第三話・天鵞絨の日課~強くなりたい、ただそれだけなんだ~

父さんとの打ち合わせが終わった時間は午後六時前だった。

 日課とは何かというと要は訓練である。本当なら軍の中でした方が良いのだが、学校があるため軍での訓練は土日だけである。残念だ。

 まずは基礎トレーニング。三十分間の走り込み。懸垂、腹筋、腕立て、スクワット。

 これを朝と夕方にやっている。余り多くはないが、俺に訓練を教えてくれる加々見かがみ大佐曰く、これで十分らしい。そもそも俺の本業は戦繰いくさくりである。戦繰いくさくり内部はパイロットに負担が余りかからないよう出来ている。だから、そこまで体を作り込む必要はないらしい。寧ろ、やり過ぎて怪我をした方が困るとも言われた。

 基礎トレーニングが終わると午後7時頃だった。すぐさま次の訓練に入る。

 戦繰のシュミレータールームに入る。俺の訓練の為に自宅の一室を改装して出来た部屋だ。我がままを叶えてくれた父さんには感謝である。

 敵の設定を「葉月はづき」量産型戦繰いくさくりの「活炭いけずみ」に設定。一対一、多対多、多対一、部隊指揮、防衛戦、護衛、輸送路確保、撤退戦、偵察、追撃、殲滅戦、消耗戦、奇襲、奇襲対応などなど、今日は20パターンの戦闘を試した。

 ふと、思った。俺はこの十年、自分がどれだけこれを積み重ねて来たのか気になった。明日、本番があるかもしれない。その時、少しでもいつもの自分でいられるように自信が欲しかった。使用回数は記録されている。表示してみた。六万六千九百三十四回。それだけの数の戦闘をこなしてきた。父さんなんかが見たら褒めてくれるかもしれない数字だった。だが俺は、足りないと思ってしまった。たった六万六千九百三十四回である。無事平和を取り戻したらもっと繰り返そう。もっと、もっと、強くなる。もっと、もっと、強くならなければならない。だって、母さんはあんなに強かったんだ。俺は足元にも及ばない。その母さんに強くなれと言われたのだ。こんなんじゃ全く持って足りはしない。もっともっともっともっともっと強くならなければ。そうだろ、母さん…


 シュミレートを終えた時刻は午後9時の半ばだった。少し、休憩がてら夕食を食べる事にした。

 食堂へ行ってみるとテーブルに置いてある皿の上に沢山のおにぎりが用意されていた。

 …相変わらず、国主の食卓とは思えない料理である。

 元一般市民である父は余り豪勢な食事を嫌う傾向がある。落ち着かないらしい。その為、我が家の食卓では、普通の家庭に並ぶものが良く出されるのであった。

 皿の横に何か書置きがあった。読んでみる。

天鵞絨びろうど

 右端の三つのおにぎりは私が作ったものです、良かったら食べてくださいね!

 芹菜せりなより 物凄く、この世の誰よりも愛を込めて」

 相変わらず大げさである。だけど嬉しかった。お言葉に甘えて芹菜の手作りの三つを食べる事にした。かかお、明太子、マグロどれも俺の好きな具であった。そういえば昔、克也かつやに言われた事がある。普通の食卓のおにぎりの中にはマグロの大トロは入っていないって。割と衝撃的だった。もしかしたら、まだそう言う料理があるのかもしれない。でも、使用人のみんなは今まで出したものは普通の食卓にも出るものだと言っていたし、正直分からない。庶民と庶民でないものの違いとはいったい…

 さて、くだらない事考えてないで、休憩を終わろう。


 最後の日課をこなす為、書庫へとやって来た。後は、寝る時間までここで戦闘に役立ちそうな本を読むだけである。多くの本を読んでは来たが、直接学校の勉強に繋がるものは少なく、成績はあまり芳しくない。普通の勉強も重要な事だと分かっている。しかしどうしてもこちらを優先させてしまう。教本、技術書、指南書、兵法書、戦術書ここら辺は勿論の事、物語の中の戦闘も何かのヒントになると思い歴史物、戦記物、SF、ファンタジー等も読んでいる。これらも戦争や戦闘について書かれているものが結構ある。他には、戦繰いくさくりのカタログスペックや内部構造が乗っているもの、戦う相手の考えを少しでも読み取る為に心理学、戦うフィールドである宇宙についての内容など戦いに役立ちそうなものは片っ端から読んでいる。読み終わったものは、書庫内にある端末にデータをまとめている。必要になった時すぐに欲しいもの探し出せるようにしてある。今日は、昨日届いた、TATARAたたらブランドの戦繰いくさくり武器のカタログと、「百万回戦場を生きた猫」という本を読む。まずは、TATARAたたらブランドの戦繰いくさくり武器のカタログ。TATARAたたらは「神無月かんなづき」内部にある戦繰いくさくり専用の武器会社である。そのラインナップは古いもにから最新まで様々なものを良質で取り扱っている。ページをめくる。さすがTATARAたたら、先週発表された「武装商会ぶそうしょうかい」の新型AMエーエム砲まで取り揃えている。確か、従来の物と比べて射程が大幅に向上したものだったはず。その部分を中心に三十分ほどで読み終える。次に、「百万回戦場を生きた猫」。これは、頭部は普通の猫、身体は二メートルを超える筋骨隆々な人間の肉体を持つ猫が、二十、二十一世紀のありとあらゆる戦場を暴れまわる戦場アクションものだ。こういうものの中にも戦いのヒントがあるかもしれない。さあ、読んでみよう。


 糞。まだ兵が一人残っていやがった。もうこっちは玉切れだ。普通ならクソッタレと言って諦める場面だ。だが、これくらい俺にとっては日常だ。敵がこちらに向けて発砲する。すぐさま壁へ隠れる。しばらく銃撃が続いた。壁が銃撃で少しづつ崩れていく。このままではまずい。だが、突然銃撃が止まった。どうやらリロードをしているようだ。その隙に、もう役に立たなくなったアサルトライフルを、リロードしている糞野郎に向けて投げつけた。糞野郎のバトルライフルに命中する。ガツンと両方が落ちる音がした。

HAHAHAハハハ、あいつ銃を投げやがった。相当追い詰められているようだな!」

 そう言って糞野郎は腰から自動小銃を取り出した。あいつ笑ったな。笑いやがったな!戦場で笑って良い奴は、純粋に戦いを楽しんでいる者か、勝利した者だけだ。あいつはどちらでもない。小銃をこちらに向けてくる。遅い。糞野郎が撃つ前に、俺の拳を糞野郎の顔面に思いっきり叩き込んだ。肉の潰れる音がした。糞野郎は痙攣し、バタリと倒れる。痙攣が止まる。絶命したようだ。ライターを取り出し、煙草に火を付ける。

「兵士の身体は全てが兵器だ。油断すべきじゃなかったな」


 か、かっこいい~。ふと時計を見てみると深夜一時の時間を指していた。読み更けてしまったようだ。お風呂に入っていない。もっと読みたかったが、仕方ない。今日のところはお風呂に入って寝るとしよう。


 これが俺の日常。戦いに備えるために、毎日繰り返している日常の一部である。


 夢を見た。今日は懐かしい夢ばかり見る。そうだ、俺はここから始まったのだ。


 恐ろしい事件が有った。僕の家族と親戚がいっぱい殺された。結果的に町そのものが巻き込まれたが、大人達は、榊とその分家が狙われたのだろうと言っていた。だろう、予想である。結局、どの国が、どのような理由で行ったのか分かっていない。ただ、どうやってかは判明した。十二あったさかきの分家の一つが裏切って、他の国のものを手引きしたのだ。結果、分家は五家しか残らず、僕の家族もお父様と妹しかいなくなってしまった。大人達はその事件を「神無事件かんなじけん」と名付けた。

 事件後、今後どうするか大人達は話し合う事にした。その席に僕と妹も呼び出されていた。

「とりあえず、檀弓まゆみ様が『かぐや』を継ぐ事は決定ですね。本来は二十歳はたちを超えていなければならないですが、今回は特例です。よろしいですか?伊三郎いさぶろうさん」

「仕方がないでしょう。今、さかき直系の女は我が娘しかいないのですから」

 お父様は、渋い顔しながら頷いた。「かぐや」の仕事は大変だと、お母様が言っていた。それを檀弓にさせたくないのだろう。それにしても、そうなのか…お母様がやってきた「かぐや」は、檀弓まゆみが受け継いでくれるのか…でも、僕よりも小さい檀弓まゆみに、お母様が大変だという仕事を任せるのは心が痛んだ。

「安心して下さい、伊三郎いさぶろうさん。あくまで、その称号を受け継いで貰うだけです。業務自体はあなたがやって貰って結構です。そのサポートも分家である私達がしっかりこなします。しかし、問題は次の議題です」

 良かった。檀弓まゆみは働かなくていいのだ。安心した。ならば、僕は僕のすべき事に集中出来る。きっとそれが、問題と言われた次の議題だろう。

「そうですね。『かぐや』の件はなんとかなるでしょう。しかし、軍にさかきの者を派遣する件はどうなさるのですか?竜果りゅうか様は、かぐやもこの仕事もどちらもこなしていたのでしょう?」

 仕切っていた分家の人と違う人が質問を投げかける。

「そうですね。『神無月かんなづき』の決まりとして、代々さかきの者一人が軍に所属し、全体を率いてきた。しかし、今回それを出来る者がいない」

「そもそも、どうしてこんな決まりが出来たのですか?」

「表向きは、国主であるさかきが自ら前線に立ち、兵の士気を高める為。国民の受けもいいです」

「表向き?では、裏もあるのですか?」

「簡単に言えば、クーデター対策です。『神無月かんなづき』は性質上、間者スパイが入りやすい。それは軍内部にも入り込みます。その為、クーデターを企む者もいます。その対策として、命令系統のトップに国主の家系の者を置いているのです。事実、過去にクーデターを未然に防ぐ事もありました」

「そう、これも必要な役割です。なので、私がやりましょう」

 お父様が手を上げる。しかし、分家の人達はそれに反対する。

「貴方は婿養子。元々外部の人間です。その資格はありません。それに、貴方に戦いが出来ますか?貴方は根っからの文官ですよね」

「それは…」

 きっとお父様も資格がないのは分かっていた。でも、ある人物を庇いたくてそう言ったのだろう。お父様は優しいから…分家の人達もそれを知ってかそれ以上は追及しなかった。

「私達分家から出すというのは?」

「先の事件で裏切者が出た私達から?」

「…そうですね。それは最悪、再び事件を起こす結果になりかもしれませんね…」

 分家の人達は困っていた。どうしてだろう?目の前にどうにか出来る存在が居るというのに。

「いっそ、この決まりそのものを破棄しましょう」

「そんな⁉それでは、様々な機能に支障が起きます!それに、我らの対面もあるでしょう!その資格があるものが一人いるじゃないですか⁉」

「それを言うか⁉その方にこんな危険な役目を背負わすくらいなら、我らの対面など潰れてしまって構わない!お前には出来るのか⁉六歳の子供に軍統率の役割を背負わす事が⁉檀弓まゆみ様の『かぐや』とは訳が違うのだぞ!こちらは我らがサポート出来る!何もしなくてもいいのだ!しかし、この役目は戦争があれば戦いに出なくてはならない!それを!お前はこんな小さい子にやれと言うのか!」

 分家の人が僕の方へ、目線を向ける。

「落ち着いて下さい、松木まつぎの旦那。誰もそんな事は望んでいません。だから、代替案を出そうとしてるんです」

 みんな優しいな。優し過ぎる。僕はもう覚悟が出来ている。その覚悟を示す為、僕はそっと手を上げた。

「どうしたんですか、天鵞絨びろうど様?不安なのですか?安心して下さい、みんなあなたにこの役割を押し付けたりはしません」

 僕は、大きく首を振る。

「そんな事思ってないよ。僕は、お母様の役割を継ごうと思ってる」

 場がざわめく。

天鵞絨びろうど!お前自分が何を言っているのか分かっているのか⁉」

 お父様が叫ぶ。分かっているよ。

檀弓まゆみがお母様の『かぐや』の役割を継ぐというのなら、僕は国を守る役割を継ぐ。お母様は言ったんだ、僕に妹を、家族を、国を、守れる男なれと。ならば、この役割は僕がやるべきものなんだ!」

 これは僕の意思だ。いや、僕と言っては駄目だ。そんな弱々しい一人称では駄目だ。

「これは、俺がやらなければならない事だ!誰であれ、これに異を唱える事は許さない!」

 想いを乗せて叫んだ。反対されるだろう。だが、ここにいる全ての人に反対されようと、俺は折れる事は絶対にない。

天鵞絨びろうど様…貴方は…どうしてそんな顔が出来るのですか?その表情、まるで…」

 俺はどんな表情をしているのだろうか?修羅か?羅刹か?その道へ一歩踏み出したようだ。

 結局、この話は俺が押し切る事になった。後に分家の人に、俺の想いを止める事が出来なかったと言われた。お父様には泣かれてしまった。

「すまない…お前がそのような考えに至ったのは私達のせいだ。きっと私達がその道しか行けなくしてしまったんだ…」

 だから違う、そうじゃない!これは、俺の意思だ!母様の想いを受け継ぎたい、俺の意思なのだ!

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