第一話・学校生活~自分では普通にしているつもりなんだけどなあ~

 休み時間に眠ってしまい、そのまま誰にも起こされず、授業をさぼってしまう間抜けな男がいるらしい。この私、さかき 天鵞絨びろうどその人である。うっかりしていた。最近ある事が気がかりで寝不足ではあった。だがまさか、ここまで深く寝てしまうとは思わなかった。今までどんなに忙しくても遅刻欠席はしないよう心掛けていた。なのに、こんなことで授業をさぼる事になるとは思わなかった…

 先生には起こった事を一切合切正直に説明し謝った。幸いなことに今回の件は不問にして貰えた。先生もこちらの事情を知っていたので、怒られるどこら逆に心配されてしまった。いい先生である。

 説明のために職員室へ行っていたので、もう昼休みが始まってしまった。他のクラスメイトは、もうとっくに教室へと帰っている。俺はそれに少し遅れて、教室へと戻ってきた。

 クラスメイト達はもうお昼を食べ始めている。自分も後に続こうと、ロッカーからお弁当を取り出した。そして、教室の真ん中、その一番後ろにある自分の席へと向かった。

 座って一息つく。やはり自分の席は落ち着く。一息ついた後、俺は座ったまま、椅子を右隣の席の方へ向ける。

 そこには、丸々太った人物が呑気にお弁当を食べていた。

「あ、おかえり天鵞絨びろうど、心配したんだよ。怒られなかった?」

 その人物はモグモグモグモグとお弁当を食べ続けながら話しかけてきた。

「そのお弁当にがっついた姿を見ると、全然心配してるように見えないけどね…まあ、それは置いとく。結論から言うと、先生には怒られなかったよ」

「なら、良かったね!」

 ニッコリとした笑顔で言葉を返される。多分、心の底からそう思っている。しかし、この話題はこれで終わってはいけない。

「怒られなかったけれどさあ…そもそもの原因はお前にもあるんだけど、分かってる?」

「え?僕に?」

「そう、お前にある。なんで…なんで起こしてくれなかったんだ!」

 そうなのだ。目の前の人物が起こしてくれたのなら、そもそもこんな事は起きなかったのだ。

「い、いや、あのさ、ぐっすりと眠っていたから悪いかなぁって…あと、そのうち他の人が起こしてくれるかなあって…」

「いや、俺はお前以外に友達いないんだよ!誰が起こしてくれんのさ!」

 友達がいない。とても寂しい言葉である。勘違いしてはいけない。別にぼっちで悲しい日々を過ごしている訳ではない。親しい人はそれなりにいる。いるにはいるが、その人たちは家族や親戚や同僚と、友達のカテゴリに含まれない人達である。その為、結局のところ、俺の友達は目の前の人物、崎本さきもと 克也かつやただ一人なのである。

「言ってて悲しくなってきた…」

 ちょっと涙が出てきた。

「別に天鵞絨びろうどは、クラスの男子に嫌われてる訳ではないんだよ。でも、やっぱり立場があるからさ。微妙に話掛けづらいみたい」

「仕方ない事なのかな…って男子?女子は?」

 克也かつやの目が明後日の方を見始めた。

「目を反らさない」

「……説明しなきゃ駄目?」

「うーん…いや、いい。分かってるから…」

 正直女子からの評判は自分自身が一番よく知っている。原因も分かっている。だが、なかなか直す事が出来ない。

「説明を求められた所で僕には出来ないけどね。天鵞絨びろうどと女子とのやり取りを見てると大体想像はつくけど、実は説明出来るほど現状を知らないからね。寧ろ天鵞絨びろうどから説明して貰いたいくらいだよ」

克也かつや…女子から『気持ち悪い』『話掛けないで』『近づかないで』…って言われたことはある?」

「え、本当に説明してくれるんだ⁉いや、ないけど…もしかして言われた事あるの?」

「うん!クラスの女子全員からね!エッヘン!」

「なんで偉そうなのっ⁉」

 正直開き直るしか、自分を慰める方法が思いつかなかった…悲しくなんてないよ!

「まあ、なんとかしたいとは思ってるんだ。別にさ、モテようとかそんな大層なこと思ってないよ。でもさ、せめて普通くらいの評価まで戻したいんだ。どうしたらいいと思う?」

 克也かつやが黙り込む。そして、真剣に悩み始める。そこまで難しい命題なの?

 長くなりそうなので、背中を思い切り椅子にもたれ掛かり、楽な姿勢をとった。

「ん~、まだ眠気取れてないなあ。克也かつや、結論は早めにね」

「じゃあ、とりあえず…って危ないよっ!」

 突然、克也かつやが大きな声を上げた。そして気づく、椅子にもたれ掛け過ぎてた。椅子は後ろに倒れ、俺の体は投げ出されてしまった。

 体を捻り、腕から着地、なんとか頭は打たずにすんだ。だがそのままバタンと倒れこむ。

「いつつ…」

 打った腕がじんじんする。痛くて目が開けない。でも、少しづつ痛みが引いていく。どうやら大したことはなかったみたいだ。とりあえず、瞑っていた眼を開けることにした。

 。パンツ。パンツである。どうやら俺の頭は女子の足と足の間に上手く嵌ってしまったようである。

「きゃーーーーーーーーーーーーーー!!」

 悲鳴が聞こえる。だが俺は目の前のものから目を反らせずにいた。白色の布地を基礎に、縦と横に等間隔に三本のピンク色の線が入っている、所謂チェック柄のパンツであった。本来、直線であるその模様は、臀部のラインによってところどころ曲線を描かれている。その曲線によって、柔らかそうな臀部の丸みはより強調させる事になる。素晴らしいの一言である。誰がこのような有用的機能を内包した模様を考えたのだろうか。更に、この模様は女の子らしく可愛らしい。機能性だけでなく、デザイン性もしっかりとしている。考えた人は間違いなく天才であろう。その天才に感謝しつつ、目の前の布地を穴が開くほど見つめていた。

「て、いつまで見てんじゃゴラァ!」

「グボウェエエエ!」

 思い切りおなかの方を踏まれてしまった。しまった、パンツに夢中過ぎて相手の事を考えていなかった。

「ゴ、ゴベンナザイ…ガク」

「び、天鵞絨びろうどおおおおおおお!」

 またやってしまった。これが女子に嫌われる原因。俺はパンツが好き過ぎる。パンツを見るとそれに夢中になり過ぎて、他の事に気を回せなくなってしまうのだ


 崎本さきもと 克也かつやは親友である天鵞絨に起こった惨状を見ていることしか出来なかった。いつものことながら、どうしてあんなことになるんだろうか?被害者である女生徒、前田まえださんは怒りをあらわにしながら女子の輪に入っていく。 女子たちは天鵞絨びろうどの方を見ながらひそひそと話している。ああ、また天鵞絨びろうどの女子からの評価が下がっていく…とりあえず、今だ倒れたままの天鵞絨びろうどに声を掛ける事にした。

「大丈夫、 天鵞絨びろうど?」

「大丈夫、平気平気。むしろパンツを見たから元気百倍!」

「…馬鹿なの?」

 時々、この親友の頭の中が本当に心配になる。

「すぐに謝れば、前田まえださんもあんなに怒る事なかったと思うよ」

「分かってる。分かってるよ。でも、でもね…パンツというものは素晴らしいんだ!まるでそらまたたく星のように、美しい。美し過ぎて…俺のひとみを、離してくれないんだ…!」

「…馬鹿なの?」

 そんなやり取りをしながら、天鵞絨びろうどは「よっ」と言いながらすくっと立ち上がった。

前田まえださんには悪い事しちゃった。克也かつや、悪いけど機会があったら前田まえださんに俺が謝っていたって事を伝えてくれない?俺から言うと余計こじらせちゃいそうで」

 こういうところは素直なのに、どうしてああなっちゃうのか?むしろ素直過ぎるから、ああなるのかも知れない。

「分かった、機会があったらね」

「あと、素晴らしいパンツをありがとうございました!って…」

「…馬鹿なの?」

 前半のみ了承し、後半は却下した。

「とりあえず保健室いってきたら?過程はどうあれ、椅子から転げて、お腹踏まれたんだよ。大丈夫そうに見えるけど、どこか怪我してるかもしれないよ」

「ん、ああ、確かに。問題ないとは思うけど、一応いっとく」

 そういうと天鵞絨びろうどは保健室へ向かっていった。お昼食べ損なわなければいいけど…

 天鵞絨びろうどが去った後、クラスの男子が何人か話掛けてきた。

「災難だったな克也かつや。いうもああなんだろ?ほんと、天鵞絨びろうど様に付き合えるのは克也かつやくらいだな」

「そんな事ないよ。みんなも試しに話しかければ?話してて楽しいよ」

 天鵞絨びろうどは、あんな感じだけれども、凄く良い奴ではある。だから、なんとか天鵞絨びろうどの友達を少しでも増やしてあげたい。そう思ってしまう。

「いや、まあ分かるんだけど…」

「一応、立場ってものがあるし…」

「仲良くなっても、忙しいんだろうからあんまり遊ぶ機会ないだろ…」

「「「そしてなにより、巻き込まれて女子に嫌われそう!」」」

 あんまり良い答えは期待はしていなかった。けど、予想以上に酷い回答が返ってきた。その理屈だと僕も女子に嫌われてる事になるんだけど。

「…確かに、学校では女子に嫌われてるよ。でもね、天鵞絨びろうどには彼女がいる。決して女の人全般に嫌われる体質じゃないんだよ!」

 そう、天鵞絨びろうどには彼女がいる。その彼女がまともかまともじゃないかは置いといて、彼女がいる。なので、巻き込まれたとして嫌うことない女性も少しはいるよというささやかなフォロー。

「嘘⁉マジで⁉」

「大丈夫?それ本当に彼女?」

「騙されてない?天鵞絨びろうど様騙されてない?」

 普通、彼女持ちに対する男子高校生の反応は嫉妬が大半である。にもかかわらず、この反応はある意味天鵞絨びろうどの人柄に表している。

「大丈夫、騙されてない騙されてない」

「本当か~」

「ちゃんと天鵞絨びろうどの事想ってくれている人だよ。むしろそれが、ちょっと強すぎるくらいでね…」

 ちょっと強すぎる。自分で言っておいて、かなりオブラートに包んだ言い方だと思ってしまった。

 そんなことを話していたら、天鵞絨びろうどが保健室から駆け足で帰ってきた。昼休みもあと五分しかなく、こちらに目もくれず、お弁当を口にかっ込んでいる。授業までに間に合うといいんだけど。そんな友人を気にしていたら、いつの間にかに昼休みが終わっていた。物凄く濃い昼休みだった…


 さかき 天鵞絨びろうどは終礼のチャイムが鳴ったのを聞いた。昼休みはバタバタとしてたものの、午後からの授業は比較的平和に過ごすことが出来た。いつもならすぐに帰宅するのだが、今日は帰らずに教室に残っていた。

天鵞絨びろうどどうしたの?帰らないの?」

 克也かつやが話しかけてきた。

「今日は檀弓まゆみと帰る事になっててね。来るのを待ってるんだ」

「え、 檀弓まゆみちゃんここに来るの?上級生の教室は入りにくいんじゃない?迎えに行ってあげたら?」

「いや、あいつはむしろ上級生と絡むの好きだし、俺が下級生の教室行くと騒がれるから。主に女子に、悪い意味で」

「いや、まあ、そうなんだけど…あ、檀弓まゆみちゃん来たんじゃない?」

 そう言われ教室の扉の方を見た。そこには髪の長い小柄な女子が立っていた。さかき 檀弓まゆみ。俺の妹である。

「おにい、迎えに来たよ」

 檀弓まゆみ は大きめな声で、少し遠くにいる俺に向けて話しかける。その声で、クラスメイト達に檀弓まゆみの存在に気が付いた。するとすぐさま、クラスメイトほとんどが、 檀弓まゆみの周りに集まった。

「あ、檀弓まゆみ様だ!」

檀弓まゆみ様どうしたんですか?」

檀弓まゆみ様お菓子食べます?」

「やった檀弓まゆみ様に話しかける事が出来た!」

檀弓まゆみ様に出会えるなんて今日はいい日だ…」

檀弓まゆみ様頭撫でていい?」

 あっという間に檀弓まゆみが見えなくなった。クラスメイトの声に交じって、檀弓まゆみの声が聞こえる。ちゃんと、話しかけてきた人、一人一人丁寧に対応しているようだ。

「相変わらずすごい人気だ。俺と檀弓まゆみ、どうしてこんな差がついてしまったのだろうか…」

「仕方ないよ、檀弓まゆみちゃんは我ら『神無月かんなづき』の国主こくしゅさかきの人間だから」

 そうだった。妹は国主であるさかきの人間なのだ。だからしょうがない。ん?しょうが、ない?

「って、俺もさかきの人間なんですけどおおおおおぉぉぉ!」

 ぺちっと、お腹の辺りを誰かに叩かれる。いつの間にかに、クラスメイト達から抜け出していた檀弓まゆみがそこに立っていた。

「馬鹿なやり取りしてないで、帰るよおにい」

 

「「ほぉかご~、はい!ほぉかご~、はい!たのしいたのしい、ほぉかご~、イエイ!」」

 放課後とはやはりいいものだ。別に授業が退屈とか、学校がつまらないとか思っている訳ではない。だが、義務を終えて束縛から解放された瞬間は、やはり気持ちがいいものである。その気持ちを歌詞として、檀弓まゆみとともに歌いながら下校する。

「「ほぉかご~、はい!ほぉかご~、はい!うれしいうれしい、ほぉかご~、イエイ!」」 

 イエイのタイミングで檀弓まゆみとハイタッチをする。うむ、完璧なタイミングだ。

「二人はほんと仲良いね」

 後ろいた克也かつやから出た言葉。その言葉に少し違和感がある。

「仲がいい?とはちょっと違うね」

「うん、そう。私とおにいは仲がいいと言うより…お笑いの相方的な存在」

「それだ!それが一番しっくりくる。何をするにも上手く合わせてくれるって感じ。例えば…実際にお笑いを組むんだったら…檀弓まゆみ合わせてくれ」

 そう俺がいった後、檀弓まゆみと二人でポーズを作る。

「私たち!人気漫才コンビさかき兄妹!」

「老若男女、爆笑の渦に包み込む!」

「「シュバビバ~ン!」」

「…やっぱ仲良いって」

 克也がなんか言っている。だが、俺の耳には届かない。ここまで完璧に決まったのだ。やはり何かしようとすれば、なんとなくお互いやろうとしている分かるのが大きい。

「俺達、本当に最高のお笑いコンビ組めるかもな…そうなると人気急上昇間違いなし!ファンがいっぱい出来る…やったね!」

「まあ、そのファンの大半は私のファンなんだけどね」

「コンビ内格差っ!?」

 確かにそうなりそうだった。なんという悲しい事実…

「くっ、何故だ!何故兄妹でこんなに扱いが違うのだ!」

 割といつもそうである。檀弓まゆみはちやほやされて、俺は蔑まされる。この差は一体…?

「またそんな馬鹿な事気にする…」

 呆れた顔をして檀弓まゆみが言い放つ。

「いや、確かに馬鹿に見えるかもしれない。けど、お兄ちゃんのアイデンティティに関わる事だからね!」

 妹が面倒くさそうにため息を吐く。いや、お兄ちゃん結構必死なんですけど。

「おにいと私は確かに同じさかきの人間。でも私たちには明確に違うところがあるでしょ、ただその差があるだけ」

 言われて気づく。確かにそうだ。

「そうか、男女の差。そりゃ、女の子の方がちやほやされるからな!俺だってそうだもん」

「違う」

 違った。

「あのね、確かに私が可愛くて可憐で女神の生まれ変わりみたいな美少女なのも理由の一つだけど…」

 いや、そこまでは言ってないよ。

「それ以前に私は…国を代表する『神無月かんなづき』の『かぐや姫』なんだから」

 檀弓まゆみは凛とした表情でその言葉を口にだした。

「だから、私は大事にされるの。好かれているのでなく、自分たちの国に必要な存在だから。そうじゃなかったら、私もおにいと一緒でみんなから煩わしく思われるはず。偉い人が傍にいるってあまり気分が良いものじゃないから…だから、おにい自信が悪いわけじゃないよ。おにいが自分を卑下する理由はないんだよ」

 慰められた。妹に慰められるのは、情けなく感じる。だが、檀弓まゆみは俺の事キチンと考えているのが分かって少し嬉しかった。

「いや、そんな仰々しいものじゃなくて、単に性格の差だと思うよ。主に人への対応の部分とか」

 克也かつやからズバッと切り捨てられる。台無しだった。でも、悲しい事にそっちの方がしっくりくるのであった。


「あ、しまった!今日は急いで帰らないといけないんだった!今何時だ⁉」

 俺は慌てて。青い空には、ニュースのテロップと現在の時刻が表示されていた。生まれた時から見慣れた光景である。

「良かった、まだ余裕がある…」

 今日は我が家で重要な事がある。いや、正確には翌日にあるのだが、その準備が有る。だから今日は遅くなってはいけないのだ。

 そんな俺の慌てた様子を克也かつやが不審な目で見てくる。

「そんなに焦ってどうしたの?」

「え、いや、その…」

 俺の対応で何かを確信をしたのか、克也かつやの目が真剣なものへと変わっていた。

「おにいの馬鹿…」

 檀弓まゆみにため息を吐かれる。ごめん、お兄ちゃんは隠し事とか下手なんだよ…

「それに、今日二人が一緒に帰らなきゃいけない理由ってなんなの?いつもは別々に帰っているよね。二人がいつもと様子が違う。つまりそれって『神無月かんなづき』内部で何かあったって事だよね?」

 それは、正直聞かれたくない事だった。でも、克也かつやには嘘を付きたくない。だから、聞かれたなら答えなくてはならない。だが俺は、口を開く事が出来なかった。中々言い出せずにいた。何故だろう?言いよどむ理由なんてないのに。いや、あった。ああ、なんて事ない。俺はただこの日常がもう少し続いて欲しいだけなのだ。痺れを切らして、檀弓まゆみが答えようとする。しかし、それを克也かつやさえぎる。

「答えたくない事なんだね。いや、薄々気づいてはいるよ。僕もちゃんとニュース見ているからね」

 克也かつやは知っていた。知らない方がおかしかったのだ。それでも、克也かつやは…いや克也かつやだけじゃない。クラスメイトのみんなも、俺達との日常をいつも道理に過ごしてくれていた。

「今日、天鵞絨びろうどが休み時間起きれなかったのもそのせいだよね。心労が溜まっているからでしょ 。普段ならこんな事はないからね」

 その通りだ。もう、何日も寝つきが悪いのが続いている。理由は分かっている。これから起きる事。これから起こってしまうかもしれないこと。

「戦争が起きるかも知れないんだよね…」


 戦争。嫌な響きだ。決して起こって欲しくはない事だ。しかし、今現在、それが起きてしまうかもしれない。

「僕たちの国『神無月かんなづき』と、帝国主義国家『葉月はづき』。今、両国の関係が悪化してるって事で合ってる?」

 関係の悪化。確かにそう見える。だが、正確には違う。

「正しくは喧嘩を売られているってとこかな」

 俺たちの国「神無月かんなづき」には、今の「葉月はづき」にとって喉から手が出るほど欲しいものがある。その権利をこちらに渡せというのが向こうの主張である。だが、その権利を渡してしまう事は、事実上国家の解体になる。そのためこちらは渡すことが出来ない。それに対する相手の対応が「ならば武力を持って奪い取る」である。幸いなことにすぐに戦争にならなかった。まずは一度話し合う機会を設ける事が出来た。こうして、「葉月はづき」と会談をする事になった。その調整中に、とある理由で「睦月むつき」と「如月きさらぎ」も会談に加わる事になり、計4か国での会談が明日行われることになっていた。

「やっぱ不安?まあ、不安だよな、戦争起きるかもって思うと…」

「不安じゃないって言ったら嘘になるよ。でも、僕はそれ以上に…」

 克也かつやが何かを言おうとしている。しかし、俺と檀弓まゆみはその言葉を遮る。

「大丈夫だ。何があったって」

「私たち、二人の力で」

「「みんなを守ってあげるから!」」

 分かれ道があった。ここで克也かつやとはしばらくお別れだ。俺たちは克也かつやに手を振り、その場を去っていった。

「違うよ、そうじゃない。僕はただ、二人が心配なんだよ。特に天鵞絨びろうど、このままじゃ君は…」

 呟いたその言葉は、俺に届くことはなかった。

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