第二十二話・英彦 長峡~今こそ忠義を見せる時!~

浅葱あさぎにい状況!」

「なんか確認確認のセリフがドンドン雑になってくね!」

 今回は仕方ない。今の五機の敵への対応で、結構時間が経ってしまった。状況がどう変化しているのか想像がつかない。早く確認しなければならないのだ。

「現在の状況、僚機残り九十四機…」

 浅葱あさぎにいはぼかしているが、それは辛い報告だった。機数が減ったという事は、その数だけ撃墜されたという事だ。被害なしなんて、夢物語だ。しかし、実際に味方の撃墜を聞かされると、胸が痛くなってしまう。

天鵞絨びろうど、そんな悲しい顔しないで…いい知らせもあるから…」

 モニター越しでも、伝わってしまった。気を付けないと。指揮官としては、そういう感情を隠さなければならない。

 いい知らせの方は、恐らく敵の数だろう。もうそろそろ、二百機くらいまで減っていて欲しい。百五十機以下なら上出来だろう。

「それじゃあ、敵機の数を報告するね。敵機残り…八十一機」

 耳を疑った。信じられなかった。詳しいデータが送られる。それを隅から隅まで見る。本当だった。しかも、その敵の半数以上がまだまともに動いていない。動き出した者を先に狙った成果だろう。

 改めて今の状況を頭の中で整理する。これは…もう…!

「勝利に近いよ、天鵞絨びろうど!さあ、指示をお願い!」

 喜びの感情が広がる。それを必死に抑える。まだだ。まだ、敵の指揮官が残っている。

 「葉月はづき」の軍は実力主義だ。指揮官である将軍は戦闘能力も高い。それを対処しなければならない。

 敵指揮官の居場所を、小型索敵艇の管制室に問い合わせる。どうやら後方にいるらしい。ならばどうする?叩きに行くか?いや、しない。先に邪魔が入らないように、他の敵機を殲滅する。数の差が開けば、指揮官が撤退する可能性もある。それが一番楽だ。もし、後方から出てくる場合はそれも良い。それに対しては用意がある。なので、上手く当たる事が出来るだろう。

浅葱あさぎにい、加々見かがみ大佐、残った敵機を殲滅するよ!」


 久住くじゅう 求来里くくりは覚悟をしていた。この戦いは、もう負けに等しい。だから、本来は被害をもう出さない為に全軍撤退すべきだ。しかし、私には姉様の為にやらなければならない事があった。

英彦ひこ、残った戦力は?」

「全体を見たら、まだ八十は残っています。しかし、こちらに集まった戦力は、結局二十三機ほどです。どうなさいますか?」

 味方の誘導はしていた。迎えにも行っていた。しかし迎えに行ったとしても、間に合わず撃破される事が多かった。その結果、最終的にこれほどしか集まらなかった。

英彦ひこ、貴方は集まった味方を連れて撤退しなさい」

 これからの戦いは、ただ指揮官として責任を取る為だけのものだ。他の者は巻き込む訳にはいかない。

「私が、ですか?では、求来里くくり様はどうなされるのですか?」

「敵の指揮官に突撃を仕掛ける!」

 同じ事をした味方を諫めた。だが、もうこれをするしかなかった。

「それは…余りに無謀です…!先ほどそれをした者は、完膚なきまで叩き潰されました!それを行う事を認める訳にはいきません!」

「だったら!ここに集まる事が出来なかった味方はどうするの⁉まだ戦っているその者達を見捨てて、指揮官である私が逃げ出して良いと思ってるの⁉」

「…それは」

 そう、まだ戦っている者がいる。その者達は姉様に忠実な者ばかりだ。その味方を助けられる方法は一つしか思い浮かばなかった。相手の指揮官を討ち、その混乱に乗じて逃がすというものだ。

 共に姉様に忠誠を誓った者をこれ以上死なせはしない。これは、将としての責、私がやるしかない!

「ならば、私も行きます!」

英彦ひこ!分かってるの⁉生き残る可能性は低いのよ!」

「尚更、求来里くくり様を一人で行かせる訳にはいきません。私は、求来里くくり様の姉である玖珠くす様に、貴方をよろしく頼むと言われました。だから、貴女を死なす訳にはいきません!一人より二人の方が勝機があります!お願いします!私も共に行く許可を下さい!」

「…英彦ひこ

  英彦ひこは私と同等、もしかしたらそれ以上に姉様を慕っている。その姉様の言ならば、英彦ひこはもう折れないだろう。ならば、もう仕方がない。撤退の指揮は別の者に任せて、英彦ひこに私のお供を頼もう。

「…よろしく頼むわ」

「はい!」

 味方と別れ、敵の指揮官の元へ向かう。幸い、その位置情報は、味方から送られてきていた。その道中、考える。考えてしまう。

「ねえ、英彦ひこ。私はどこで間違えたのかな?」

 弱気な言葉。でも、言わずにはいられなかった。暴走した副官を止めず、共に指揮官を討ちに行くべきだったか?その前に、爆発が有ったあと、防戦に徹せず攻勢に出るべきだったのか?さらに前、輸送艦を壊すという判断が間違っていたのか?そもそも、私が指揮をしていたという事が…

「いいえ、求来里くくり様は何も間違えていません。敢えて言うなら、相手が悪かったと言うべきですか。きっと、今回の戦いは誰が指揮をしても、同じ結末になったと思います」

 英彦ひこが慰めてくれる。果たして、本当にそうだったのだろうか。

「もう一度言います。貴女は間違っていません。今までの行動も、今の行動も。味方を救う為、自ら前に出る。その行いはとても素晴らしいと思います。だから、弱気にならず胸を張って下さい。貴女は正しいのだから」

 そうか。そうだな。こんな湿気た面の者に、残った者達も助けられたくないだろう。胸を張ろう。胸を張って、味方を助けにいこうじゃないか!


 さかき 天鵞絨びろうどは、緊急の知らせを聞いた。

天鵞絨びろうど、敵の大将のお出ましだよ」

 現在の位置が送られてくる。敵は真っすぐこちらに突っ込んでくるようだ。

浅葱あさぎにい、そろそろ手が空いた小隊が出るはず。それをこちらに向かわせて」

「了解!五番隊、十二番隊、十九番隊をこちらに呼ぶね」

 準備は出来た。さあ、この戦いを終わらせよう。


 久住くじゅう 求来里くくりは敵の指揮官の元へ全速力で向かっていた。今だ小型索敵艇にこちらの様子は観測し続けられているはず。遠くから狙っても回避されるだけだろう。ならば、一気に接近して近接戦闘を仕掛けた方がまだ可能性がある。レーダーを見る。まだ、敵は三機だけである。今のうちに、指揮官を落とす!

 目視出来る距離まで近づいた。そのタイミングを見計らってか、敵の指揮官の後方から十二機の敵機が現れた。もう、下がれる距離ではない。このまま突っ込む!


 さかき 天鵞絨びろうどは思考する。敵の指揮官は強いだろう。将軍専用機である「紅灯こうとう」も高スペックだ。接近戦に持ち掛けられたら、落とされるかもしれない。だが、組ませはしない。遠距離から数で叩き潰す。敵が当初やろうとしていた事を、そっくりそのまま返してやる。

「目標、敵指揮官。全機一斉掃射!」


 久住くじゅう 求来里くくりは叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

「よおおしゃないわねええええええええええ!」

 普通、こんな場面では指揮官同士一対一で勝負するものではないのか?遠慮なく数で押し潰してきた。死を覚悟する。しかし、英彦ひこが私の機体を突き飛ばした。


 英彦ひこ 長峡ながおの人生は暗いものだった。優秀過ぎる父と比べられ、いつも惨めな思いをしてきた。父と比べられるのが嫌であったが、それでも父の所属する軍へ入隊した。父の後ろ盾があったので、楽が出来たからである。どんな事をしても、父の偉業には敵わない。努力しても無駄である。ならば、ただ楽に生きよう。そう、思っていた。

 ある日、父の紹介で一人の少女と出会う。その少女は、当時のかぐやと権力争いをしていた、若き天才であった。少女は出合い頭に、こんな言葉をぶつけて来た。

「死んだ目をしているな。お前は自分が生きている意味を見出しているのか?よく、そんな状態で生き続けているな。私だったら自殺しているぞ」

 初対面の人間に、よくもここまで言えるものだと思った。しかし、否定が出来なかった。

「確かにそうですね。でも、死ぬのは怖いです。だから、恥であっても無様に生き続けます」

「ほう、案外素直なんだな。これは、磨けば光るかもしれない。腐っても、英彦ひこ将軍の息子か。どうだ、私の元に来ないか。私がお前の生きる意味になってやる。そうなれば、その死んだような目も、少しは輝きを取り戻せるだろう」

「…無駄ですよ。私がなにをやろうとも、父の威光で霞んでしまう。生きる意味が見つかった所で、瞳に輝きなど宿りません」

「ははは、何を言っている。私がお前の生きる意味になるんだぞ。保証しよう、私が導けばお前は必ず輝く。お前という人間を私が変えてやろう!」

 希望など持ってはいなかった。しかし、その言葉には惹かれるものがあった。そして、私はその少女、久住くじゅう 玖珠くすの下で働く事になった。玖珠くす様はあっという間に「葉月はづき」の中心になり、国を動かす立場になった。玖珠くす様はいつも堂々と、全てをこなしてきた。私は、その姿を見ている内に玖珠くす様自身に惹かれる様になっていた。玖珠くす様の言う通り、玖珠くす様が私の生きる理由となった。こうして、私の瞳には、輝きが宿った。

 時は立ち、玖珠くす様の下で働くことが当たり前になった頃、玖珠くす様からある人物に会うよう命令された。その人物は玖珠くす様の妹だった。

英彦ひこ、聞いてくれ!この子にはとても大きい才が見えるんだ!私の眼が確かなら、この子はいずれ『葉月はづき』の希望になるだろう。だから英彦ひこ、一番信用できるお前にこの子を任せる事にする」

 玖珠くす様の妹は、玖珠くす様にそこまで言わせる程、才が有るとは思えなかった。しかし、玖珠くす様が私に託してくれた事である。命を掛けてでも全うしなくてはならない。幸い、私の読みが外れ、玖珠くす様の言う通りになっていった。この方は、いずれ「葉月はづき」を背負うだろう。だから、私は命を投げ出すのに何の躊躇も有りはしない。

玖珠くす様の希望、死なせはしないぞおおおおお‼」


英彦ひこおおおお!」

求来里くくり様…どうか生き…」

 最後まで聞くことが出来なかった。その前に英彦ひこの機体が撃墜された。私はすぐに前に出た。英彦ひこの行いを無駄に出来ない。なんとか指揮官を落とさねば!しかし、無常にも敵のAMエーエム砲のチャージが終わる。二射目が来る。ごめんなさい、姉様。求来里くくりは帰れそうにありません…さようなら…

 後は、命が終わる時を待つだけだ。だが、いつまで経ってもその時が訪れなかった。状況を見る。敵の機体四機の砲が何者かによって破壊されていた。

「糞があああ!なんとか間に合った!てんめえふざけんなよ!」

 「活炭いけずみ」のカスタマイズ機、「猛炎もうえん」が敵機に攻撃を仕掛けていた。

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