第十六話・大切な人~どんな時でも、彼女が居てくれるから立ち上がれる~

 さかき 檀弓まゆみは別れたきりだった、父と合流していた。

「もう、大丈夫なの?」

「自分の子供たちが必死に頑張っているんだ。ここで立ち上がらなければ親失格だからな」

 確かに、先ほどと比べて顔色が良い。どうやら、もう大丈夫のようだ。

「それで檀弓まゆみ、私達はこれから何をすればいい?少し考えたんだが、私には思いつかなかった」

 それを説明するには、まず会談を振り返らなければならない。

「お父さん、会談での玖珠くすさんの事を思い出して」

「ああ、あの挑発的な態度か?」

 首を振る。

「そっちじゃない。玖珠くすさんは凄く余裕を持っていた。それも心の底から」

「ん?それは作戦がうまくいったからではないのか?」

 それもある。だが、それだけではおかしいのだ。

「冷静に考えてみて。確かに、作戦が成功し三対一を避ける事が出来た。でも、玖珠くすさんの目的は地球資源。結局のところ三国全て滅ぼさなければならないの」

「まあ、そうだな」

「私達『神無月かんなづき』はすぐに倒せると思っている。『如月きさらぎ』は準備前に叩けば良いと思っている。じゃあ、『睦月むつき』は?前の二戦をうまく勝てたとしても、結構な消耗を強いられるはず。そんな状態で本当に『睦月むつき』に勝てると思う?」

「なるほど。確かにそうだな。『葉月はづき』は消耗した戦力を補給出来る術がもうない。それこそ地球資源を得なければ」

「それにね、『葉月はづき』が消耗したら『葉月はづき』を恨んでいる他の国はどう思う?絶好のチャンスでしょ。攻め込まない訳がない。なのに、玖珠くすさんは心の底から余裕をもっていた。まるで他の国は攻めてこないと知っているように」

檀弓まゆみ、まさかとは思うが、それは…」

「それを調べるの。具体的にはこの数年の玖珠くすさんと『葉月はづき』の要人の渡航情報。そして、そこで何をしていたかを洗い出すの」

 端末で手に入る情報なら簡単なのだが、これは他の国と交渉しデータを貰わなければならない事だ。かなり時間を要する作業となる。

檀弓まゆみ、これで得られる情報は、私達の不利を知らせるものではないのか?」

「現状の把握は大事。それに、これが必ずしも悪い情報ばかりではないと思う。案外、逆転の秘策が思いつける何かが見つかるかもしれない」

 これは私の感。でも、こういう時は結構当たる。

「さあお父さん、作業を始めるよ」

「今回の襲撃を乗り切らないと、全て無駄になってしまうかも知れないぞ」

 それについては大丈夫。

「まあ、おにいがなんとかしてくれるから」

「…それもそうだな」


 さかき  天鵞絨びろうどは出撃の為に愛機の元へと移動していた。そうして、さかき家とその分家専用のドックへと到着する。さかきと分家の機体は特殊である。要はオーダーメイドの専用機だ。その為、整備はその機体一機ずつチームが作られている。その整備班もまた特殊である。国主の家計の機体を触るのだ。本当に信頼できるものしか入る事が出来ないのだ。なので、人員として少しおかしいところもある。俺の機体「出雲いずも」を担当するチームの責任者は、なんと若い女性である。俺は機体の状況を聞くために、その女性、真賀田まがた 聡美さとみ整備長を探していた。そこらで作業をしている整備員を捕まえて、その居場所を聞いてみた。

「すいません、真賀田まがた整備長の居場所知りませんか?」

「あ、天鵞絨びろうど様、どうも。真賀田まがた整備長なら、そこにいますが…」

 整備員の目が向いた方を見てみる。そこには何故か、布で仕切られたスペースが存在していた。まあ、いいや。居るなら入ってみよう。

「えっとですね、そのー…って天鵞絨びろうど様!入っちゃ駄目です!」

 布をめくり中に入る。そこには真賀田まがた整備長が着替えていた。


「女子更衣室は女性パイロットが使うので、今いっぱいな状況で。普段は交代制で、一気に出撃する事はないですからね。それならしょうがないと、真賀田まがた整備長そこで着替えちゃったんです…まあ、今言っても遅いと思いますが」

 整備員の言葉はもう俺の耳には届いていなかった。そこには迷彩柄のスポーツタイプのパンツが存在していたのだ。迷彩柄、さらにスポーツタイプは色気がない代表な下着の一つだと思われる。だが、それは間違いだ。ただ、その魅力を引き出すのが少し特殊なだけである。まずは、スポーツタイプの方から解説する。例えば、色気がある女性が履いていたとする。それはとてもミスマッチだ。可愛らしい美少女、ミスマッチ。静粛な女性、ミスマッチ。素朴な女の子、ミスマッチ。大概の女性はミスマッチなのである。だが、筋肉のついた逞しい女性については、これほど似合うものがないだろう。迷彩柄も同じ事だ。こちらは女性自身の特徴ではない。職業によって合う合わないが決まってくる。例えば、看護師。やはりミスマッチだ。ショップ店員、ミスマッチ。ウェイトレス、ミスマッチ。巫女、ミスマッチ。だが、軍属の女性が身に着けるとこれほど嵌るものはない。つまりだ、軍属で引き締まった肉体の女性が迷彩柄のスポーツタイプを身に着けていたら、それはとてもマッチする。その姿は一つの芸術品と言っても差支えない。いや、しかし、いくら完成している事柄と言っても、他の可能性を考えないのはいけない事だ。迷彩柄が他に似合う衣装や職業が有るかもしれない。そもそも、先に上げたミスマッチの例が好きな人も居るかもしれない。しまった、俺としたことがパンツの可能性を狭めてしまった。パンツというのは、常に無限の可能性があるものだ。だからこそ、パンツの可能性を狭めてしまう思考は万死に値する。反省しなければ。さて、改めて新たな迷彩柄の可能性を…

 ドゴォ!

 考え… ドゴォ?

 音のなった方に目を向ける。俺の足元だ。そこには床にスパナが突き刺さっていた。

「その床みたいになりたくなかったら…さっさと出ていきな!」

 そうはなりたくなかったので、すぐに退散することにした。


 またやってしまった。くそっ、パンツめ!お前が魅力的過ぎるからこうなるんだ!

「たく、お前は何やってんだか…」

「本当にすいませんでした!」

 目の前には、着替えが終わって、資材に座っている真賀田まがた整備長がいた。こちらは正座である。

「ですが、大変魅力的でした!ありがとうございます!」

「…お前、本当に反省してんのか?」

 怒られた。こちらとしては正直な感想を言っただけなのだが。

「まあ、まだ高校生のガキにパンツ見られたくらいで、ビービー言い続けるんも大人げねえな。しゃあねえ、許してやるか」

 やっと正座から解放された。普段だったら、殴られているところだ。真賀田まがた整備長が寛容な人で本当に良かった。

「で、なんで私を探してたんだあ?」

「あ、『出雲いずも』の状態を確認する為です」

 「出雲いずも」、俺の愛機である。オーソドックスな戦繰いくさくりの大きさではあるが、意匠はかなりこだわられている。製作者曰く、スサノオノミコトを意識してデザインしたらしい。しかし、スサノオノミコトはこんなトゲトゲしくなかったと思う。俺にはスサノオノミコトというより、仮面を付けたヒーローに見える。基本的武装は、拳に仕込ませた緋緋色金ひひいろかねTATARAたたら製の緋緋色金ひひいろかねの太刀、腰に着いた小型AMエーエム砲とシンプルなものである。だがこれは、あくまで基本的な武装である。こいつは俺の要望により、様々な改造が施されている。結果、「出雲いずも」は俺の趣味の塊のような機体になってしまった。だが、それがいい。製作者には泣かれた。

 そんな事を思っていると、真賀田まがた整備長から今思っている事ドンピシャな質問が放たれた。

「ところでな、その、秘密の七つ道具は本当に付けたまま出るのか」

秘密七機構シークレットセブンギミックですっ!」

 間違ってもらっては困る。

「それ、本当に役に立つのか?」

浪漫ロマンがあります!」

浪漫ロマンねえ、それで機体スピードを下げちゃ世話ねえなあ」

「痛いところ突かれたっ!」

 「出雲いずも」は「江津ごうつ」よりも最高速度が二十八キロ遅い。

「こいつを積む為に、技術の粋を掛けて軽量化したから、本来は『江津ごうつ』より速いはずなんだけどな」

「うぐぐぐ」

 しかし舐めて貰っては困る。何の策もなく乗せている訳ではない。

「真面目な話、既存の戦い方だと、同格以上の相手と戦う時対策されてしまいます。ですが、既存の枠からかなりはみ出た秘密七機構シークレットセブンギミックなら、どうしようもない敵と遭遇した時必ず役に立つです」

「…そんなもんかね」

 真賀田まがた整備長はまだ疑問に思っている。まあ、その時が来れば分かってもらえる…はず。

「ん~まあでも、こいつには神様が憑いているから、大丈夫だろう」

「神様?」

 何それ、知らない。

「ああ、知らないのか。『神無月かんなづき』はもともと十月を指す言葉だろ。こいつの名前を取った地方は、その時期神様が集まるんだ。だから、『出雲いずも』は『神無月かんなづき』にある限り神様が宿る。そう、言われている」

「なるほどー」

 俺は余り信心深くないけど、そう言われればありがたい気がしてきた。

「後、よく老人達が『神無月かんなづき』のことを『神有月かみありづき』って言うだろ。このには国は、その地方の人間も越して来ている。だから、神がいない国より、神がいる国の方が縁起が良いと思ってそう呼んでるんだ」

「え⁉じゃあ、この基地が『神有かみあり基地』って名前なのも、学校が『神有かみあり学園』って名前なのも…」

「それが由来さ。というかまさか、十年前の事件。その凄惨な事件が、神がおわすはずの『神有月かみありづき』で、神が集まるはずも十月に起こり、やはり神なんていなかったという意味で『神無事件かんなじけん』って言われてる事も知らなったのか⁉」

「全然!」

「おい!当事者っ!」

 全く知らなかった。ただ「神無月かんなづき」から取ったとばかり。

「で、結局何が言いたかったんですか?」

「いや、縁起が良い機体だから落とされたら承知しねえぞってな」

 真賀田まがた整備長は厳しい人だ。でも、遠回しでもこちらを気遣ってくれる優しさがある人である。

「ご心配、ありがとうございます」

「…おう」

 俺は「出雲いずも」のコクピットに向かう。

「気いつけていけよ」

「はい!」

 そう勢いよく答え、コクピットに乗り込んだ。


 いざ、コクピットに入るとやはり緊張してしまう。御剣みつるぎ艦長が「尼子あまご」を、貝塚かいづか参謀が作戦を、加々見かがみ大佐が指揮権を俺に託してくれた。それは、ズシリと重くのしかかった。俺の責任で全てが台無しになってしまうかもしれない。全てがなくなってしまうかもしれない。みんなが死んでしまうかもしれない。そんな事を思ってしまった。心の隅で、逃げ出したいと考えている自分がいる。それを必死に抑える。もう、国の命運は俺に託されてしまったのだから。また、ズシリとのしかかって来た。重たい。凄く重たい。責任で潰れてしまいそうだ。まずい。このまま出撃してしまったら、最悪の結末が訪れるかもしれない。どうにかしないといけないと思った。しかし、もう遅い。もう、意識してしまった。止まらない。心の不安が溢れてくる。頼む、止まってくれ!鼓動がドンドン加速する。止まる気配がない。誰か助けてくれ!そう思って手を伸ばす。誰も掴んでくれるわけがない。そんな都合の良いことが起こるわけがない。そう思っていた。

天鵞絨びろうど様、あんたにお客さんだぞ」

 真賀田まがた整備長から通信が飛んできた。外部状況をモニターに映す。そこには一人の女性が手を振っていた。


 長い黒髪を後ろに束ね、使用人服に身を包んだ、可愛らしい顔立ちの女性。トレードマークの月の髪飾りが光を反射している。

 志社ししゃ 芹菜せりな。俺の大切な人だ。

「誰なんだ、このお嬢さん」

「…恋人です」

「へー、この人が」

 本当は軍に入れないはずだ。でも、芹菜せりなの事だ、檀弓まゆみに頼んで軍に口利きして貰ったんだろう。芹菜せりなは行動力あるからなあ。止められなかったんだろう。

「この通信機を部外者に使わせる訳にいかなくてな。話をさせてやれなくて悪いな」

「いえ、そこまで我がまま言う訳にもいきませんから」

 芹菜せりなはこちらに向かっていまだに手をブンブン振っている。振り続けている。加速した。凄い勢いだ。あ、止まった。疲れて息を切らした。物凄い顔で「ゼーゼー、ゼーゼー」言ってる

「く…ふ…あははは」

 自然に笑みが零れた。いつの間にか不安がなくなっている。いい感じに力が抜けたようだ。うん、俺はもう大丈夫だ。ありがとう、芹菜せりな

 「出雲いずも」が出撃用のゲートへと移動する。芹菜せりなが少しづつ見えなくなっていく。改めてもう一度芹菜せりなの顔を見る。何かをこちらに伝えようとしている。その唇を読み、何を言っているのか解読してみる。

 イ ッ テ ラ ッ シャ イ

 いってらしゃい

「行ってきます!」

 完全に芹菜せりなが見えなくなる。さあ、行かなくては!

さかき 天鵞絨びろうど、『出雲いずも』出撃する!」

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