第十九話・白盾作戦~我が半身よ、どうかあの若者たちを守ってくれ~

 さかき 天鵞絨びろうどは、関心していた。本当にこんな動きが出来るんだな。シュミレートで出来る事は分かっていたが、実際見てみると、その躍動感溢れる動きに、つい感嘆の声を漏らしてしまう。まあ、この動きのお陰で約十二秒でこちらの射程距離まで詰められるのだ。マクロを組んでくれた御剣みつるぎ艦長に感謝の念を送る。

 さて、ここからが本番だ。敵の様子を見る。面を食らっているのか、まだ動きだしていない。都合が良い。今のうちに急いで距離を縮める。敵側にも対応策はある。それをされる前にこちらからも攻撃出来る位置にいないといけない。だが、結局のところ、どんなに急いでもシュミレート通り十二・四秒掛かる訳だが。敵が動き出した。こちらに向けて砲撃を開始したようだ。


 久住くじゅう 求来里くくりは我に返る。しまった、三秒ほど止まっていた!敵の狙いが分からない。取りあえず、目の前の輸送艦を落とす事にする。

「全機射撃準備!目標目の前の輸送機!撃て!」

 放った一撃は全く突き抜ける気配がない。こいつの装甲、かなり厚い!そうか、壁か!輸送艦がアクロバティックに突っ込んできたくらいで冷静さを失うとは情けない。あれはどう見ても、弾除けの壁じゃないか!そうなると、困った事になる。こちらには、あの輸送艦のデータが存在しない。本来後ろで守るはずの輸送艦が戦場のど真ん中に出てくるとは考えてはいなかった。甘い。なんと私は甘いのだろう。後悔している場合ではない。目の前のこいつはどれだけ打ち込めば落ちるか分からない。ならば、無駄玉を撃たないで、別の方法を模索してみる。その方法はすぐに見つかった。間に合うか?

「全機、左右に展開しろ!」


 さかき 天鵞絨びろうどは焦った。この方法が一番まずい。「尼子あまご」の大きさなら、こちらの部隊が真ん中に集まれば、ほぼ九十度移動しないと敵はこちらを狙えない。だが、逆に言うと、九十度の真横に来られると撃たれてしまう。敵機が急速に展開し、真横に来られるとまずいのだ。しかも、そのままこちらの射程距離外まで離れられると、今回の作戦の意味がなくなってしまう。敵の全部が片側に移動したのならば、「尼子あまご」のブースターを調整し、そちらに艦橋側を向き直す事も出来た。しかし、敵は左右に展開した。片側に「尼子あまご」を向けても、もう片側の敵はこちらの後ろを取ってしまう。つまり、万事休すだ。敵の判断がもう少し早ければの話だが。もう、こちらの射程範囲に到着した。「尼子あまご」のブースターを停止させる。

「二番から五番隊は左、二十三番隊から二十五番隊は右へ移動!『尼子あまご』端まで着いたら、少し体を出して指示した場所に打ち込んで下さい!撃った瞬間すぐ『尼子あまご』に隠れ直すようお願いします!他の隊も後に続いて下さい!」


 久住くじゅう 求来里くくりは舌打ちをした。間に合わなかったようである。左右に展開した部隊の先頭が合わせて十三機落とされた。砲撃のあった場所を見る。もちろん、その場所に敵機はもういない。移動中の隙を狙われたのである。こうなると迂闊に左右に出る事は出来ない。うまい具合に牽制されてしまった。

「真ん中に集まれ!こちらもこいつを壁として使わせてもらおう!」


 さかき 天鵞絨びろうどは警戒した。敵の司令官は冷静である。あのまま左右に展開し続ければそれを大分狩る事が出来た。しかし、それはさせてくれないようだ。しかし、壁一枚あるだけで、かなり有利に展開出来る。何故ならこちらは相手が見えるからだ。敵は小型索敵艇に気づいていない。それもそうだ。三センチくらいしかないのだから。しかも、余りに低出力の為、現代のレーダーには映らない。旧型の電波反射式だと見つかったかもしれない。だが、そのお陰で、敵の動きに合わせて、敵の位置に正確に打ち込む事が出来る。

「ここからは相手の動きに合わせてこちらも動く!各機、いつでも動けるよう準備してください!」


 久住くじゅう 求来里くくりは、考えていた。この状況如何にして突破をするべきか?まずは、さっきの砲撃で浮き出た疑問を回収しなければならない。

「二機を斥候に回す。この壁の向こうを調べたい」

 私が指定した二機が輸送艦を超えようとする。しかし、超えた瞬間に撃ち落とされる。当然、向こうのデータは入っていない。しかし、これで予想してた事が現実味を増してくる。

「さらに十六機斥候!全て別の場所から調査におもむけ!」

 予想が合っているならこの回した戦力は消えてしまう。だが、まだまだ数は有利である。それに、今斥候に行かせた奴ら全員、姉様に反抗的な奴ばかりである。失っても痛くも痒くもない。最初から、捨て駒用に連れてきた奴らである。まさか、本当に使う事になるとは思わなかった。斥候へ向かった機体は、やはり全機帰って来なかった。これだけ正確に撃ってくるという事は、やはり私の予想は合っていたようだ。

「なるほどね」

「あの…求来里くくり様。先程から何をやっているのでしょうか?私には戦力を無駄に散らせているようにしか見えないのですが…」

  英彦ひこが話しかける。まあ、そう見えてしまうだろう。

「相手の策を確かめたの。あちらは、私達の居場所を正確に知る事が出来るようね」

「なんと⁉」

 それに対してこちらは向こうが見えない。戦繰や艦船のエンジンから発せられる特殊電波を感知する新式レーダーも役に立たない。目の前の艦の反応が大きく、後ろが見えないのだ。まあ、旧式の電波反射型でもやはり艦が邪魔で見えないのだが。そういえば、目の前の艦には特殊な索敵システムを乗せていると聞いた事がある。恐らく、それに近いものが使われている。今回の戦闘において特に意味は無いと捨ておいていたが、こんな形で使われるとは。小型索敵艇を破壊出来る手立てを考えていればこんな事にはならなかった。何があらゆる状況に対応するだ。次があるなら必ずこの経験を生かす。その為にも今はこの戦闘に勝つ事を考えなければ。

「あの、そのまま左右に展開するのは駄目だったのですか?数で無理やり押し切れたのではないでしょうか?」

「いえ、無理ね。相手がこちらを見えているとしたら、こちらが攻撃するタイミングも見えている。そして、こちらの隙も見えている。一方的に撃たれて数を減らされるだけだわ」

 もちろん、全滅まではいかないかもしれない。しかし、可能性があるならば避けないといけない。

「ならば、相手の射程外から遠回りして、相手の真横に着ければよろしいんじゃないですか?」

 それも考えた。だが、それもしてはいけない。

「例えば、少人数遠回りで、相手の射程外の真横に到着させようとする。その場合、私達本隊側に壁を向けたまま、遠回りした機体の方を壁の後ろ行くように移動させる。そうすると、こちらは壁で牽制されたまま。さらに、遠回りした機体は孤立する。少人数であれば、いくら射程が長くても対応されるだけ」

 そうしてこちらはただ戦力を失うだけである。

「ならば、数を増やせばいいじゃないですか!百機くらい派遣すれば相手も迂闊に手は出ないでしょう」

英彦ひこ、もう少し考えて発言して欲しいわ」

 呆れた。それは、まさに自殺行為である。

「何故ですか?いい考えだと思いますが?」

「この作戦は、左右に派遣する前提の作戦なの。敵の壁は移動出来る。片側に寄越しても、本隊に壁を向けながら、蟹みたいに横に移動して、派遣した部隊の対角線上に移動すればいい。そうすれば結局は元の木阿弥。それを阻止する為に左右に同数送らなければならない」

 さっきから左右左右と言っているが、別に上下でも構わない。まあ、ようするに対角線上にも部隊を派遣出来るようにしなければならないのだ。人間やはり上下より左右の方がイメージしやすい。部下に命令する時も、それを考えて指示を送っている。

「それをすれば良いんじゃないですか?」

「それをやってしまったら、本隊の数がどうなると思う?」

「…あ」

 左右に百機づつ移動したなら、本隊は二百機以下まで減ってしまう。しかも遠回りの為、派遣した部隊は目的の場所に着くまで少し時間が掛かる。あくまで少しではある。だが、その間に本隊が潰される可能性がある。数はまだこちらが有利である。だが、向こうはこちら側が見えている。先手を取り、最初の攻撃でこちらの戦力を大きく削る事が出来る。その勢いに乗って押し込まれたら、全滅の危機すら有り得る。あとは、左右に展開した部隊を各個撃破されて終了である。一応これは、かなりネガティブな考えだ。数で押せる分、まだこちらが有利なのは変わらない。だが、下手をすると全滅をする作戦をそう簡単には実行できない。ちなみに、本隊を残さず、左右に全機送る作戦も考えた。しかし、それも駄目だ。こちら側から牽制する機体がいないので後ろから撃たれる。そこから各個撃破の可能性を考えると、さっきの作戦の方がましである。

「迂闊に動いてはこちらがやられる訳ですね」

「そういう事」

 さて、ならばこのまま待てば、こちらの有利が訪れるのか?


 さかき 天鵞絨びろうどは安堵した。一番厄介な本隊を残しつつ、集団で左右に展開される行動を相手がしなかった。まあ、されたとしても、人数が減った本隊にいるはずの指揮官を、真っ先に潰しにかかった。指揮官さえ潰せればこちらが大きく有利に傾く。だが、相手が動かない今は不可能な事である。やはり四百機という数はかない多い。

 さて、このままの状況を維持できれば、少しづつこちらが有利になっていく。今までの動きを見る限り、それに気づかない相手ではないはずだ。また、次の動きが必ずくる。


 久住くじゅう 求来里くくりは、とある考えに至った。

求来里くくり様、援軍を要請し、、このままの状態を維持しますか?」

 英彦ひこが今後について提案する。しかし、その案には乗る事が出来ない。

「いえ、それでは相手の思惑通りよ」

 現状の維持。これこそが相手の狙いだろう。その状態が続くと、相手の方が有利になっていく。

「どうしてでしょうか?」

「まず、援軍はどう考えても間に合わないの。最低でも六時間は掛かるわ」

 この戦闘の前に、私達が待機していた、簡易中間基地インスタントベースという場所がある。名前通り、簡易的に作られた「如月きさらぎ」と「神無月かんなづき」の間を受け持つ軍事基地。そこにはもう、戦繰いくさくりはない。全てこの戦いに投入した。そうなると、本国に要請するしかなくなる。まず、この戦場から簡易中間基地インスタントベースに連絡。そこを中継して本国に連絡。そうしてやっと、本国に援軍要請が届く。連絡を受け、人員などを編成、積み込みなどの準備、そしてやっと援軍を送る事が出来る。ここまでで、どんなに急いでも一時間くらいは掛かるだろう。さらに、高速輸送船を使っても、移動には一時間以上かかる。そこから簡易中間基地インスタントベースに全機を下ろして発進させる。ここでまた最低三十分は掛かる。そして、簡易中間基地インスタントベースからこの戦場までは三時間以上移動時間が必要だ。実際にはさらに三十分くらいは必要だ。合計して六時間である。これでも相当短く見積もっている。なので、これ以上に時間が必要になってくる。

「六時間くらい待てばいいんじゃないでしょうか?相手も迂闊に動く事が出来ないようですし」

「あのね、私達の機体のエネルギー、後どれくらい持つと思うの?」

「…そうでした。持ちませんね」

 帰りのエネルギーを考えると、後一時間程度しかここにいる事が出来ない。帰りの事を考えなければもっと持つ。だが、最悪の場合、移動途中でエネルギーが切れ、宇宙を彷徨う事になるだろう。

 元々、そんなに時間の掛かる作戦ではなかった。素早く攻略して、占領した「神無月かんなづき」で補給を受ければ良いと思っていた。だから、戦闘が長引いた場合の補給についは考える必要はないものとしていた。その結果がこれである。それに対して、相手は本国が後方にある。いつでも補給が可能であろう。

「ならいっそ、一度撤退して体制を立て直すというのはどうでしょうか?」

「それも危険よ。後ろから撃たれてしまうわ。殿を残してもすぐに潰されるだけでしょうし」

 雁字搦がんじがらめ。上手くこの場に縛り付けられた。しかし、待っていたらエネルギーが切れ負ける。どうにか動かなくてはならない。

「それでは、一か八かでさっきの左右に展開する作戦を実行しなくては…」

「それよりも成功率が高い策があるわ」

 そう、実はもう策を思いついていた。今までの説明は英彦ひこに現在の状況を正確に把握させる為。作戦の説明中に、いちいち説明を求められたくなかったからである。

「そんな都合の良いものがあるんですか」

 方法は割と単純なものだ。

「相手の策の中心は、あの面倒な壁よ。あの壁さえなければこちらは数で押し潰す事が出来るわ!」

 戦闘が始まったばかりの時は、あの厚い装甲に撃ち続けるのは、愚策だと思っていた。あれを壊す時間で、他の有効な行動がとれるだろうと考えていた。だが、状況は変わった。いや、状況に気が付いた。あの壁が相手の策の核だ。あの壁が邪魔なのだ。あの壁さえ取っ払えば、優勢は必ずこちらに傾いてくれるだろう。

「多少時間が掛かってもいいわ!AMエーエム砲であの壁を溶かしつくすわよ!」


 さかき 天鵞絨びろうどは相手が動いた事を確認した。この動きに対し、取れる行動はただ一つ。俺は停止していた「尼子あまご」を再び動かした。


 久住くじゅう 求来里くくりは再び壁が動き出したのを確認した。構わない。このまま撃ち続ける。もし、この壁をぶつけられても、戦繰いくさくりにはダメージを受けない。なら、何故相手は壁を前進させたのか?恐らく妨害をするつもりだ。相手はこちらのエネルギー切れを待つ為に、出来るだけ時間を稼ぎたい。なので、壁をぶつけて少しでもこちらの動きを邪魔したいのだろう。しかし、効果は微弱だ。こんな悪足掻わるあがき、こちらの作戦に対策がない証拠だ。今している事が正しいと証明されたようなものなのだ。だが、油断はしない。この壁に出来るだけ大きな穴を開けれるように、全体の射撃を調整する。残りの機体を全て一斉に通れる穴を開けなければならない。数で押し潰すには、それが一番簡単な方法だ。だが、やはり時間が掛かる。なかなか壊れてくれない。そしてついに、前進していた壁がぶつかってきた。だが、そんなのお構いなしに、ひたすら前を撃ち続けた。


さかき 天鵞絨びろうどは、小型索敵艇から送られるデータを見ていた。相手が「尼子あまご」張り付く形になった。何の対策もしない事を見るに、恐らく相手はこれを妨害程度しか思っていないのだろう。

「敵は完全にこちらを視認出来ない状況になりました!全機、指定した場所へ移動して下さい!浅葱あさぎにい、加々見かがみ大佐、誘導をお願い」

「了解」

「分かった」

 二人は素早く指示された仕事へ向かった。さて、こちらも準備しなければ。俺は、御剣艦長に頼んでいたとあるプログラムを呼び出していた。装甲パージプログラム。「尼子あまご」の装甲を脱ぎ捨てる機能である。こいつを起動する。そんな事をすれば、この堅守な盾は崩壊してしまう。そう、考えてしまうだろう。だが、こいつは艦と装甲の繋ぎを外すだけである。そうして、移動している最中に自然と剥がれる仕組みである。つまり、今は剥がれることはない。敵の機体が蓋をしてくれているからだ。さて、では何のために繋ぎを外したのか?それを今からお見せしよう。

御剣みつるぎ艦長…ごめんなさい!」

 俺は、全機指定の位置に移動した事を確認し、「尼子あまご」内部に大量に仕掛けられた爆薬のスイッチを押した。

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