第十五話・浅葱の思い出~僕は君の兄貴分である事を誇りに思うよ~

 松木まつぎ 浅葱あさぎは今の天鵞絨びろうどを見て、昔を思い出す。それは、天鵞絨びろうどがまだ中学生の頃だ。

「え、天鵞絨びろうど、友達と遊んだことないの⁉」

 驚いた。天鵞絨びろうどはもっと人を惹きつけられると思っていた。

「ん~、ないなあ」

「おにい、あれは?克也かつやに夕陽を見せて貰ったやつ」

「あれはちょっと違うんじゃないか?」

 なんだ、良かった。ちゃんと友達はいるようだ。

「友達はいるんだね。なら、どうして遊ばないんだ?」

「だって、そんな暇ないから」

 どうゆう事だ?中学生で遊ぶ余裕が全くないなんて異常だ。さかきの仕事もまだそんなには与えられていないはず。確かに、土日は皆で軍の訓練を受けている。しかし、平日の放課後は時間があるんじゃないだろうか?ん、そういえば天鵞絨びろうどは、平日も訓練をしていると言っていた。僕はある考えに至り、天鵞絨びろうどに質問をする。

天鵞絨びろうど、平日の特訓メニューを見せてはくれないか?」

「え?いいけど」

 それを見た。そうか、これか。これが原因だ。こんな、こんな事を毎日していたのか?しかも、合間が空いたら、さらに訓練をしているという。遊ぶどころか、普通はまともに生活が送れない。この子は、まだ中学生だぞ。どうしてここまでやらなくてはならない?

「どうして?どうしてこれを続けていられるんだ?何が天鵞絨びろうどを、そこまで掻き立てられるんだ?」

浅葱あさぎにいには、昔言ったと思うけどね。俺が母さんの代わりをしないとって。その為には、これくらいしないとな」

 昔、言った…?


 さらに昔に遡る。十年前、母親の遺体の前に立ち尽くしていた天鵞絨びろうど。それを一番最初に見つけたのは僕だった。僕はすぐに天鵞絨びろうどに駆けつけて、目を塞いだ。

天鵞絨びろうど!見ては駄目だ!」

 僕も見るのが辛かった。生前、優しくてかっこ良かった竜果りゅうかさんがこんな姿になるなんて…

「その手をどけて、浅葱あさぎにい。このお母さまの姿を見ていないといけないんだ。目の奥に焼き付けなきゃいけないんだ。これから僕がお母さまの代わりをしないといけないんだ。この悲しさを、この悔しさを、この辛さを、この怒りを、忘れてはいけないんだ…!」

 そう言って、天鵞絨びろうどは僕の手を払いのけた。天鵞絨びろうどの顔を見る。悲鳴が漏れそうだった。その表情はあまりにも…

「お母様が言われた通り、僕は妹を、家族を、国を、守れる男になります。なってみせます!」


 あの時から天鵞絨びろうどはずっとこう生きてきたのか。尊敬の念を覚える。あの時天鵞絨びろうどは六歳だ。母親の遺言通りだとしても、ここまで頑張る事が出来るのか?少なくとも僕には出来ない。だが、同時にその姿は危うくも思える。だから、この子の進む道を支えてあげたいと思った。天鵞絨びろうどの周りには多くの支えてくれる人達がもういる事は知っている。僕もその一人として全力でこの子を支えよう。この時、僕はそう誓った。


 ずっとずっと、天鵞絨びろうどは頑張ってきた。その努力が今少し報われた。そう思った。ここまで成長したのが嬉しく思う反面、寂しい気持ちもあった。昔からそう思う事もあったが、天鵞絨びろうどには僕の支えなんていらないのかもしれない。そう、思わずにはいられなかった。

「あの~、この作戦には、何か名前がないのですか?名称がないと、少し不便に感じますが」

 軍の者の一人が質問をする。よしビシッと言ってやれ天鵞絨びろうど

「え⁉あ、作戦名称?作戦名称かあ…う~ん…あ、ス、超防護スーパーディフェンス作戦ってのはどうですか?」

 会議室の時が止まる。忘れていた、天鵞絨びろうどは壊滅的にネーミングセンスがない。というか、作戦名称は事前に考えておいてくれよ。

「う、あ、浅葱あさぎにいぃぃぃぃ!」

 天鵞絨びろうどが泣きそうな顔でこちらを見てくる。しょうがないなあ。

「日本書紀の一文に『天神あまつかみ 大己貴神おおあなむちのかみちょくして百八十縫ももぬひあまりやそぬひ白楯しらたてつくらしめた』って文があるんだ。まあ、要は幾重にも革を縫い合わせたを白楯造りましょうって意味なんだけど。この白楯ってなんか今回の作戦の『尼子あまご』を想起させない。そこから取って『白楯作戦』ってのはどうかな?」

「え、うん、じゃあそれで!」

 まったく…まだまだ天鵞絨びろうどは、支えてあげないといけないようだ。


 会議終了後、さかき 天鵞絨びろうど御剣みつるぎ艦長の元を訪ねていた。

「すいません、先程の会議でお願いした通り…」

「移動ルートを自動で航行出来るようにすれば良いんじゃろ?もう、マクロを組んでいる最中じゃ」

「それと…」

「背面ブースターのコントロールと、例の仕掛けを天鵞絨びろうど様の機体から行える様にすればいいんじゃろ?もう、部下に依頼しとるよ」

 流石二十四年のベテランである。仕事が早い。

「あの…御剣みつるぎ艦長…本当によろしかったんですか?」

「言ったじゃろ、役に立ててくれと。何も気にする必要はないんじゃ」

「ですが、会議の終盤で決めたあの作戦は…」

「あれでいいんじゃ。あれが一番皆が生き残れる方法じゃ」

「お心遣い感謝します」

 御剣みつるぎ艦長が味方になってくれなかったら、会議はあそこまで円滑に進んではいなかった。この人が俺を支持してくれて本当に良かった。

「お、いたいた。おーい!天鵞絨びろうど!」

 加々見かがみ大佐が遠くの方からこちらに向かって声を上げる。そして、話せる距離まで近づいてきた。

「おう、会議はなかなか魅せてくれたな!確かに好きに意見しろって言ったが、まさか初っ端からかましてくるとは思わなかったぞ!」

「すいません、加々見かがみ大佐のその言葉、心の中で免罪符にさせてもらいました…」

「それで良いんだよ。その為に言ったんだから」

「はい、ありがとうございます!」

 本当にありがたい。こんな俺でもやっていけるのは、加々見かがみ大佐の様な味方がいるからである。

 さて、加々見かがみ大佐がわざわざそれだけを言いに来たと思えない。それについて聞いてみなくては。

加々見かがみ大佐、俺に何か用ですか?」

「ああ、そうだった。お前に全部隊の指揮権を譲渡したからよろしくな」

「はい?」

 首を傾げる。どういう事だ?話が飲み込めない。

「だからお前が指揮を執れっていってんだよ」

 シキヲトレ…しきをとれ…指揮を執れ…!

「指揮は加々見かがみ大佐がするんじゃないんですか⁉」

「今回の作戦、後半タイミングが重要になってくるだろ。私より、この作戦を立てたお前の方が上手くやれるだろからな」

「皆が納得しませんよ!」

 加々見かがみ大佐を差し置いて、俺なんかが指揮していいはずがない。なんでそんな話になっているんだ?

「いや、そんな事はない。僕も天鵞絨びろうどが指揮をした方がいいと思うよ」

 いつの間にか俺の後ろに立っていた浅葱あさぎにいがそう言った。

「いや、でも!」

「わしもそう思うのう」

 いつの間にか俺の横にいた御剣みつるぎ艦長が頷く。

「えっと、あの…」

「私もそう思いますよ」

 いつの間にかにすぐそこにいた貝塚かいづか参謀が頷く。

「ちょ、ちょっと…?」

「私もそう思いますな」

 いつの前にか俺の前の方に立っていた総司令が頷く。というか、なんでみんな気配を消すの⁉忍者なの⁉

「俺もそう思うぜ!」

 いつの間にかにいたつるっぱげのマッチョなおっさんが頷く。って誰だよ⁉

 加々見かがみ大佐が俺の肩をポンポンと叩く。

「ま、そう言う訳だ。頼んだぞ」

 もう、断れないようだ。こうして、俺は全部隊の指揮を任された。

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