第五話・檀弓ちゃんのお着換えタイム~お着換えしながら、ちょっと真面目なお話です~

 目覚ましの音が鳴る。起きなくてはならない。昨日は結局あのまま眠ってしまったようだ。眠気眼のまま、布団から這い出る。こうして、私の長い一日は始まった。

  

正装の着付けの為に、家の広間へ向かう。ちゃんとした正装は、かぐやに戴冠した時に着た以来である。どんなものだったか実はよく覚えていない。広間に入ると、とても豪勢な着物が目に入った。

「なにこれ?十二単かなにか?」

「似たような物です」

 後ろから声を掛けられた。余りに急だったので少し吃驚した。振り向くと、そこには日本人形のような髪型の無表情な使用人が立っていた。 宇江城うえしろ みおさかきの家の使用人の中心的人物である。

「気配を絶って後ろに立たないで」

「しかしあれほど重くはありません、動きやすいように軽い素材を使っております」

「ねえ、聞いて!」

 ちなみに十二単の重さは二十キロほどである。そんなの着たらすぐに動けなくなってしまう。

檀弓まゆみ様、おはようございます」

「あ、おはよう」

 話をぶった切って、朝の挨拶をされた。マイペースである。

みお一人なの?こういうのもっと大人数でするもんじゃないの?」

「私一人でも出来ますが、今回は年少の使用人がお手伝いに来てくれました」

 そう言うと、澪の後ろから使用人服に身を包んだ二人の小さな女の子がひょっこり現れた。

檀弓まゆみ様は二人とは初対面ですね。紗枝さえ由恵ゆえ、挨拶をしなさい」

 そう言われると二人はぺこりとお辞儀をした。

鴻上こうがみ 紗枝さえなのー」

下簗くだりやな 由恵ゆえなのー」

「よろしくなのー」

「なのー」

 二人は、たどたどしい動作で自己紹介をしてくれた。その愛らしい仕草が私の心を射止めてた。可愛い。凄く可愛い。

「よろしくね、お姉さんは檀弓まゆみって言うの」

「知っています。かぐや様なのー」

「なのー」

「そうだよーかぐや様だよー」

 二人の頭をよしよしと撫でる。二人は恥ずかしそうな表情を作る。可愛い。

「こんな小さくて可愛い女の子を、朝早くから借り出して…」

「人手が足りなかったので、仕方ありません。その為に、普段はこういう事に顔を出せない、ご年配の方や幼少の子から募集しました。そうしましたらこの二人が立候補してくれました。二人は檀弓まゆみ様に一度会ってみたかったようです」

「なんと可愛らしい意見!」

 さかきの使用人は少し特殊である。屋敷内に間者スパイを入れない為の措置として、絶対に他の国に干渉されない赤ん坊の時期の子を引き取り、使用人として育てるのだ。他の家から引き取っている訳でなく、みな孤児である。人数は、十年単位で五人づつ。一番年が上の使用人が、一番下の使用人を育てる事になる。

 赤ん坊の頃から使用人として育てるのは非人道的に思われる。だが、育てた子には使用人以外の道もちゃんと用意してある。他にやりたい仕事が出来れば、いつでも辞めていい。だが、ありがたいことに多くの人がさかきの使用人として残ってくれている。

 育ててくれた恩を報いる為、国主に使える名誉の為、給金や待遇が良い為と理由は様々である。定年は六十の為、基本は三十人であるが、一番上の年齢のものと一番下の年齢のものは教育するされるの立場の為屋敷内での仕事はしない。なので実質二十人で仕事を回している。十年前の事件で亡くなったものもいる為、今はそれより少ないが…その為どうしても手が足らない状況がある。その時に、復帰、或いは体験として今回のような事が起きるのである。

 ちなみに使用人の住むところは屋敷とは離れているが敷地内である。普段は顔を出したりしないのだが、二人に会う為、遊びに行くのもいいのかもしれない。

 そんな事を考えていると、ドンドン私の着付けの作業が進んでいく。あ、やっぱり下着は付けないんですか。なんか、落ち着かない。

檀弓まゆみ様、まだまだ時間が掛かります。その間、紗枝さえ由恵ゆえにお話をしてあげたらどうでしょうか?」

「願ってもない提案!」

 二人の方へ顔を向ける。紗枝さえ由恵ゆえは照れるように顔を真っ赤にしてこちらを見つめ返した。可愛い。

「二人とも、して欲しい話ある?」

 二人は顔を見合わせうーんっと唸りながら考え込む。可愛い。

「相談するのー」

「なのー」

 そう言って二人はこしょこしょ内緒話をする。可愛い。どうでもいいけど、さっきからみおしか働いてないように見える。二人はその手伝いに来たはずだ。このままでいいんだろうか?二人が「ん?」っと言った表情でこちらを見た。可愛いからまあいっか!

「それじゃあ、質問なのー」

「なのー」

 どうやら内容が決まったようだ。どんな問いが来るのか楽しみである。

「どうして戦争が起こりそうなのー?」

「戦争って悪い事でしょ。なんで起こっちゃうの?」

 思っていたより重たいものが飛んできた。


檀弓まゆみ様、他人に教えるということは、その事を理解していないと出来ないものです。二人の質問への答えは、この後の会談でも役に立つものです。どうか、あなた様のためにも二人に教えてあげて下さい」

 みおの言っていることはよく分かる。というか、その為に事前に仕込んだな。しかし、仕込まれたとはいえ、せっかくの可愛い二人からのお願いだ。 檀弓まゆみお姉さんが一から十まで教えてあげましょう。

「それを知るためにはまず、知っておかなければならない事があります。二人とも、この国が出来た理由ってわかるかな?」

 少し、教師っぽい台詞回しで喋ってみる。心の中ではスーツ姿を着て、眼鏡を掛けている状態。しかし、私にはあんまり似合っていないような気もする。

「えっと、地球って星を…」

「見てなくっちゃいけないのー」

「うん、正解」

 人類の母星、地球の監視。正確には、その再生装置の見張りである。十二か国全ての星は、地球再生装置の状況が分かるようになっており、場合によっては遠隔でそれを停止させる事もできる。

「その地球って星は、私たちにとってお宝の山なんです」

 地球の資源が完全に枯渇する前に人類は旅立った。その残った資源でも私たちの生活を相当豊かにしてくれる。さらに、地球再生装置は順調に稼働している。百数年もの間、順調に稼働し続けているのだ。なので、今なら再生した資源も付いてくる。

「だから、旅立った人達は、残った私達が使命を忘れてお宝を独り占めするかもしれないって思ちゃっいました」

 まあ、当然の発想だとは思う。だから、そうならないように旅立った人類は対策を残していった。

「独り占めされないように、地球は頑丈な箱の中に入れられてしまいました」

 地球防壁膜アースシールド。太陽光などの地球に必要なもの以外がそこを通るのならば、問答無用で通ったものを分解してしまう恐ろしい機能である。その機能に使われたテクノロジーは私達には一切知らされていない。この百数年、この防壁について研究する者もいたが、結局は何も分からなかった。

「でも、その箱を開けなくちゃいけない事も起こるかもしれない」

 新天地が発見出来ず、資源を求めて帰ってくる人類がいるかもしれない。そもそも私達が生き残る為に必要なこともあるかもしれない。

「そういう非常事態の為に、地球が入った箱を開ける鍵があります」

 それが今回の騒乱の原因

「その鍵の一つが、私たちの国『神無月かんなづき』にあるのよ」

 鍵と言っても実態はない。「神無月かんなづき」の中枢に地球防壁膜アースシールドを解除するプログラムが眠っているのだ。

 紗枝さえ由恵ゆえその話を聞きそわそわし始めた。

「お宝の鍵…」

「お宝手に入いっちゃう…?」

 二人の頭を優しくぺしっと叩く。

「コラッ、それが悪い事だって分かるでしょ」

 二人はシュンとなった。

「「ごめんなさい…」」

「分かればよろしい」

 叩いたところをよしよしと撫でる。ちょっと甘いかもしれない。

「そんな悪い事をしちゃうと、とてつもない天罰が起こっちゃうわよ~」

 そうこれが、今回の肝。これがなかったら戦争の回避の為に解除プログラムを起動する事も考えていたかもしれない。だが、出来ない。解除プログラムはあくまで緊急時のもの。最後に手段なのだ。それに反して解除プログラムを入力してしまうと、それと同時にある事が起きてしまう。

「箱を開けちゃうと、私達の国がなくなってしまうの」

 人口衛星「神無月かんなづき」。その全システムの停止命令が発動する。


 要は脅しである。勝手に地球に手を出すと住むところを失うぞ。そういう感じだ。

「お国なくなっちゃうの…?」

「私達どうなるの…?」

 難民として、他の国に受け入れてもらうしかない。それが出来ない場合、最悪は死ぬ場合もあるだろう。

「ね、怖い事起きちゃうでしょ」

 解除プログラムの扱いはかなり危険である。将来正式にさかきで働くであろう二人にはこの事をしっかりと知ってもらいたい。

檀弓まゆみ様。少しよろしいですか。今のお話で、昔から疑問に思っていた事があります。ご質問よろしいでしょうか?」

 みおが会話に入って来た。割と完璧超人に近いみおが質問なんて珍しい。

「私に答えられる事なら」

 流石に知らない事は答えられない。どうでもいいけど、私が喋っているのに、それに構わずみおは私の顔にメイクを施す。鏡で自分の顔を見てみると、しっかりとメイクが出来上がっていってる。どこでこんな技術を身に着けるのだろうか?

「では、ご質問させていただきます。どうして解除プログラムは『睦月むつき』『如月きさらぎ』『神無月かんなづき』の三国にしか与えられなかったのですか?全ての国に同様な措置を与えていれば今回のような事は起きなかったのではないでしょうか?」

 ふむ、なるほど。解除プログラムは、私達の国「神無月かんなづき」のものだけが有ればいい訳ではない。三国のプログラムが揃って初めて防壁が取り除かれる。つまり、地球に入るには三国の機能を停止しなくてはならない。正確には「睦月むつき」は違う。だが、そこは今回は関係ないので割愛。その停止される国の中に「葉月はづき」が加われば今回の事は起きなかったかもしれない。自分の国が無くなってでも、地球の資源を欲したりはしないだろう。もっと言えば、十二国全てにこの機能を与えれば、地球を求めて戦争など起きはしない。何故そのようにしなかったのか?みおが言いたい事はそういう事だろう。

「その理由は二つあるわ」

「二つ、もですか?」

「まず、地球を旅立った人達は、当時の私たちの国を、一つの国ではなく、十二分割された東の島国の一部。そう認識していたの」

「?、それが理由になるのでしょうか?」

「えっと、じゃあ…」

 会話に入れなくて暇そうにしていた 紗枝と由恵を会話に入れてみる事にした。

「二人はお宝ってどんなものだと思う?」

「食べ物!」

「ご馳走!」

 二人は目をキラキラさせながら答えた。可愛い。

「じゃあ、二人の目の前に食べきれないほどの沢山のご馳走があります」

「貰っていいのー⁉」

「食べていいのー⁉」

 思ったより食いつきが良い。この先の質問の事を考えると心が痛む。

「食べていいですよ~。いいですが、食べると家族である使用人仲間が三人死んでしまいます…食べますか?」

 二人はびくっとなり、顔を青ざめる。

「…食べないのー」

「…死んで欲しくないのー」

「ごめんね、怖い想像させちゃって」

 二人の頭をよしよしと撫でる。今回これ何回目だろう?

「こういう事。自国の国民を四分一失ってでも、資源を求めないだろう。そう判断されたの」

「なるほど」

 この目論見は、各衛星の自立により完全に崩れてしまった訳だが。

「ですが、国民を四分一失うよりも全て失うかもしれない。そう脅した方が効くのではありませんか?やはり、十二国全てに解除プログラムを付けた方が良かったのではないですか?」

「いい質問。そこで二つ目の理由が出てくるの」

 そうなのである。こういう脅しは数が多いほど効果がある。なのに何故それをしなかったのか?

みお、十二国の衛星は、素晴らしい技術が詰まった有用性のかたまりなの」

 これらを建造するために二百年の月日を掛けたという。

「さっきも言った通り、地球の資源が必要になる事もあるわ。その時に、その素晴らしい技術の詰まった存在を、全てなくしてしまうのは、流石に勿体ないと感じたみたい」

 要は、十二の衛星を残して置きたかったのだ。しかし、何も対策をしないで、地球の資源を奪われる可能性を残すのも嫌だ。そこで四分一というラインが出来たのだ。

「ありがとうございます。長年の疑問が解けました」

 みおが深々とお辞儀する。お辞儀しながらも手が止まっていない。すごい光景である。

「それで、どうして戦争は起こるのー?」

「のー?」

「あ」

 そういえば結論を言っていなかった。二人にも分かり易く…

「『葉月はづき』がお前らの事どうでもいいからお宝くれって言ってる」

「⁉、『葉月はづき』悪い奴らなのー!」

「のー!」

「そう言う事」

 今回の出来事は結局はこれだけの事である。問題はそれを主張している国がトップクラスの軍事力を持っているという事だ。

檀弓まゆみ様、準備終わりました」

 いつの間にかに全てが終わっていた。鏡を見てみる。まるで、他人を見ている感覚だ。衣装とメイクと髪型で、人は大きく見た目を変える事が出来るようだ。

檀弓まゆみ様、今日はお話ししてくれてありがとうなのー」

「なのー」

 結局二人は私と話をしていただけだった。きっとみおも最初からそのつもりだったのであろう。私が退屈しないように話相手を見繕ったのだ。二人も私に会いたかった。みおあるじを退屈させなかった。私は可愛い二人と話せて幸せだった。すごい、みんな得しかしていない。落ち着いたら、また二人に会いに行こう。今度はどんな話をしてあげようか。きっと、どんな話でも私も二人も楽しめる。その未来を掴み取る為に。

「さて、悪者を説得しにいきますか」

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