第十一話・戦争の開幕~神無月の者達よ、絶望に打ちひしがれるがいい~

会談が終わってしまった。さかき  檀弓まゆみは絶望に打ちひしがれる父の隣にいた。

檀弓まゆみ、お前は気づいていたのか」

「…うん、玖珠くすさんの言葉と態度で、大体の事は察してた」

 でも、止められなかった。玖珠くすさんに会談の理由を聞いた。そこからはもうこの流れを止められないと思った。だから、別の事について思案していた。

「何故、会談に参加する理由を聞いてはいけなかったんだ?今だに、それが分からない」

「今、お父さんがへこんでいるのが理由。きっかけをこちら側に作らせる。鈴華すずかさんを挑発したのもそう、直近で戦う二国どちらかの重役に責任を感じさせたかったの」

 私が乳を揉んでまで、鈴華すずかさんを止めたのもその為である。あのまま、口論が続いていれば、いずれその言葉を口に出していたのは、彼女だったかもしれない。会談が始まってすぐに、その結末になるのは困るし、なにより鈴華さんを潰させる訳にはいかなかった。彼女には、会談が失敗した場合に、やってもらいたい事があるのだ。

「あの場で私がそれを問いたださなければ、会談は失敗していなかったのか?」

「ううん、そんな事はない。正直万事休すだった。もし、誰も理由を聞かなくても、いずれは玖珠くすさんの口から出てたと思う。その場合、誰にも責任が向かなかった。今みたいに、お父さんがへこまなかっただけ」

 あの場では、私が理由を聞いたら駄目だったという状況を作り出してしまった。そこは反省。だが、そうしなくても、玖珠くすさんがお父さんを攻め立てていただろう。そうしなかったのは、私のでもう十分と思ったからだ。敵のサポートをしてしまうなど不覚である。

「お前の事だ。案はなくとも、新たな案を出そうと試行錯誤していたのだろう。その為に、無駄だと分かっていても、事前の打ち合わせ通り会談を進め、時間稼ぎをした。それなのに、その時間さえも私のせいで無くしてしまった。本当にすまない」

 そういうところが察しが良くても困る。私の事を分かってくれてる故だから、悪い気はしないけど。でも、まだ私達には出来る事がある。早くお父さんには立ち直って欲しい。

「謝らないで、時間が少し伸びた所で、あの場をどうにかする方法は思いつかなかった。結局結末は変わらない。だから、元気出して。ね」

 露骨だったかも。でも、露骨くらいが意図を分かってくれる。お父さんは、私の事になると、鋭さが増す。親馬鹿だなあ。まあ、そこは嬉しかったりする。

「分かった。だが、時間をくれ。少しだけ一人にさせて欲しい」

「そう言うと思った。ちょうど、私にはやる事があるから」

「ん?なんだ?」

 話をしたい人物がいる。さて、この衣装で追いつけるかな?

「ちょっと、鈴華すずかさんのところに行ってくる」


 少し駆け足になる。この服、綺麗だけど本当に動きにくい。スピードを上げて、ようやく追いついた。

「あの、お話しよろしいですか」

檀弓まゆみちゃん?そんな汗だくでどうしたん?」

 「如月きさらぎ」のかぐや、鈴華すずかさん。まだ、顔は少し青いけど、お父さんよりかはダメージが少ない。あの時乳を揉んで本当に良かった。それにしてもいい乳だった。また揉みたい。

「ごめんな、会談の結果あんなんになってしもうて…けどな、うちは国民が何よりも大事なんや。意見を変える事は出来ひんの…」

「分かっています、それは仕方がない事だと理解してますから」

 視線を背の低い私に合わせてくれる。優しいなあ。そして、甘い。キチンとこちらに負い目を感じてくれている。今なら頼み事も聞いて貰いやすい。乳だって揉ましてくれそう。頼まないけど。

「その代わりとしては何ですが、頼み事をお願いしたいんです」

「うちに出来る事なら、なんでも言うて。って言いたいとこやけど、うちらも戦争の準備があるから、出来る事は限られとるんよ。堪忍なあ」

 当たり前の事なのに、そんなに謝らなくても。そういえばこの人、孤児院に寄付とかもしてたっけ?実は子供が好きなのかな?

「いえ、そんなにお手を取らない事です」

 だが、これからのちに重要になってくる事。

「お願い事は二つ。まず、そちらがこれから集め続けであろう『葉月はづき』についての情報の共有。もう一つは、そちらのコネで『武装商会ぶそうしょうかい』の出張依頼をお願いしたいんです」


思ったよりもあっさりオッケーを貰ってしまった。たった一つ理由を答えるだけで二つ返事で了承してくれた。拍子抜け。だけれどもこちらにとってはありがたい。すぐに交渉が終わって良かった。これが、他の二人のかぐやでは、こうはいかない。鈴華すずかさんはかぐや全体から見て、常識人で助かる。今回の会談は、他二人のせいで余計に疲労した気がする。まあ、でも、今回は、堅物男装と、米国かぶれと、逆ハーレムと、あらあらうふふ人妻と、ロリ王女と、ヤクザと、クールおばあちゃんと、ドジっ娘おっぱいがいないだけマシだったのかもしれない。


 福富ふくとみ 鈴華すずかは去りゆく檀弓まゆみの後ろ姿を見送った。

「よろしかったのですか?」

 側近の伸司しんじが意見を飛ばす。

「ええのええの、あの子がゆう通り、時間は出来るだけ稼いでもらわんといけんからなあ」

 檀弓まゆみに唯一して貰った説得理由である。それをしてくれれば自分達は生き残る事が出来るので、その間軍備を整えて下さい。そう言われた。本当に時間を稼いでくれるなら、こちらとしてもとても助かる。

「それにな、うちらの国は昔、えげつない事をぎょうさんしてきた。せやから、出来るだけそのイメージを払拭する為に良き人でありたいんや。今回は悪い方が目立ってもうたが」

 「如月きさらぎ」は過去、自分達の都合でしてはならない事をしてしまった。だから、「葉月はづき」ほどではないにしろ、多くの国に恨まれている。それでも、自分達の国の温かい部分も知っているのだ。だからトップである自分の振る舞いで、そのイメージを塗り潰したいと思っている。それに、これは口に出さないが、まだ十五の少女に「葉月はづき」との戦いを押し付けてしまって心から悔やんでいる。だから、出来得る限り支援をして上げたい気持ちがある。

「ですが、『神無月かんなづき』と情報共有しても、情報量的に私達が一方的に情報を送る形になるだけです。情報もただではありません。それに『武装商会ぶそうしょうかい』の出張要請も、かなりの額を吹っ掛けてくるに違いありません。国としての損失はかなり大きいです」

「大丈夫大丈夫、うちのポケットマネーから出すから国にダメージはきいひんよ」

「何でもポケットマネーで解決する癖やめて貰えませんか!」

 伸司しんじがずっと隣で文句を言っている。それをスルーする。

 頑張っている人間にあまりこういう言葉は言いたくはない。でも、もう見えなくなった背中にこの言葉を送りたい。応援の気持ちを込めて。

「頑張ってな、檀弓まゆみちゃん」

 

 さかき 天鵞絨びろうどは軍の待機室で会談の顛末を父親から聞いていた。

「そっか、駄目だったんだね…」

 目の前の端末には、父さんの顔が映っている。端末の遠距離通信機能で、会場から直接掛けてくれているのだ。

久住くじゅうの罠に全く気付けなかった…私が不甲斐ないばかりにこんな事になってすまない」

 父さんが頭を下げる。

「顔を上げてよ。俺、父さんのそんな姿見たくないよ」

「お前を死なせてしまうかもしれないんだぞ!」

 父さんが叫ぶ。父さんの思いが伝わる。俺を本気で死なせたくないのだ。

「安心して、俺は死なないよ。だから、謝らないで。そして、出来れば応援してくないかな。そっちの方が俺は嬉しいよ」

 父さんは泣きそうな顔をしている。いい大人がそんな顔しないで。

「勝ってこい!そして必ず生きて帰ってこい!」

 俺は端末のカメラに拳を映した。父さんが意図を察してくれた。父さんも拳を映す。そして拳を合わせる。

「うん!必ず勝って戻ってくる!」

 そうして会話は終了した。

 さあ、いっちょ頑張りますか。


 多くの機械パネルが並ぶ席で、輸送艦艦長、御剣みつるぎ 勘兵衛かんべえは戦争が始まった事を知らされる。戦争が始まったことで、真っ先に動かなければならないのは、この巨大輸送艦「尼子あまご」である。私が二十四年連れ添った相棒である。全長七百五十二メートル、全幅三百四十八メートル、全高百九十一メートルのこの船は、「神無月かんなづき」全ての戦繰いくさくりを積めることが出来る。全高よりも全幅が長く平べったい。そして、全体的に丸みを帯びたフォルム、そして真っ白にペイントされたその姿は、「おもち」と揶揄やゆされる事が多い。しかし私自身はこの形をかなり気に入っている。

 輸送船が何故一番最初に動かなくてはならないか、疑問に持つ者も多い。よく軍の新人に質問される。もっともである。こいつの本業は輸送であるが、同時に索敵能力もかなり高い。今の戦闘において、輸送艦や戦艦は戦繰いくさくりに補足されてしまえば終わりに近い状況である。その為、この船には最新の索敵システムが乗せてある。超小型索敵艇を射出し、周囲三千キロメートルの状況を探索する事が出来る。これで、補足される前に逃げる事が出来る。その精度は高く何か補足すれば映像まで送られてくる。小型索敵艇は前もって散布済みである。私は索敵システムを起動させた。こいつならいち早く、敵機を見つける事が出来る。戦争が始まったという事は、この船は二十四時間フル稼働しなければならない。やれやれ、私も今年で五十九になる。定年前に大変な仕事を任されてしまった。だが、私にも軍人としての誇りがある。この「神無月かんなづき」を相棒とともに精一杯防衛しようじゃないか。

 小型索敵艇に反応がある。どうした?今さっき宣戦布告されたばかりだぞ。「葉月はづき」とは約十一万キロメートル離れている。敵影がこんなすぐに表れるはずがない。どこかシステムに異常でもきたしたか?反応が止まらない。取りあえず、反応があった場所の小型索敵艇のカメラ映像を見てみる。そこには「葉月はづき」量産型戦繰いくさくりの「活炭いけずみ」が大群で映っていた。


 久住くじゅう 玖珠くすは帰りのシャトルで思案していた。

「あいつら、本当に何もしてこなかったな」

 会談の条件として、会談前、会談中、会談後私が国に帰るまで、私に武力行使を行わない。そう約束していた。あのような結果となったのなら、それを破ると思っていた。だから対策もしてきた。多少の武力を「長月ながつき」の伝手つてで「神無月かんなづき」に用意させていた。あそこは多くの間者スパイを「神無月かんなづき」に送っている。今回はそれに頼らせて貰った。しかし、それも無駄に終わった。本当に甘い奴らである。私が奴らの立場ならその場で銃殺し、首を相手の国に送っていた。それくらいしないと生き残れない。私は「葉月はづき」でそう育ってきた。

 このシャトルの最高速度は二十六万八千キロ、この場をすぐに去る事が出来る。重量を極限まで軽くして、人一人を運ぶ為だけに作られた特注品だ。今の世の中スピードを求めなくていけない。確かに、地球圏内で完結している私達にはスピードは必要ない。その為、進化の方向は、どれだけ電気エネルギーのみで規格を統一出来るかになった。おかげで、今のシャトルは全て電気エネルギ―で動いている。しかし、それではつまらない。そうして安定性だけを求めても遊びがなさすぎる。このシャトルのように、電気エネルギー以外の燃料も使ってみるものである。地球資源があればそれも自由に出来るだろう。まあ、それでも所詮しょせんはお遊びの範疇はんちゅうである。だが、お遊びも大事だ。このシャトルおかげで、戦場へと変わっていくこの場所からいち早く脱出出来るのだから。

「さあ、戦争の開幕だ」

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