放課後: 決闘、前 [東雲萌]

 右手の中に、柔らかい温もりを感じて、僕は目を開けた。

 ——あれ……ここ、何処だろ?

 視線を左右に回してみる。僕はベットに寝ていて、白いカーテンが周りにかかっている。

 保健室にいるみたい。でも何で保健室にいるんだろう?

 ——あ、そうだ。大豪寺君が投げた椅子と一緒に窓から落っこちちゃったんだ。

 懐かしい夢を見ていたぼんやりとした状態から、意識と記憶が段々と活性化する。

 背を起こすと、右手が何かを握っているのに気付いた。僕が絶対に離さないように掴んでいて一緒に落っこちた椅子ではなく、鎖のついた十字架だ。

 ——これって、ロザリオ、だっけ?

 銀色の十字架は控えめな輝きを放っている。

 とても古いもののようだけど、綺麗に手入れされていて、持ち主の人が大切に扱っているのが分かる。僕のじゃないし。誰のだろう、うーん……?

 ベットから降りて、何時の間にか脱いでいた上履きを履く。

 ロザリオを右手に握りながら、カーテンを空けると、

「おっと、ようやく起きたかね。ほうどれどれ」

 保険の岸先生が、草履をペッタペッタと引きづりながら僕の所に来る。

 ふむー、と顔を近づけて、僕の髪をわしゃわしゃとかき混ぜたり、両耳を引っ張ったり、ほっぺで丸を描いたり、瞳をジローリと覗き込む。

「口を開けなさい。あぁぁぁぁ」

 ——あー。

 僕の手首に手を当てて脈を測りながら、今度は喉の奥の様子を伺う。

「問題無し。ふむぅ、つまらんのぅ」

 先生は僕のことは興味がなくなったように、ペタペタと草履を引きづりながら机に戻っていく。

「ん? もう行って良いぞ。その持ち主にお礼を言いなさい。祈りにより発動する治癒ヒーリングか。見事な単一目的恩寵具シンプルクラフトだのぅ。一神教で統一された地域のなせる副産物じゃな。ふむぅ」

 単一目的恩寵具は、ある一つの目的を実現するためだけに練成された恩寵具のことを指す。ざっくり言っちゃうと、『ある一つのことしかできない』シンプルな恩寵兵装のことだ。

 自分の恩寵と同調はできないけど、練成が簡単で誰でも使えて使い勝手はいい。恩寵兵装とは別物として扱われることがある。レア度、と言うか希少価値やお値段も高くない。

 鳥上島で使われてる単一目的恩寵具と言えば、薬瓶や冷凍保存箱に、水時計やそれと同期する同調時計とかだ。

 僕の右手にあるこのロザリオも同じものみたいだ。先生は祈りにより発動する<治癒>って言ってたから、この持ち主の人が僕の怪我を治して、保健室まで運んでくれたみたいだ。

 ヴォルフハルトさん、聖コンスタンス騎士修道会ってとこに所属しているってんだっけ? なら、このロザリオってヴォルフハルトさんのかな?

 もう一度右手にあるそれをギュッと握ってみる。優しい温もりをまだ微かに感じられる。 

 うぅ、いっぱい迷惑かけちゃったなぁ……どうやって謝ろう……。

「あぁ、そうだそうだ。生徒会のもんから君が起きたら渡してくれと頼まれておった。ほれ」

 生徒会の人?

 もの凄く嫌な予感がして、先生が差し出してくれた紙を急いで広げると、そこには達筆な字でこう書かれていた。


『通知:「弐年参組での喧嘩における本学園生徒会による処分ついて」

 鳥上学園生徒会執行部より、

 本日昼休み、弐年参組の教室にて大豪寺武並びにリーゼリッヒ・ヴォルフハルト両名が喧嘩し、該当教室の備品を破壊する事案が発生した。

 我々鳥上学園生徒会執行部は、本学園の喧嘩における基本方針、喧嘩両成敗により両名の処分を決定するものであるが、リーゼリッヒ・ヴォルフハルトは本日が転校初日であり、また本学園が受け入れた外国人留学生であることを考慮し、以下の処分を下すものとする。

 一つ、大豪寺武とリーゼリッヒ・ヴォルフハルトの両名の決闘を本日十五時零零分より第三校庭にて執り行う。立会人は同学級学級長宝影院正国、見届け人は同学級東雲萌とする。なお、決闘の形式は「恩寵に干渉しない竹製武器と決闘者の恩寵を許可するもの」とする。

 二つ、関係者一同に対し、一週間の社会奉仕活動「夜間警備」を課す。開始は本日からとし、鳥上島行政府警備局の監督下で行うものとする。

 以上。』


 ——けけけ、決闘!? うぅ、二人の喧嘩、止められなかった……のかな。

 落ち着こう、まずは落ち着かなきゃ。

 お師匠様から教わった呼吸法を試す。

 一から数字を数えながらお腹をへこまして、八で肺の空気を空にする。四つ息を止め、今度は一から八の間にお腹を膨らませながら息を吸い込み、再び四つ止め、八まで数えながら空気を出す。

 一回、二回、三回、四回——ゆっくり時間をかけて四回深呼吸し、血が上って慌て始めた意識を集中させる。

 後悔はできる、明日でも明後日でも。大事なのは、今何をするか、何ができるかだ!

 学園内で起きた揉め事は全て生徒会が仲裁する。学園の自治は生徒に全権を与えて委ねるのが鳥上学園の方針だ。

 生徒会が決定したってことはもう既に先生達の教員会にも通達して許可が下りているはず。

 だから僕がどうにかしてこの決定を覆すことはできない。

 今、今、僕ができることは——!

 保健室にかけてある同期時計を見る。今は、三時二分前だから……。

 十五時きっかりから決闘開始で僕が立会人な訳だから、え、後二分しかない!?

 場所は第三校庭! 保健室からじゃ全力で走ってギリギリ間に合うかどうか——!

 右手にある、預かりもののロザリオを握り締め、僕は走り出す。きちんと返して、お礼を言わないと!

「おぅぃ、扉はちゃんと閉めといてくれんか。あと、廊下は走るんじゃないぞぉ。ふむぅ、聞いとらんか。若いのぅ」


 第三校庭に出た時に、三時を告げる政庁の鐘と六時間目終了の振鈴が聞こえ始めた。

 ——うわっ! まずい! 決闘の時間になっちゃった!

 息を切らしながら、校庭にいる人を確認すると、

 一人、誰かが立っていた。

 大豪寺君だ。

 夏の日差しがジリジリと照らし、微かに吹く風は校庭の砂を少しだけ上に運ぶ。砂のカーテンが地面に揺れている中、両腕を組み、まるで仁王像のように微動だにせず立っている。

 上半身は裸で、鍛え抜いた筋肉が隆々と盛り上がっている。下半身も上半身に劣らず、太もも、ふくらはぎと贅肉の無い鋼のような体が、校庭にただ一個、立ち尽くしている。

 彼の大柄な体格と相まって、一種の美しさがある。

 ……あるんだけど、大豪寺君、ふんどし一丁だ。他には何も着てない。勿論色は真っ白だ。

 そんなところを突っ込むんじゃなくて……。大豪寺君しか来てない、ってことは間に合ったのかな?

 そうだ、六時間目は三時丁度まで授業じゃないか。

 授業に出てたら間に合う訳がないのか。なら、大豪寺君、授業さぼって座禅でも組んでたのかな? ふ、ふんどし一丁で!?

 彼の精神統一の邪魔にならないように、走って乱れていた息をゆっくり整えてから、彼のそばに移動する。ヴォルフハルトさんも学級長も授業に出ているはずだから、もうそろそろかな?

 鐘と振鈴の長い余韻が終わると途端に校庭後ろの校舎が騒がしくなる。授業が終わり、掃除する人、部活に出る人、バイトに行く人など、放課後の時間の過ごし方は人それぞれだ。でも昇武祭が近いから部活にすぐ行く人がほとんどのはず。だけど校庭には僕達がいるから——

「おいおい、バカだ、あそこにバカがいるぞ」

「ふんどしとか、生きてて恥ずかしくねえのかよ」

「誰だあれ?」

「ほら、悲惨散々参組の」

「はぁ? 決闘とかもう終わってんじゃねぇのかよ? もう三時過ぎてんぞ。お前らがいると部活できねぇーし。まじ下等恩寵者クズ共カンベンだわぁ」

「去年ラッキーだけで本戦残ったのに勘違いしすぎじゃね?」

「おまえらそんなこと言うなって、可哀想だろ。ただでさえ負け組なんだから虐めちゃだめだろ」

「スイマセンー、反省シテマスー」

「ぎゃははは、それマジ受けるわぁ。マジ最高だわホント」

 窓が開いているせいか、彼らの大きな話し声が聞こえてくる。

 鳥上学園は鳥上島に存在する唯一の高等教育機関だ。年制の高等専門学校で、クラス替えはほとんどなく、壱年時のクラスでそのまま弐年、参年となる。

 通常、学年は壱組と弐組に分けられて、参組が存在するのは数年に一度のことだけみたい。

 入学時のクラス分けは、国が全国民に実施している中学卒業時の『第三期恩寵判定試験』の結果で実施される。

 つまり、国が優秀と認めた恩寵を持っていれば壱組、そうでなければ弐組となる。

 そして、参組は通常であれば存在しない。元々、鳥上学園は鳥上島で生活する鍛冶職人集団の子供を教育するために作られたものだったんだけど、それを門戸を広く解放して、島外の人を積極的に受け入れるようになったそうだ。

 隣の空き地に学生寮を建てたり、恩寵による演習よりも古式武術の稽古を取り入れたりと、その当時の学園長先生が改革に積極的だったって話だ。

 参組が存在しないのは、昔はクラスを三つにする程の学生がいなかったのが理由で、今は全学年を三クラスにすると学生寮がいっぱいになって、学園としての許容生徒数を超えてしまうのが原因なんだとか。でも学生寮の抽選に外れちゃう僕みたいな人もいる。

 とどのつまり、劣悪な恩寵を持っていなければ通常存在しないはずの参組には入れない、と言う訳だ。

 その結果が今みたいな悪口だったりする。

「しかし良くあのような悪態を思いつくものだ。そう思わないか、萌?」

 ——あ、学級長。

 何時の間にか僕の隣に学級長が来ていた。

「窓から落ちたと聞いたが、大丈夫そうだな」

 ——うん、大丈夫。あれ、ヴォルフハルトさんは?

「ああ、ヴォルフハルト君か。萌の様子を確かめに保健室へ行くと言っていた。もうすぐ来るだろう」

 ——入れ違いになっちゃったかな。

「おーい、そこの露出狂の変態サーン、マジウザいんでどっかいって下さーい」

「俺らがお前、ぶっ殺しちゃうぞー」

「殺すとか止めろよ、生徒会の奴らが飛んでくるぞ。あいつら可哀想な子達なんだから、せめてもっと優しくしてやれよな?」

「ぶっ転がすぞー、速く失せろー」

「やるならやるで、さっさとしやがれ!」

「はいはい、邪魔邪魔邪魔邪魔!」

 校庭向きにある窓のほとんどから、誰もが顔を出し、僕達に悪態をついている。

「ん、何だ、萌。今更動揺するようなことか?」

 学級長は何時も通りだ。ガーガー聞こえてくる悪口なんて何処吹く風と受け流している。

 うーん、学級長の言う通り去年よりはずっとマシだ、これでも。

 去年は石とか刃物とか爆発物とかがいっぱい飛んできた。おかげで保険の岸先生とか生徒会の人達と顔見知りになれたし、今の状態は去年と比べたらこれでも格段に良い。

 この学園で参組ができたのは実に七年ぶりのことみたいだ。丁度今の僕らみたいに学園内じゃ相当浮いてて、学年が上だろうが下だろうがお構いなしにちょっかいだされてたとか。

 何でか、って言うのは大体想像がつく。

 クラス分けの基準は学園入学時の『第三期恩寵判定試験』の結果の点数だ。つまり、その人の持つ恩寵が優れているか、劣っているか、他でもない国が教えてくれる。

 自分の持って生まれた恩寵が優秀か劣悪かどうしても分かっちゃうんだ。

 自分より劣っている人に対して、酷いことをしちゃう人はいる。そう理解はできても納得はできない、かな?

 こんな悪口を平然と受け流せるほど僕は人間できてないし……

 ——ヴォルフハルトさんに聞かれちゃうと、ちょっと悲しいかなって。

 彼女、『日本は幼い頃からの憧れの国です』って言ってくれたし。こんな面を見ちゃうと幻滅させちゃうのかな、って。

「うむ。確かにそうだな」

 学級長がうんうんと何度も頷く。

「転校初日で大豪寺の白褌しろふんはキツかろう」

 ——そっちぃぃー!? 違うってば学級長ー!!

「あ! もえっちもう校庭にいるよー! リズっち、こっちこっちー!」

 遠くから百地さんがヴォルフハルトさんを呼ぶ声がした。

 声の方に目をやると、校舎の隅に、女子の制服上下一式と二つの髪留め、靴下と靴、それに先端を布で包んでやや曲がりのある竹製の長棒がセットになって空中を躍動している。百地さんだ。

 そこから、ヴォルフハルトさんが小走りにやってくる。

「ありがとう、透子。ではお借りします」

「うん、頑張ってね! これ、うちら女子なぎ部の稽古で使ってるのだから! うん、待ってるから! 歓迎会用のお菓子とか飲み物とか今日中に買っておくからねー!」

 こんな時にも勧誘を忘れない百地さんは流石だ。

 ヴォルフハルトさんは百地さんから受け取った棒を左の脇に抱え、右肩にはあの群青色の剣袋を背負い、こちらへやってくる。

「おや、他にも観客がいるようだ」

 ヴォルフハルトさんがやってきた方向には、シャルロッテさんに青江さん、それにクラスの皆がこっちを覗いているのが見える。

「何々、あれがもう片っぽの転校生?」

「うわ、だっせぇ眼鏡。超絶似合ってねぇし」

「でもさ、取ったら可愛いんじゃね? 胸でかいじゃん」

「はぁ、お前趣味悪過ぎだろ。参組にしか入れないような奴に何求めてんだよ」

「うるせーなぁ。人の勝手だろうが。おーい、そこの彼女ー、怖かったら僕が助太刀しちゃいまちゅよ〜」

「何語だよ、バカくさ。お前も参組へ逝ってこいよ」

「はぁ? 俺が参組ならお前らは伍組で、あいつら論外組だし」

「うわっ、イミフ、さみぃー。勘違い君おっつ〜」

 罵声と嘲笑が降り注がれる中、彼女はそんな雑音を気にすることなく僕達の方へとかけてくる。

「壱年生は昇武祭に有利とされるが、大豪寺は昨年度の乱戦第七位だ。注意している奴は多いだろう。あわよくばヴォルフハルト君の恩寵ちからも見極めればと考えているのだろう」

 観戦するのなら静かにして貰いたいものだが、と校舎を一瞥しながら学級長は付け加える。

 昇武祭では恩寵に感応する竹製の武具の使用と貸し出しが認められている。

 昇武祭は恩寵が何なのか分からない壱年生が若干有利と言うのが定説だ。全員強制出席だから、誰がどんな恩寵を持っているかが全学園生に知られてしまう。毎年自分の恩寵を隠しておいて勝ち残れそうな年度の時だけ本気を出す人もいるけど。

 大豪時君は、去年、『参組』としては史上初めて昇武祭の本戦出場を果たしたから徹底的にマークされてるんだろう。

 その彼が欧州諸国連合からやってきた騎士(見習い?)の転校生と対決するんだから、偵察の意味も兼ねて二人の決闘を見ようとしてる人も多いはず。それがヤジの多さにもつながっちゃってるみたいだけど……。

 近づいてくるヴォルフハルトさんは険しい表情をしている。

 その彼女へ伝えなければならないお礼を言う。

 ——あの! ヴォルフハルトさん! その、ありがとうございます! 傷、治してくれたんですよね? お陰様でもう大丈夫です。その、僕が弱かったせいでこんなことになっちゃってごめんなさい。

 僕は喋れないから言葉を伝えられない。でも、気持ちだけは絶対伝えなきゃ。

 身振り手振りを加えて何度も何度も頭を下げる。

 そんな僕の様子が彼女にはどう映ったか分からないけど、彼女の険しく表情がまるで救いを求めるかのうように憂いを帯びて——

「すまない、許してくれ」

 そう言って僕に頭を深々と下げた。

 ——え!? 謝らなきゃいけないのは僕の方です! あの、その……。

 頭を上げた彼女の顔は、これから決闘に向かう剣士の持つべき険しさがあった。

 でも僕には何処か余分なものを背負っているような気がした。

「これを、預かってくれないか?」

 右肩で背負っている剣袋を、僕へ差し出す。

 その袋を受け取ると、ズシリとした重みと、ひんやりとした冷気が僕の手に伝わってくる。袋の形から、中に入っているのが欧州風の両手大剣なのが分かる。

 ——あ! これ、お返しします!

 彼女が歩き出す前に、ポケットを探り、彼女からの借り物のはずのロザリオを取り出す。

「ありがとう……」

 体から絞り出すような声を出して、彼女はもう一度僕に謝り頭を下げた。

 ロザリオを首から下げ、踵を返して大豪寺君と相対する立ち位置へと移動する。

 このまま彼女を行かせちゃダメだ。彼女が、ヴォルフハルトさんがもし僕を怪我させちゃったことに引け目を感じてるのなら、それは全然違う。

 大豪寺君から喧嘩を吹っかけられて一対一で対峙するっていうのは凄い荒っぽくて無茶苦茶だけど、日本に古くから伝わる武道や文化に直接触れられるのは間違いない。

 なら、全力で戦うべきなのに、このままじゃダメだ。僕のせいなんだから、僕が何とかしないと!

 体が先に動いた。

 離れる彼女の背中を、元気づけるように左手で力一杯バシッと叩いていた。

 空白の後、彼女が僕の方を振り向く。

 ヴォルフハルトさんの綺麗な紅い瞳が驚きの色を帯びる。黒縁眼鏡越しに見える瞳の揺らめきから、どこか迷いがあるように感じられた。

 ——うわっ、やっぱり眼鏡が凄い似合ってる。って見とれてる場合じゃないぞ、僕!

 僕は力一杯無理矢理にも笑顔を作りながら、両手の親指をズビシッと上に立てる。

 ——決闘、頑張って下さい!

 そんな僕を見て、ヴォルフハルトさんはちょっと固まっていたけど、

「ふふ」

 スッと僕に黙礼し、大豪寺君の待つ戦場へ足を進める。振り返るほんの一瞬、彼女の口元が少し緩んでいたのは、僕の見間違いじゃないはず。

「さて、両名とも準備はいいか」

 学級長が、二人に最後の確認を取る。

 大豪寺君は、腕を組んだまま、目を瞑り、微動だにしない。

 一方のヴォルフハルトさんは、百地さんから借りた長棒をヒュッヒュと左右に振り、袋のついた穂先を地に向け、左手で脇に持つ。

「各々思うところもあるだろう。だが本決闘によりそれを決着し、遺恨を残さないよう存分に立ち合いたまえ」

 学級長が一旦区切り、二人を見てから続ける。

「立ち合いにあたり三つ注意事項がある。一つ、君達が生まれ持った恩寵の使用は制限されていない。存分に使い、立ち合ってくれ。二つ、勝敗の判定は相手が参ったと言うか、立会人の私か見届け人の萌が勝負は決着したと判断したらだ。三つ、相手を死に至らしめる行動、または深い後遺症が残る行為を取った場合、即刻勝負は取り止めとなり、本学園から強制退学となる。異存はないな?」

「……」

「承知しました」

「こちらからは以上だ」

 学級長が説明を終え、二人から距離を取る。

「おいおいおい、さっさと始めろー! で、さっさと終われー!」

「時間過ぎてんぞ! てめぇら参組ぶぜいが俺らの部活の邪魔すんじゃねぇー!」

「帰れー! はい、帰れ! 帰れ! 帰れ!」

「つまんねぇもん見せたら、ぶっころがすぞぉ!」

 後ろの校舎から湧き始めた罵声を、


「ウォォォォォォォーーーーーー!!」


 大豪寺君の、腹の底から絞り出した咆哮が掻き消した。

 彼の怒声により、校庭が戦場へと瞬時に変貌する。

 組んでいた両手を解き、両目をカッと見開らいて、己を名乗り上げる!

「金剛理心流! 大豪寺武! 俺の恩寵は——!」

 半身を右へと開き、左手、左足を前に、右腕を天高く掲げる!

「<拡大身体>!」

 その言葉通り、彼の全身がし、校舎ほどの高さになり、まるで大きな岩のように校庭にそびえ立つ。

 全身から発散する他を圧倒する闘志は激しく燃え、離れているのに息苦しくなる。

 対する彼女は、大きく後ろへ飛び退き、大豪寺君との間合いを広げる。

「聖コンスタンス騎士修道会、極東管区麾下下級従士、リーゼリッヒ・ヴォルフハルト」

 大豪寺君とは違い、静かに、まるで詩を謳うかのような艶のある声で、彼女は自分を名乗り上げる。

「私の恩寵は……」

 言葉を区切り、右手で眼鏡を取り、胸のポケットにしまうと、長棒をまるで鞘から抜くように右手で鮮やかに弧を描かせながら、構えに入る。

 左半身を前に出し、長棒を地面と水平に一直線に大豪寺君へ向けながら、左手を軽く柄に添える。

 右八双の構えと似てる。けど、どこか違う。

 八双の構えが、鞘と刀の形が前から見ると八を横にしたように武器を立てるのに対し、彼女は武器を寝かして地面と水平に取っている。突きに移行しやすそうな構えだ。

 一度大きく深呼吸をしてから、先程の言葉の続きを紡ぐ。

「<強制視きょうせいし>」

 ピンと張りつめた空気の中、

「それでは、両者尋常に——」

 学級長の声が、

「勝負、始めッ!」

 決闘の開始を告げた。


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