第六話・迷子の迷子の天鵞絨くん~いや、俺は至って真面目なんだって!~

 慣れ親しんだはずの基地の中、さかき 天鵞絨びろうどはどこに行けばいい分からず彷徨さまよってい続けていた。どうしてこうなった⁉

 こうなった経緯を思い出す。土曜日の朝、いつも通り準備をして、いつも通り歩いて基地へと向かい、いつも通り基地の中に入った。余りにいつも通りだったので、父に注意されたにも関わらず、訓練用ドッグに辿り着いてしまった。そこまでは、まだいい。そこからがいけなかった。気が付いた時にそのまま引き返せば良かったが、「訓練用ドッグは南側、出撃用ドッグは東側、それじゃあこの道を行けば辿り着くはず」と道に迷う典型的パターンを行い、今まで行ったことがないよく分からない場所に着いてしまった。しかも帰り道が分からない。正直、どうすればいいのか途方に暮れている。喉が渇いた…ふと、周りを見てみる。自動販売機も水道も水分補給できそうなものが全くない。昔、加々見かがみ大佐に言われた事を思い出す。どうやら基地内部には、一週間以上使用しない区画があるらしい。もしかしたらここがそうなのかもしれない。食べ物がなくても、水があればひと月くらいは人間の体は持つらしい。しかし、水がないと四~五日で死亡してしまう。もしこのまま迷い続けたら?顔から血の気が引く。思った以上に最悪の状況だった。知ってる道はどこだ⁉誰か、誰かいないのか⁉必死になって探す。探し回る。すると、遠くに人影が見えてきた。ベリーショートな髪型の筋肉質な身体の女性。俺が良く知っている人だった。

「がぁぁぁがぁぁぁぁみぃぃぃぃだぁぁぁぁいぃぃぃぃざぁぁぁぁ!」

「うお、なんだ⁉」

 余りの嬉しさに泣きながら飛びついてしまった。


「という訳なんです…」

「あーはっはっはっは、お前十年近くここに通ってるのに、迷うか普通」

 思いっきり笑われた。しかし全くである。自分でも呆れてしまう。

 それにしても加々見かがみ大佐は相変わらず素晴らしいプロポーションである。とても四十代とは思えない。って、俺はいつまで加々見かがみ大佐を抱きしめているんだ。

「すいません!いつまでも抱きしめて」

 パンツじゃないから心奪われない。パンツじゃないからすぐ謝れる。俺、偉い!(?)

「気にすんな、私とお前の仲だろ」

 背中をバンバン叩かれる。痛い。まあ、確かにそんなことを気にする仲じゃないのかもしれない。

 加々見かがみ 順子じゅんこ大佐。俺が六つの時、家を抜け出し、軍の基地を訪れた。戦繰の操作を教えてもらう為だ。色んな人に頼み込んだ。しかし、誰も俺の話を聞いてくれなかった。当たり前である。まだ六つの子供の話だ。しかも、俺はさかきの人間、何かあったら責任を取らされるかもしれない。だが、一人だけ俺の話を真っすぐ真摯に聞いてくれた人がいた。その人が加々見かがみ大佐だ。それから、俺は加々見大佐から指導を受けた。つまり加々見大佐は俺の師匠に当たる人である。まあ、加々見大佐かがみ本人からしたら、近所の子供みたいなものなんだろうけど。

加々見かがみ大佐に戦繰の操作を教えて貰ってからもう十年も経つんですね…」


 加々見かがみ 順子じゅんこは物思いにふけっていた。

「もうそんなになるのか、時が経つのは早いね。でも急にどうしたんだい」

「いえ、これからの事を考えると感慨深くなって。大佐の指揮下で戦うかもしれませんし」

 当時はまだ私はそこまでの地位ではなかった。しかし、この十年、大分昇進した。この子を教えている内に、私自身も戦繰いくさくりについて学べたのかも知れない。今では、戦繰いくさくりの全体指揮を務める立場である。戦争になれば私はこの子を含め、パイロット全員に対し指揮をしなければならない。

「なあ、天鵞絨びろうど。本当にいいのか?これから起こるかもしれない事は、殺し合いだぞ」

「ここに来た時のまま決心は揺らいでいません。覚悟はとっくに出来ています」

「そうか…なら、ちょっと来い、話がある」

 そう言って、少し歩いたところの長椅子に連れて行った。そこに天鵞絨びろうどとともに座る。

 こいつの話を聞いた時、私は立派だと思った。母の意思を継ぐ、その志は尊いものだ。だが、まだ六つの子供だった。訓練に耐えきれるわけないと思った。だから敢えて、全力でこいつに技術を叩き込んだ。厳しくすれば音を上げる。あきらめてくれる。こんな事をせず、子供らしく遊んでいなさい。そういう思いで鍛えた。ところが、こいつはあきらめるどころか弱音すら吐かなかった。そうしてどんどん成長していった。そのうち、私は天鵞絨びろうどの成長が楽しみになっていた。天鵞絨びろうどが折れるどころか、私が折れていたのだ。

 しかし、現実は非情だ。ここまで努力していても、天鵞絨びろうどの腕はトップクラスではない。勿論、上位の実力ではある。だが、天鵞絨びろうどより強いものが、この国にも、他の国にもいるのが現状である。戦場でそんな奴らと出会ったら、こいつは死ぬ可能性が高い。だから、出来る限り出撃させたくはなかった。

「私はな、不敬ではあるとは思うが、お前の事を本当の息子のように思ってるんだ。だから、出来れば危険な事を指せたくない。死んで欲しくないと思っている。まあ、それでも、お前は戦いに出るんだろうな…」

「そう思ってくれるのは正直嬉しいです…でも、これは、俺の生きる意味なんです!」

 分かっていた。こいつの想いは実の母親からくるものだ。私なんかが止められるものではなかった。ならば、出来る限り守ってやろう。こいつが死なないように私が付いてやろうじゃないか。

「そうか…なら天鵞絨びろうど、お前は私が絶対守ってやるからな!」

「その台詞、男女逆ですよね⁉」

 確かにそうだな。まあ、細かい事だ。

「あとな、お前、私の指揮下って言ったな。一応、さかきは軍部全てにおいての最高権限を持っているだけどな」

「確かに、その権限は持っています。ですが、軍の大人たちが、たかだか十六の高校生の命令を聞くとは思えません。だから、今はその事は考えない方向で…」

 そう言うと思った。残念だ。私より、こいつに指揮をして貰った方が勝率が高いのに。

「まあ、戦闘が起きた場合とりあえずは私の指揮に入ってもらうか。初めての実戦な訳だしな。だがな、もし、私や他の誰かに意見があるなら遠慮なく言ってくれ。戦場でのお前の目は頼りになるからな」

「はい!精一杯、期待に応えます!」

 天鵞絨びろうどが元気よく返事する。こういう素直な所をもっと前面に出せば、軍のお偉いさん何人かは付いて来てくれそうだがな。

「んじゃ、そろそろ待機場所に移動するか」

 そう言って歩き出すと、後ろから天鵞絨びろうどがトテトテと付いてきた。ほんと、こんなんが戦場に出て大丈夫なのか?まあ、しかし、天鵞絨びろうどはある才がある。

 天鵞絨びろうどは確かに、パイロットとしての能力には恵まれなかった。しかし、作戦立案と部隊指揮の能力は、この国で一番に長けていた。いや、もしかすると、その才は、十二国家全てにおいて…

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