ばされている。しかし、やはり緋緋色金ひひいろかねでないとダメージはない。

加々見かがみ大佐!引いてください!」

「お前を一人に出来る訳ないだろ!」

「武器もないのに何言ってるんですか!俺は大丈夫なんで行って下さい!」

 正直、全然大丈夫ではない。しかし、こうでも言わなければ加々見かがみ 大佐は行ってくれない。

「本当に何とかなるのか?」

「援軍が来るまで耐えるくらいは」

「分かった分かった、撤退するよ」

 加々見かがみ大佐は渋々了承してくれた。取りあえず安心だ。

「んじゃ、任せた!援軍が来るまで耐えろよ!」

「はい!」

 そう言って加々見かがみ大佐は撤退した。しかし、援軍が来てもあいつを倒す事が出来るのだろうか?最悪を想像した。あいつ一人で、全軍が全滅してしまう可能性。ないとは言い切れないかった。

 だから…奴は、今ここで、俺が倒すしかないのかもしれない。

 全神経を集中させる。脳みそをフル稼働させる。意思を強く固める。倒すしかない、ではなく倒すのだ。奴は俺が仕留める!

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