第二話・家族会議~特殊なお家の、特殊な親子会話~

「たっだいま~、芹菜せりな~帰ったよ」

 家に帰ると、いつも玄関まで迎えに来てくれる人の名を呼んだ。だが、そこには求めている人はいなかった。代わりに和服を着た、荘厳な表情の中年男性がいた。

 わが父、さかき 伊三郎いさぶろうである。

「あ、父さん、ただいま…」

「露骨にがっかりしないでくれないか…」

 ごめんなさい。でも、恋人に会えると思って戸を開けたら、そこには父親が居たって状況だ。誰だってこうなると思うんだ。

 まだ帰宅の挨拶を済ませていない檀弓まゆみが、父さんのもとへ駆けよる。

「ただいま、お父さん。いつもなら芹菜せりなが迎えてくれるはずなんだけど、どうしたの?」

「二人ともおかえり、芹菜せりななら他の使用人とともに明日の会場の準備へいっているぞ」

「せ、芹菜せりないないのか…そんな、そんな…」

 あまりのショックに玄関先にも関わらず膝をついてしまう。そんな俺を檀弓まゆみがジトーっとした目で見てくる。

「毎日会っているのに、おにいはなんでそんなに落ち込むの?というか今朝も会ったでしょ」

「まあ、そうなんだけど。芹菜せりなと話しをするのは俺の一番の楽しみなんだよ…」

「だけどそのリアクションはどうかと思うの」

 すまん、確かに滅多に会えない父さんの前でする事じゃなかったな。反省し、よっこいせと立ち上がる。とりあえず父さんに聞かなければならない事がある。

「で、なんで父さんがわざわざ俺たちを出迎えてくれるの?」

 こういうと、なにか理由がなければ会話のない冷たい親子関係みに聞こえるかもしれない。だが、我が家の親子関係はかなりいい。それでも、父さんは仕事に追われている事が多く、なかなか会う事が出来ない。そんな父さんが、俺たちが帰ってくるのを待っていたという事は、何か訳があるのだろう。

「二人に話たい事があってな、時間を取ったんだ。とりあえず、いつまでも玄関にいることもないだろう。居間に移動しようじゃないか」

 そう言って居間へ向かった父さんの後ろを、俺と檀弓まゆみはついて行った。


 居間に入ってすぐ、父さんが口を開く。

「すまないな。さっきも言った通り使用人はみな出払っている。なにか飲食物が必要だったら、適当に自分たちで用意してくれ」

 特に欲しいものはなかったので、俺と檀弓まゆみはすぐにいつも自分が座っている椅子に腰を下ろした。

「お前たちを待っていた理由は二つある。一つは明日の事についての確認だ」

「それはみおさんとするはずだったことじゃないの?」

 宇江城うえしろ みお。使用人の一人である。本当なら帰ってすぐに俺、檀弓まゆみみおさんの三人で会談の事についての確認をする事になっていた。

「まあ、ついでだ。本題はもう一つの方にある。それに、当事者の私の方から説明した方がいいだろ?」

「まあ、確かに」

 明日の会談は国の代表「かぐや」である檀弓まゆみと、その補佐役である父さんが主役である。だが、檀弓まゆみは代表として前もって父さんが考えた案を話すだけだ。その他全ては父さんがやってくれる。檀弓まゆみ自体も上に立つ才はあり、前もって入念な準備をすれば、会談を全て取り仕切る事は出来るだろう。だが俺たちは学業を優先させてもらっている。そのため今回の会談はほとんど父さんに任せる事になっていた。その父さんが明日の会談について説明するのは、確かに一番分かりやすいのかもしれない。

「まずは檀弓まゆみ、起床時間はまかせるが六時半までに朝食と準備を済ませておけ。それから正装の着付けに入る。終わり次第出発、八時に会場へ到着の予定だ。そしてそこで、会談の段取りと、会談に必要な知識、資料に関して最終確認をする。その後十二時に昼食をし、会談まで待機。午後1時から会談が開始する。覚えているな」

「だいじょーぶ!」

 力のない返事である。だが、こんなでも、本当にしっかりしないといけない場所ではキチンとしているのが檀弓まゆみである。

「なら、細かい話に移るぞ」

 それから父さんと檀弓まゆみは、正装の着付けの手順とその手伝いの使用人の確認、会場までの移動手段とその間の護衛の配置、会場内の見取り図と当日のゲストの居場所、起こりうるハプニングへの対応など、30分近く話し込んでいる。当日会談には参加しない俺には関係の薄い事ではある。だが、何かあった時に必要になるかもしれない。ちゃんと頭の中に入れておこう。

 二人の話が終わり、父さんがこちらを向く。

「次は天鵞絨びろうどの予定になるが、その前に言っておく。檀弓まゆみの護衛ご苦労だったな」

「まあ、お安い御用だよ」

 檀弓まゆみの護衛。今日檀弓まゆみと帰った訳である。明日の会談為に、既に「神無月かんなづき」内部には「葉月はづき」の人間が入っている。会談前に何か事が起こるとは考えにくいが、念の為に行きと帰りは俺が檀弓まゆみを護衛する事ととなったのだ。一応断っておくが俺は多少の武道の心得があるものの、プロの護衛ほど強くはない。だが、それでも檀弓まゆみは俺を護衛に指名した。余り学校内で今の状態を大げさにしたくないらしい。なので、一緒に登校と帰宅をしても違和感のない俺に頼んだのだ。

「それより、ちゃっちゃと確認を終わらせてしまわない?俺への説明は檀弓まゆみよりもかなり短いでしょ?」

「…分かった。当日、もし会談が破談してもすぐ戦争状態にならないだろう。、だが念の為に、お前には軍内部で待機してもらうことになる」

「了解!」

「ここからが大事だ。お前の機体はいつもの訓練用ドックではなく、出撃用のドックにあるからな。間違えるなよ」

「大丈夫大丈夫、任せといて!」

 間違えないし、間違えてもすぐ出撃用のドックに辿り着ける。父さんは俺が、何年軍の基地に通ってると思ってるんだ?

 これで確認は終わりのはずだが、父さんはまだ何か話を続けようとしていた。

天鵞絨びろうど

「なに?」

「お前に、お前達にこんな役割を与えてしまって本当にすまない…」

「父さんが謝る必要はないよ。これは俺の意思だ。みんなもそう思ってる」

 そう、俺の意思なのだ。十年前からずっと決めていた事である。

「それでも、すまない…」

「いや、だから…うん…」

 少し、気まずくなってしまった。その空気を換えるために俺は話を続けた。

「確認はそれで一応それで終わりでしょ。もう一つの話ってなに?」

 父さんはまだ何か言いたそうだったが、俺の意図を組んでくれたようで、そちらについてはもう何も言わなかった。次の話が来る。きっと、明日の会談以降についての事だろう。俺はそう思っていた。だが、父さんの口から出た言葉は、俺の想像していたものとかなり違っていた。

「お前たち、学校は楽しいか?」

 意外な質問だった。だが、父さんがわざわざ俺たちに会って聞きたかった事だ。何か意図があるのだろう。真剣に考えてみる。正直に言ってどうだろうか?女子には嫌われているし、男子には避けられる。成績はいいわけではなく、学校行事もあまり積極的に参加できない。ん、あれ?俺なんで学校行ってるんだっけ?

 俺が悩んでいる間に、先に檀弓まゆみが返答した。

「すっごく楽しいよ」

 その言葉は、屈託のないとても真っすぐな言葉だった。その言葉を聞き、俺は改めて考えてみた。確かに、あまり学校では人と関わっていない。だが、克也かつやと出会えた。友達が出来たのだ。それに、先生達は案外俺に優しかったりする。家で勉強する暇がないので成績は伸びないが、それでも授業を受けるのは結構好きである。忙しくて、学校行事に参加することは余り出来ないが、参加した行事はいい思い出になった。ああ、そうだったんだ。簡単なことだった。克也かつや檀弓まゆみと帰った帰り道。あの時を終わらせたくないと思ったのが、答えそのものだったのだ。俺の中で学校での日常は、案外大切なものになっていたのだ。なら、答えるべき言葉は一つである。

「俺もすっごく楽しい」

 そう、檀弓まゆみの言葉に続いた。その言葉を聞き、父さんは安心したような表情を作る。

「そうか、それは良かった。本来お前たちは学校に行かなくてもいい立場だ。だが、それでは寂しいと私は思ってしまった。だからお前たちを学校に入れた。学校で得るものを、学校生活での思い出を、自分の子供にしっかりと与えてやりたかった。それでも、一般からさかき家に婿に入った私と違い、お前たちは生粋のさかきの人間だ。私の感傷で学校に入れたのは間違いだったのかもしれない。そう思った事もある。だから、確かめたかったのだ。明日、なくなるかもしれないそれを、お前たちが本当に必要にしているのかを。学校という日常を欲しているのかを。だがそれは、杞憂だったようだな」

 父さんがそんな想いで俺達を学校に入れたなんて知らなかった。なんとなく通っていた自分が恥ずかしい。

「ならばその大切な日常、守らねばならぬな」

 父さんが何故こんな話をするのか分かった気がした。発破をかけられているのだ。何があっても必ず守り抜く、そんな大事なものを提示されたのだ。

「父さん。別に、俺たちのやる気を出させるために、そんな遠回しな事言わなくて良かったんじゃない?」

「ん?ハハッ、お前はそう取ったのか」

 父さんが笑った。どうやら意図を読み違えたらしい。

「じゃあ、なんであんな話を?」

 その言葉を聞いて、父さんが改めて俺たちの方を向く。

「お前たちの、じゃない。私のやる気のためだよ」

 驚いた。父さんは、やる気など関係なく、国の為に尽くす人だと思っていた。

「本当ならば、国の為、国民の為とそんな志でなくてはならない。それに応える為、全力でこの身を捧げ続けなければならない。だが、私は凡夫でな。今回の事は余りに規模が大きいと感じてしまう。だから少し、心が委縮してしまう。だが、それでは駄目だ。分かってはいるのだが、中々割り切れない。だが、自分の子の為とあらば話は別だ。国家運営かぐや補佐の身分ではなく、一人の親としてならいくらでも頑張れるんだ。だから、私の守ろうとしているものが、お前たちにとって本当に必要なものか確認したかったんだ」

「父さん…」

 さかきのものとしては、父さんの考えは咎めなければならないものだった。だが出来なかった。嬉しかったのだ。

「大事にしてくれてありがとう」

「親が子を大事に思うことは当たり前のことだ」

 今日、父さんが俺たちを待っててくれて本当に良かった。何かがあった時、頑張らなければならない理由がまた一つ増えてしまった。檀弓まゆみの方を見ると、笑顔を浮かべていた。檀弓まゆみも嬉しかったようだ。俺たちは、少し他の家庭とは違うかもしれない。だが、これも一つの仲の良い親子の形なのかもしれない。

「これで話は終わりだ。私はまだ、会談の準備がある。後はお前たちの好きにしなさい。夕食は準備させてある、好きな時に食べるがいい」

 そう言って父さんは仕事に戻って行った。俺と檀弓まゆみが取り残された。

「私はご飯食べて休むけど、おにいはどうするの?」

「いつもの」

「今日くらい休んだら?」

「今日だから休めない」

 檀弓まゆみは、ため息をつく。

「まあ、頑張ってね」

「おう」

 そう返事をして日課に取り掛かった。

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