第九話・会談の開催~なんとしてでも成功させなければ~

 明らかな挑発を口に出し、久住くじゅうは足を机に思い切り乗せた。その姿に鈴華すずか嬢が露骨に嫌な顔をする。鈴華すずか嬢は優秀な人物である。だが、普段交渉事は部下に任せ、自分はデスクで指示を飛ばすタイプである。重要な会談には顔を出すが、その時が問題だ。そういう時に若さゆえの甘さを出す事がある。この反応は嫌な予感がする。

「それじゃあ、交渉開始します。と言いたいけど、その前に貴女のけったいな態度を謝ってくれへんか」

 鈴華すずか嬢が露骨な敵意を表し言葉を投げつける。時間ぎりぎりで到着し、来たら来たであの振る舞い。気持ちは分かる。分かるのだが、ここは抑えて欲しかった。

「私の態度が許せないか、器の小さい奴だ。それに貴様は私の武力を止めたいのであろう。なのに、この程度の挑発で嫌悪の情をぶつけてくるか。くくっ、知性が足りていないな」

「なんやて、そんな常識のない振る舞いしとる奴が、うちの人となりをとやかくゆう資格ないわ!」

 側近の伸司しんじなだめに入る。

鈴華すずか様、ここは抑えて…」

伸司しんじ、黙っとき!こいつをこのままにはしておけんわ!」

「ですが…!」

 伸司しんじは必死に鈴華すずか嬢を落ち着かせようとする。しかし、それを遮るように久住くじゅうが言葉を挟む。

「とやかく言われる資格がない?資格がなくとも、いくらでも言ってやる!貴様はすぐに頭に血が上る、愚図ぐず愚物ぐぶつ愚劣ぐれつ愚鈍ぐどんな本物の愚か者だ。資格と言うなら寧ろ、そんな貴様こそこの会談にいる資格がないのではないか?そんな貴様が、私を否定できるのか⁉軽く挑発に乗る、頭の軽い貴様がなあ!」

「言わせておけば、この腐れが!」

 鈴華すずか嬢の言葉が徐々に荒々しさが増していく。恐らく久住くじゅうは、意図的に鈴華すずか嬢を怒らせている。いや、最初から誰かの怒りを狙っていた。だから、あの態度だったのだろう。それに鈴華すずか嬢が釣られてしまった。思惑はなんだ?こちらに冷静な判断をさせないためか?場を乱す為か?とにかく、このまま久住くじゅうのペースではまずい。どうにかして、止めなければ。

鈴華すずかさん」

「なんや!」

 わが娘が割って入って来た。これ以上の事態の悪化を防ぐつもりだろう。側近でも止められなかった。今も伸司は鈴華すずか嬢の後ろでオロオロとしている。この手の施しようない状況を、どうやって収めるつもりなのか?娘は席を立ち鈴華すずか嬢に近づく。

「えい」

 娘が鈴華すずか嬢の胸を揉みしだく。その場の空気が凍り付く。

「―なっ!」

 鈴華嬢は顔を真っ赤にして娘から離れる。

「何するん!?」

「こういう時のお約束です、落ち着きました」

「あ…」

 鈴華すずか嬢の顔に冷静が戻った。

「かんにんな、これじゃ相手の思う壺やな…おおきに」

 一度頭を冷やしたことで、相手の意図が理解できたようだ。取りあえずなんとかなったようだ。

「どういたしまして。それじゃあ、会談を再開します」

 そう言って、娘は自分の席に戻った。意図は分かるのだが、もう少し他のやり方はなかったのだろうか。ともかく、鈴華すずか嬢は落ち着きを取り戻したようだ。

「つまらん。もう少しそこのうつけの愚かさを、観察していたかったのだがな」

 久住くじゅうはまだ諦めていなかったようだ。再び鈴華すずか嬢を挑発する。鈴華すずか嬢は一度冷静さを失った事を反省し、何も言わない。だが、表情には憤りが感じられる。

玖珠くすさん」

 娘が久住くじゅうに声を掛ける。何故か満面の笑みを浮かべていた。

「なんだ?小娘」

「言われた通り、貴方を説得するんで」

 そこまでは笑顔で言葉を紡いでいた。だが、一瞬で娘の顔から笑顔が消えた。

「少し黙っててもらえませんか?」

 口調は落ち着いていた。しかし、底に凄まじい怒気を感じる。娘の目を見た。父である私でさえすくんでしまう憤激ふんげきひとみに映していた。その瞳を真っすぐ久住くじゅうに向ける。久住くじゅうの表情は変わらない。変わらないが、一筋の汗が流れたように見えた。

「凄まじいな。本当に貴様、十代の少女か?分かった分かった、まずはお前の話を聞こう」

 久住くじゅうはこれ以上場を乱せないと判断したのか、娘の言葉通り押し黙った。やっと予定通り話を進められそうだ。

「まず、私達の目的はあなたの武力行使の阻止です。ですが、その為に国が滅ぶのも同意できません。それ以外ならいくらでも差し出せる覚悟があります。どうか、それで兵を引くことは出来ませんか?」

 今さっき黙れといった人物に、なんでもしますから戦いを辞めて下さいと頼むのは、少し情けないと思う。だが、これでいい。とにかく、戦争の回避が優先なのだ。しかし、この案では、恐らく久住くじゅうを頷かせる事は出来ないだろう。

「それは無理だな。そんなものでは足りはしない」

 当然こう答えてくる。しかし、一応は試すだけ試したかった。

「うちらも援助する。それでも足りひんか?」

「ああ、足りない。分かっているだろう?力を持ち続けるには、その程度で得られるものでは全然足りはしない」

 その通りである。余りに国の規模に対して、軍事力が膨らみ過ぎている。この会談に参加する三国の援助程度では到底賄えない。だから、どうしてもその軍事力を、どうにかして貰いたかった。

「ならばこういうのはどうでしょう。ここにいる鈴華すずかさんは、多くの国内事業を軌道に乗せました。そのプロデュースを受ける事で、『葉月はづき』内に新たな興業を作り、財源を確保するというのは」

 鈴華すずか嬢が得意げな顔になる。彼女の事業計画は卓越したもので、どんな大きな赤字でも、ひとたび鈴華すずか嬢が手を加えれば必ず黒字になると言われている。その手腕で、まずは財源を確保する。

「それは少々面白い。だが、我が国の破滅には到底間に合わないと思うのだがな」

 だが、それでも足りない。いくら鈴華すずか嬢の腕が見事でも、それだけで「葉月はづき」を救うのは現実的ではない。

「分かっています。だから、あなた方にもやってもらいたい事があります」

「ほう、なんだ?」

 ここだ。これに同意してもらえれば、この会談は成功したと言っても過言ではない。なんとしてでも合意してもらわなければ。

「あなた方『葉月はづき』の軍事力縮小を要求します」


「小娘、お前、言っている事の意味が分かっているのか?」

 当然の反応だ。それはいわば、自殺してくれと言っているようなものである。

「ええ、分かっています。今の状態で軍を縮小させると、あなた方を恨んでいる国に、『葉月はづき』が蹂躙されてしまいます。ですが、それは私達が抑えます。なので、その間に新たな財源を確保し、『葉月はづき』を立て直して下さい」

 これが事前に考えた案の中で一番最良なものである。「葉月はづき」を恨んでいる国の対応は困難であろうが、こちらは必ずしも軍を差し向ける訳ではない。説得は「葉月はづき」よりは容易いはずだ。最悪戦争になるにしても、「葉月はづき」の残った軍事力と「如月きさらぎ」の軍事力でどうにかなる。そして何よりも、大抵の国は不透明な「睦月むつき」を敵に回したくない。今回の「葉月はづき」が特殊なのである。「睦月むつき」からは直接戦いの援助の約束はもらえなかった。非戦争主義なので、当然である。しかし、物資の援助と「睦月むつき」の名を使わせて貰える許可は取り付けた。これにより、我が国「神無月」の戦争はほぼ回避される。私達だけ戦争を回避するのは心苦しいが、そもそも軍隊の規模が違う。その部分に関しては他の国に頼るしかない。自国の為ではあろうが、「睦月むつき」「如月きさらぎ」がこの案に乗ってくれて本当に良かった。

「『睦月むつき』『如月きさらぎ』『神無月かんなづき』が必ずあなた方『葉月はづき』の国を守ります」

 頼む。この案に乗ってくれ!

「は、はは、ははははは、あーはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」

 笑った。久住くじゅうわらった。

「はは、守る?守るかあ!そうくるとはなあ!あーはっはっはっはっは」

 何が…何が可笑しい?

「まったく…ふざけた提案だ!こんな、こんなもので私が!私の国「葉月はづき」が止まると思っていたのか⁉」

 憤るように、呆れるように、馬鹿にするように久住くじゅうが叫ぶ。

「なあ、貴様ら。戦争をする相手に 、条件を突き出して、、停戦と軍備縮小を迫る行為を何て言うか知ってるか?」

 ある単語が、脳裏によぎる。だが、それは…

って言うんだよ!こういう事はなあ!」

 私は、私達は本気で「葉月はづき」を救おうと考えていた。それを、お前はそう受け取るのか⁉

「そんな事を言われて『はい』なんて頷く訳がないだろう。守るなんて詭弁だな。貴様らは、私達を自分達の都合がいいように動かしたいだけだ。誇り高き我が国がそんな提案に屈すると思ったか?ふざけるのも大概にしろ!」

 まだだ、まだ案はある。戦争は、戦争は絶対に起こさせはしない。だが、そんな私の思いは次の一言で完全打ち砕かれてしまった。

「これからどんな提言が来ようとも、我ら『葉月はづき』は絶対に軍備縮小などしはしない!」

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