第十話・宣戦布告~もう、止まらないというのか…~

 確かにまだ案はあった。金銭取引による停戦協定、中立国の「師走しわす」との提携、地球圏外への逃亡。しかし全て軍の縮小が前提条件となる。つまり、この一言で、こちらの用意していたものは全て崩れ去ったのだ。

 だが、何故だ。軍備縮小以外に道などありはしない。それ以外の手段として考えられるのは、やはり地球の資源くらいである。

久住くじゅう、お前は戦争を回避したいんじゃなかったのか⁉」

 思わず叫んだ。しかし聞かねばならない。何故、こんな戦争回避を否定する事を宣言するんだ。

「ふむ、誤解があるようだな。私は別に戦いを避けたいとは思っていない」

 おかしい。そんな筈はない。

「それでは、それでは何故?」

「あ、お父さん!それは!」

 娘が何かを口に出そうとしている。後にしてくれ。まず、この事を問いたださなければならない。

「何故、お前はこの会談を受けたのだ⁉」

「それを言っては、もう止まらない!」

 娘が叫ぶ。何を、何を言っているのだ。久住くじゅうの方を向く。

 久住くじゅう 玖珠くすはとても歪んだ笑みを浮かべていた。


 何だ?私は何をしてしまったのだ?これは当然の疑問ではないのか?戦いを避ける以外にこの会談を受ける意味があるのか?本当に、私はいったい何をしてしまったのだ?

「知りたいか?私が会談を受けた意味を!」

 どうして?どうして久住くじゅうはこんなにも喜んでいるのか?

「教えてやるよ、私がこの会談に来た意味を!」

 意図があったのか?娘はそれに気が付いている。いったいそれはなんなのだ。久住くじゅうは、こちらへ真っすぐ指を指し、叫ぶ。

「貴様の国『神無月かんなづき』になあ、戦争を申し込む為だ!」

 馬鹿な!それこそ有り得ない。それは、自分達の為に回避しようと思った事である。しかし、それこそ「葉月はづき」を破滅の道へと進ませる。何故ならば!

「お前は正気なのか?今、この場で宣戦布告をするという事は、将来必ず攻め込まれると分かっている『睦月むつき』『如月きさらぎ』も敵に回すという事だぞ!いくら軍事大国といえ、三国同時に戦って勝てる訳がないだろう!」

 だからこそ、すぐに宣戦布告をせずに、戦争回避の為この会談に参加した。そう思っていた。だが、久住くじゅうは呆れたような表情で私を見てくる。

「三国?二国の間違いじゃないか?なあ!『睦月むつき』のかぐや姫さんよお!」

 久住くじゅうが今までずっと黙っていた月神つきがみに話しかける。

「今この場で私が『神無月かんなづき』に戦争を仕掛けたら、貴様は私に?」

 月神つきがみは静かに首を振る。

「いいえ。その程度の事で、『睦月むつき』は

 思わぬ言葉が、月神つきがみの口から放たれた。

「なんでなん!将来必ず、『葉月はづき』は『睦月むつき』を攻めてくる!今、三国で協力して『葉月はづき』を倒すべきやないんか⁉」

 鈴華すずか嬢も驚いている。非戦争主義とは知っていたがここまでとは。だが、理屈に合わない。だから叫ぶ。

「将来戦争が起こると分かっていながら、何故今しないのですか?私達がやられた後、貴方の国は孤立してしまいます!」

 月神つきがみは首を傾げる。

「それがどうしたのですか?」

 そんな事、当然だろうと言い放つ。この人は一体、何を考えている?この会談ではそんな感想ばかりである。私がおかしいのだろうか?

「今戦おうが、貴方達が倒れてから戦おうが、結果は同じ。我々の国『睦月むつき』が

 当たり前のように宣言する。『睦月むつき』は謎の多い国である。どんな真実があろうとは驚いてはいけないのだろう。だが、そこまでか。そこまで言えるほど、自信があったというのか。

「だったら、今戦わない方がお得でしょ。貴方達二国で決着がつくかもしれません。そうなれば、私達が戦う事はありません。この会談に参加したのも戦争を避けるため。我々『睦月むつき』は常に非戦の道を歩み続ける」

 狂っている。これではまるで非戦信仰だ。自分達が非戦の道を進む為ならば他はどうでもいいという事だ。

「こいつ!うちらを当て馬にする気なんか!ふざけ…」

「おっと、私の話もまだ終わっていない。もう一度、こっちを注目してもらおうか」

 鈴華すずか嬢が月神つきがみに文句を言おうとした。だが、久住くじゅうにそれを阻まれる。まだ何かあるというのか⁉

「今度は二国から一国になってもらおうか」

「うちが、こいつみたいに攻め込まないと思っとるんか?そんな事ないやろ!二国で攻めた方が有利に決まっとる!」

 そうだ。『睦月むつき』と違って『如月きさらぎ』には、戦争を先延ばしにする理由がない。そう、思っていた。

、か。本当にそうなのか?」

「なん、やて?」

「貴様の国『如月きさらぎ』は私の国『葉月はづき』と比べ、軍事力が低い。だから、『神無月かんなづき』と手を組み、私達に対抗する。一見すると間違っていない。だが、貴様の国は商業大国、資金も軍事力を買うコネもある。準備に集中する時間があれば、私の国『葉月はづき』を超える軍事力を集める事が出来るかもしれない」

「…あ」

 私と鈴華すずか嬢は、言葉を失う。時間があれば、『葉月はづき』に対応出来る軍事力を用意出来る。そして、その時間の稼ぎ方も想像がついた。

「例えば、私達が『神無月かんなづき』と戦っている間に準備をすればいい。小国である『神無月かんなづき』を頼るより、こっちの方がよっぽど、になるんじゃないか?」

「そ、それは…」

「何を躊躇とまどう。そっちの方が、お前の大好きな国民の犠牲が少なくなるんだぞ。自国の国民を取るか、『神無月かんなづき』を取るのか。考えるまでもないだろう」

 鈴華すずか嬢が苦悩する。苦悩した末、こちらに申し訳なさそうな顔を向ける。

「堪忍な、お二人さん…」


 嵌められた!最初からこうする予定だったのだ!すぐに宣戦布告せず会談に参加したのも、そうすれば私達が『睦月むつき』と『如月きさらぎ』に協力を依頼するのを分かっていたからだ。この場に三国を集めて、これを行う為だったのだろう。狙いは明白。三対一の戦争よりも、一対一の戦争を三回繰り返した方が勝率が高いと踏んだからだ。たとえ、残りの二国に準備期間を与えても、二国から挟撃されるよりはマシだと考えたのだ。全て計算ずく、私達はそれに踊らされてしまった。

 『睦月むつき』のかぐや、月神つきがみ かぐやは、まるで表情を変えない。どうだっていいのだ。だから何も言わず、この会談もこのまま終わってもいいと思っている。

 『如月きさらぎ』のかぐや、福富ふくとみ 鈴華すずかは、悲しそうな表情している。だが、この結果を変えようとは思わないだろう。『葉月はづき』の狙い、三対一の回避という目的に気づいていても、こちらはこちらで、準備時間を貰った方が有利だと考えている。鈴華すずか嬢は、優しさがある。だが、それを一番に向けるのは国民である。その為なら私達を切り捨てる事もいとわないだろう。つまり、鈴華すずか嬢もこのまま会談が終わってもいいと思っている。

 『葉月はづき』のかぐや、久住くじゅう 玖珠くすは、満足そうな表情をしている。当たり前だ、望み通りの結果を得たのだから。つまり、言わずもがな、このまま会談が終わってもいいと思っている。


 もう既に、みな納得できる結果を得ている。『神無月かんなづき』を除いて。


「それじゃあ、改めて宣言しようじゃないか!」

 久住くじゅうが立ち上がる。やめろ。終わるな。終わってしまったら戦争が起きてしまう。誰も味方がいない絶望的な戦争が。

「我が国『葉月はづき』は」

 やめてくれ!その絶望的な戦場に、私は息子を送り込まなければならないのだぞ!やめろ!やめろ!

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

貴国きこく神無月かんなづき』に宣戦布告をする」

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