第八話・三国のかぐや~緊張で胃がキリキリする、娘の胆力が羨ましいな~

 さかき 伊三郎いさぶろうは緊張をしていた。だが、娘の前でその素振りを見せる訳にはいかない。その娘の方がこれから大変なのだ。大丈夫だ。出来ることは全てやった。後は娘に何かあった時、それを助けてあげるだけだ。

 静かである。主催が他の代表より遅れる訳にもいかず、余裕を持って会談の場に入室した。その為、まだこの部屋には娘と私しかいない。この静けさは心を摩耗する。子供たちの前では出来るだけ威厳を持って接しているが、本来私はこのような場所に出る身分ではない。婿としてさかきに入る時、覚悟はしていた。今も出来得る限りさかきとしてふるまっている。しかし、どうしてもなれない。それに比べて私の娘は立派である。堂々と佇んでいる。恐らく心の中もそうなのだろう。そういう所は本当に竜果りゅうかさんに似ている。

 そんな事を考えていると誰かが会場の戸を開けた。

「失礼します」

 はんなりとした音程の言葉が、戸の向こう側から飛んでくる。言葉の後、レディーススーツを着こなした、貼り付けたような笑顔を浮かべた女性が入って来た。

 商業大国「如月きさらぎ」のかぐや、福富ふくとみ 鈴華すずかである。

「どうぞ、こちらへ」

 すぐに席へと案内する。

「おおきに」

 そう、お礼を言いながら、席に着かれた。

 鈴華すずか嬢の後に続き、背の高いスーツ姿の中年男性が入ってくる。鈴華すずか嬢の側近である浦賀うらが 伸司しんじだ。伸司しんじはこちらに一礼し、鈴華すずか嬢の横の席へ座る。何度か政務で会ったことはあるが普段はなかなか気さくな男である。だが、今回は一言も喋らない。私と同じく主のサポートのみ務めるつもりだろう。

 それよりも注目すべきは、先に訪れたかぐや姫、鈴華嬢であろう。二十代後半という若さで、自らの実力のみで三大大国の一つ「如月きさらぎ」のかぐや姫まで上り詰めたやり手である。商才に優れ、数々の国内事業を成功させている。政策も自国の国民を最優先に考え、常に一定以上の支持を得ている。しかし、国のマイナスになるものは、遠慮なくバッサリと切り捨てる。

 見切りをつけられるのが早いので、そうならない様に相手の得になるよう対応しなければならない。だが、基本的には善人である。味方に付いてくれるのであれば頼もしい存在である。

檀弓まゆみちゃん、お久しぶり。飴ちゃん食べる?」

 そう言って、鈴華すずか嬢はポケットの中から飴玉を出す。いや、会談前なんですが…

「子供扱い禁止!でも、貰う!」

 貰うのか⁉そのまま、我が娘は飴を口に入れてモゴモゴしている。果たして、会談が始まる前に溶け切れるのか…

「相変わらず、檀弓まゆみちゃんはかわええなあ」

「ありふぁとうふぉざいまふ!」

 口に物をいれて喋らない!

「それにしても、あんさんらも大変やな。あんな怖い人らにめえ付けられて」

 鈴華すずか嬢がこちらに話しかけてくる。

「それはそちらも同じ事ですよね。今は私達を名指ししていますが、『葉月はづき』の狙いが地球資源ならば、いずれそちらにも牙を向けますよ」

 娘が即座に対応する。「如月」もまた解除プログラムを持った衛星である。その事をすぐさまぶつけた。私ではこうはいかない。こういう時口下手な事を悔やんでしまう。後、飴玉はどこに消えた?もう舐め切ったのか?

「そうですなあ。せやからそちらさんの話に乗ったんどす」

 「葉月はづき」の説得には、「如月きさらぎ」と「睦月むつき」の協力が必要不可欠である。だから素直に話に乗ってもらった事は正直ありがたい。

「手筈通り、お願いします」

「わかっとります。うちらも戦争しとうないからなあ」

 鈴華すずか嬢の言葉が終わると同時に、また戸が開かれた。開かれた戸の方を見ると、そこには鮮やかな着物に身を包んだ神秘的な女性が立っていた。

「失礼します」

 そう言って、軽く会釈をする。その顔立ちは、成熟した大人にも見えるが、幼い子供にも見える。美しくもみえるが、可愛らしくも見える。だが、全てを見下したような表情が、とても不快に感じてしまう。

 「睦月むつき」のかぐや姫、月神つきがみ かぐやである。


 かぐや、「睦月むつき」の代表は代々その名を名乗っており、それが各国の代表をかぐやと呼ぶようになった理由である。建国初期の頃から「睦月むつき」の代表はかぐやと名乗っていた。そのかぐやによって「睦月むつき」は急激に発展することになる。同時期、他の国でも、女性が治める国は発展し、男性が治める国は何故か衰退していった。ただの偶然かもしれない。だが、人々はそれをと取った。を担ぐ為、女性を国主として立てる事にした。そうして国主をかぐやと呼ぶようになった。別に「竹取物語たけとりものがたり」でかぐや姫は月の国主ではない。だが、その当時一番国が成長したのは「睦月むつき」であった。それにあやかった。これもまた、である。こうして今の体制が出来上がった。


 かぐやの成り立ちはひとまず置いといて、目の前の女性「睦月むつき」国主のかぐやについて情報を脳から引き出そうとする。だが、正直何も分からないのだ。

 まず「睦月むつき」という国が特殊なのだ。「睦月むつき」という国のみが人口で作られた衛星ではない。かつて人類が月と呼んでいた地球を回る天体である。「睦月むつき」という国はそこを人が住めるようにして出来た国である。つまりは、テラフォーミングで出来た国。その全貌は謎が多い。閉鎖的であまり他の国とは関わらない。どういう体制で、どういう政策で、どういう人が住んでいて、どういう風にくらしてるのか「睦月むつき」の住人以外誰も知らないのだ。だが、分かっている事もある。最初期、月の面積の十分の一しかテラフォーミング化されていなかったものが、今では二分の一までテラフォーミング化されている事。それにより、広大な土地を持っている事。輸入も輸出もせず、自国のみで完結している事。非戦争主義である事。そして代表であり、唯一表舞台に出てくる月神つきがみ かぐやのという存在。これだけは分かっている。とは言ってもあまり大した情報ではなく、そんな状態が百年以上続いた不気味な国である。大国には変わりないので、一応三大大国に含まれている。この国もまた、解除プログラムを持っている。だが、ここは、建国当初にあった、十分の一の土地の機能しか停止しない。その為、『如月きさらぎ』や我ら『神無月かんなづき』より、多少の余裕があるはずだ。

「お席はこちらでよろしいですか?」

 いつの間にかに月神つきがみが移動していた。まったく気配を感じなかった。

「そうです、どうぞお座りください」

 恐怖を感じる。しかし、この方の協力なしでは今回の案は成立しなかった。「睦月むつき」は建国当初から戦争を一度も起こしていない。その徹底した非戦主義が、今回表舞台に出て協力してくれた理由であろう。理由はどうあれ協力してもらえるのは助かる。

「今回の会談、事前の打ち合わせ通り、私はほとんど口を出しませんので、そのおつもりで。私はあくまで結末を見に来ただけですから」

「はい、存じ上げています」

 協力の条件の一つである。その為実質、「如月きさらぎ」「葉月はづき」「神無月かんなづき」三国での対談である。

 そう言えば、今回我が娘は静かである。そちらの方を見てみる。娘は、月神つきがみの方を渋い表情で睨んでいる。そして、小声で一言呟いた。

「衣装かぶってる」

 いや、そこは気にすべき所ではないぞ。


 会談の始まる午後一時まで2分を切っていた。「葉月はづき」のかぐやはまだ来ない。焦る。このまま来ないのではないかと不安になる。時計の針が午後一時を指した瞬間、戸が開かれた。最後のかぐやがやっと到着したようだ。


 真っ赤な甲冑にみを包み、堂々とした姿勢でこちらに歩いてくる。その顔立ちはまるで獅子のようだった。

 「葉月はづき」のかぐや姫、久住くじゅう 玖珠くすである。

 久住は、自分の席に到着したかと思うと、いきなり机をバンッと叩き周りを見渡している。

「どうやら面子は揃っているようだな」

 そう言って、椅子にドカッと座り込んだ。とても滅びそうな国の国主とは思えない不遜な態度である。空気が一気に悪い方へと流れた。なんとかしてこの空気を元に戻さないと。とりあえず、会談に参加するものが全員集まったので、まずは開始の挨拶を行おう。そう思い、立ち上がろうとした。だが、久住くじゅうがそれを遮った。

「それじゃあ、始めるか。貴様ら私を聡したいのだろう。ほら、かかってこい」

 先手を取られた。会談は、いきなり一色触発の状態になってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る